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不死の狩猟官 第2話「仲間を見捨てる奴はクズ」

あらすじ
前回のエピソード

翌朝、霧崎はレイに新調してもらった四つどめカフスボタンの黒スーツとガラス加工が施された光沢感が美しい革靴を身につけ、さっそく国家不死対策局に出勤していた。
ビル内の間取と部署については前日に説明を受けていたので、出社するにあたってさほど道に迷うことはなかった。
霧崎はエレベーターから降り、ひとつの部屋の扉の前に立つ。

霧崎「たしか、第三強襲課の執務室はここだよな」

少し緊張しながら木目調が美しい執務室の扉をノックする霧崎。

レイ「どうぞ」

扉を開けると、部屋の奥には朝陽を背にしてチェアに腰かける黒スーツ姿のレイがいくつかの書類に押印しているところだった。
執務机の上にはクリアカップに入ったアイスコーヒーと書類が置かれている。

霧崎「おはようございます」
レイ「おはよう、霧崎君。スーツ、似合ってるね」

霧崎は少しはにかみながら自分のスーツに目を落とす。

霧崎「何から何までレイさんのおかげっす」
レイ「そっか。それはよかった」

霧崎は執務机の上に置かれているクリアカップに入った飲みかけのアイスコーヒーを見つめる。

霧崎「レイさんもアイスコーヒー好きなんすか?」
レイ「うん。昔は苦くて嫌いだったんだけど、近くにいる人がいつも美味しそうに飲むものだから私も飲むようになったんだ」
霧崎「へーそうなんすね」
レイ「……」

レイは何か気になることがあるのか静かにチェアから腰を上げ、神妙なおももちで霧崎ににじり寄る。

霧崎「どうしたんすか?」

じっと見つめながらにじり寄るレイの姿に思わずドキドキする霧崎。
レイは霧崎の前で立ち止まり、唐突に霧崎の首元に手を添わせる。

レイ「じっとして」
霧崎「ちょっ、こんなところじゃマズいっすよ」
レイ「ネクタイ、ズレてるよ」
霧崎「え?」

レイは慣れた手つきで霧崎のネクタイを整える。

レイ「はい。できたよ」
霧崎「あ、ありがとうございます」
レイ「なんか少し残念そうだね」
霧崎「いや、そんなことは。それより用って?」

レイは執務机の前に戻り、チェアに腰を下ろし、いくつかの資料を手にする。

レイ「実はここ数カ月、赤坂で猟奇殺人事件が続いているの。死者は十名以上。死体は全て両腕が欠損した状態で見つかってるんだ」
霧崎「不死者の仕業ですか?」
レイ「おそらく。そこで霧崎君にはこの不死者を探し出して殺して欲しいんだ」
霧崎「それって、つまり初任務ってことですよね?」
レイ「そういうことになるね」
霧崎「任せてください!」

意気揚々と頷く霧崎。
レイは初任務に気をよくする霧崎を見てくすりと笑う。

レイ「いい意気ごみだね。でも、初任務だから霧崎君ひとりでは行かせられないよ」
霧崎「じゃあ、レイさんと一緒に?」
レイ「ううん。実は今日はもうひとり狩猟官を呼んでるんだ。もうすぐこの部屋に来るはずだよ」

ちょうどその時だ。二人がいる執務室にノック音が響く。



執務室の扉を開けて中に入ってきたのは黒スーツがよく似あう白髪まじりの黒髪オールバックに片目に眼帯をつけた中年男性。
レイはチェアに腰かけたまま眼帯の男を見上げる。

レイ「遅かったね。相良君」
相良「急に呼ばれたんだ。文句を言われる筋合いはねえだろ。それから年上には敬語を使え」
レイ「あいわらず堅いね。相良君は」

霧崎は旧来の仲のように親しげにレイに話す相良を見てやや不機嫌になる。

霧崎「あのー、もしかして今回の任務ってこのオッサンとすか?」
相良「あ?」

鋭い目つきで霧崎を睨む相良。
レイは霧崎の問いにこくりと頷く。

レイ「そうだよ。彼は第三強襲課 二等狩猟官の相良惣介君。ベテランだから頼りになるはずだよ」
相良「待て、どういうことだ」
レイ「そう言えば、相良君にはまだ紹介してなかったね。彼は昨日から第三強襲課で預かることになった新人狩猟官の霧崎君だよ」
相良「まさか俺にガキの面倒を見ろと」
レイ「頼めるかな?」

相良は不機嫌そうに腕を組む。

相良「言ったはずだ。俺は新人の面倒はもう見ねえと」
レイ「……」

レイは執務机の上で手を組み、静かに相良を見つめる。
相良はレイの青い目を見て、これ以上の問答に意味がないと悟ったのだろう。

相良「たくっ。俺は先に外に出てるぞ。それから新人、口の利き方には気をつけろ」

執務机から資料を手に取って不機嫌そうに執務室から去る相良。

霧崎「もしかしてオッサン、キレてます?」
レイ「ううん。相良君はああ見えても優しい人だよ。ただ、不器用なだけ」
霧崎「なら、いいすけど。そんじゃあ、俺も急ぎます」
レイに背を向けて、執務室を後にしようとする霧崎。
レイ「待って」
霧崎「え?」

ドアノブから手を離し、レイに向き直る霧崎。

レイ「任務に行く前に霧崎君に渡したい物があるんだ」

レイはそう言って、チェアから腰を上げ、事務所の片隅に置いてある金庫の前に行く。

霧崎「俺に渡したいもの……?」

まじまじと金庫を見つめる霧崎。
レイは金庫の中から風呂敷に包まれた一本の竿状の物体を取り出すと、風呂敷を広げ、霧崎の前にあるものを差し出す。

レイ「霧崎君にこれを預けるよ」
霧崎「刀……?」

レイから一本の刀を受け取る霧崎。
レイは自分の腰にそっと両手を回し、霧崎の顔を見上げる。

レイ「前に不死者を殺す方法が二つあるって言ったこと、覚えてるかな?」
霧崎「えーと、たしか一つは体内から全ての血液を奪うことっすよね」
レイ「うん。でもね、極一部の不死者は本当に不死身だから頭を潰しても心臓を刺しても殺せないんだ」
霧崎「そんなバケモンとどう戦うんすか」
レイ「だからその刀があるの」

不死殺しの刀を見つめるレイ。
霧崎は眉をひそめながらレイの顔を覗く。

霧崎「どういう意味すか?」
レイ「その刀はね、不死殺しの刀って言うんだ。斬れば、どんな不死の者でさえ殺せる。でもね、不死殺しの刀を抜いた者は抜いた瞬間に死んでしまう呪いがかけられているの」
霧崎「……不死身の俺なら使いこなせるかもしれないってことすか?」
レイ「そう。その刀は霧崎君にしか使えないんだ」
霧崎「俺にしか使えない、か」

手にした不死殺しの刀をまじまじと見つめる霧崎。
レイは霧崎の唇に当たるすれすれまで顔を近づけ、霧崎を見つめる。

レイ「だから霧崎君にお願いがあるの」
霧崎「は、はい」
レイ「私のために不死身の敵を殺して欲しいんだ」
霧崎「もちろん。俺はレイさんのために不死者を斬りますよ」

照れながらレイの青い瞳を見つめて答える霧崎。
レイはその答えに不敵な笑みを浮かべ、執務机の前に戻る。そして、チェアに腰かけた後、今度は神妙なおももちを見せる。

レイ「それから任務に行く前にひとつだけ覚えておいて欲しいことがあるんだ」
霧崎「へ?」
レイ「仲間を見捨てるヤツはクズだよ」
霧崎「はい。覚えておきます」

霧崎はレイに一礼すると、不死殺しの刀を片手に執務室を後にした。



外に出た霧崎は辺りを見まわして相良を探す。
相良は国家不死対策局の門前に立ちながらタバコを吹かしていた。

霧崎「お待たせっす」
相良「……」

相良は霧崎に一瞥もくれず不機嫌そうにタバコを吹かす。

霧崎「あのー」
相良「新人。お前はどうして狩猟官になった」
霧崎「どうしてって言われても。ほかに選択肢はなかったし。しいて言えば、国家公務員になれば、稼げるしモテそうかなって」

相良は表情を変えぬまま淡々とタバコを吸い続ける。

相良「お前、この任務から降りろ」
霧崎「は? いきなり何いってんすか」
相良「狩猟官になるのに別にたいそうな理由なんざ要らねえが、お前みたいなヤツはいざ不死者を前にしたら逃げ出すか、まっさきに死ぬ」
霧崎「おっさんに何が分かんだよ。こっちだって色々あってここに来てんだ。逃げるかよ。それに俺は死なねえ」

相良は霧崎を一瞥すると、地面にタバコを捨て、門の外へ歩き出す。

相良「来たきゃついて来い。だが、テメェの身はテメェで守れ」
霧崎「言われてなくてもそうするっつーの」

相良の背中を追いかける霧崎。
相良は何か気になったのか急に立ち止まり、霧崎の顔の前に指をつきつける。

相良「それともう一つ。上司には敬語を使え。いいな」
霧崎「はいはい」
相良「はいは一回だ」
霧崎「はいよ」

二人は国家不死対策局を後にして、猟奇殺人事件が起きた赤坂に向かった。



国家不死対策局から事件現場まではそう遠くはなかった。
二人は赤坂駅から離れたところにある廃墟ビルの前に来ていた。
相良は廃墟ビルを見上げる。

相良惣介 二等狩猟官 Copyright © 2023 不死の狩猟官


相良「この廃墟ビルの付近で十人以上の死体が両腕が欠損した状態で見つかってる。一部の死体は不死者になっていた」
霧崎「じゃあ、この中に元凶が」
相良「気を抜くなよ」
霧崎「っす」

霧崎 十等狩猟官 Copyright © 2023 不死の狩猟官


二人はうす暗い廃墟ビルの中へ入っていく
相良はペンライトを片手に室内を見回す。

相良「くせぇ。獣の臭いだ」

室内は酷く荒れ果てていた。元々はオフィスビルとして使われていたのだろう。部屋中にチェアや机が散乱している。
霧崎もまたペンライトを片手に辺りを見まわす。
二人は同じ調子で一階から最上階の十五階まで調べる。
しかし、不死者は一向に見つからない。
霧崎は気が抜けて思わずあくびをする。

霧崎「本当にここにいるんすかね?」
相良「黙って探せ」
霧崎「かれこれ二時間以上は探してるのにこれ以上どこを探せっつうの」

霧崎は気だるげに壁によりかかる。

霧崎「って、うわ!?」

どてんと後ろに尻餅をつく霧崎。なんと壁だと思って寄りかかった先は非常口になっていた。霧崎が寄りかかったことがキッカケで扉が開いたみたいだ。うす暗い踊場に出た二人の前に上階に繋がる階段が見える。

相良「まさか十六階があるとはな」
霧崎「痛ってて……」
相良「この先から獣の臭いがプンプンしやがる。用心しておけ」

霧崎は立ち上がって、尻の埃を払う。

霧崎「りょーかい」
相良「行くぞ」

相良はペンライトを片手に階段を上がっていく。
霧崎も相良の後を追う。
二人は恐るおそる十六階の扉を開け、部屋に足を踏み入れる。
うす暗い一本道の廊下に出る二人。電気はない。ところどころ窓から差す朝陽とペンライトの明かりだけが頼りだ。見通しはすこぶる悪い。
霧崎は廊下に立ちこめる異臭に思わず顔をしかめる。

霧崎「なんだ、この臭い」
相良「血と獣の匂いだ。よく覚えておけ」

廊下にはところどころ赤黒く変色した血が見られる。
二人はペンライトを片手に奥へ進む。
霧崎は廊下の片隅に何かを見つけ、足を止める。そして、恐るおそるペンライトを近づける。

霧崎「男の死体だ」
相良「死体に安易に近づくんじゃねえ!」
とつじょ男の死体が大口を開け、霧崎に襲いかかる。
霧崎「うわあ」
相良「手間かけさせやがって──」

懐からすばやく銃を取り出す相良。刹那、不死者の眉間を撃ち抜く。その間わずか一秒もなかった。
霧崎は顔の半分が吹き飛んで床に倒れる不死者の姿を見て思わず尻餅をつく。

霧崎「死体じゃねえのかよ……」
相良「現場で死体を見たら不死者だと思え。じゃないと次はお前の眉間を撃ち抜くことになるぞ」

霧崎は顔に付着した返り血を拭いながらこくりと頷く。
次の瞬間、何かが二人の足を掴む。

霧崎「!?」
相良「!?」

うす暗い廊下の奥から伸びる長ぼそい不気味な白い手が二人の足を掴んでいた。
刹那、二人はすさまじい勢いで廊下の奥へ引き寄せられ、逆さまに吊るされたままひとつの広い空き部屋に出る。
逆さまに吊るされた霧崎は部屋の奥にそびえる異様な物体に眉をひそめる。

霧崎「なんだよ、あれは……」

部屋の奥には一軒家ぐらい膨れ上がった巨体な肉塊が待ち構えていた。窓から差す朝陽に照らされて見えたのは、人間の手と手が幾重にも積み重なってできた醜悪な死肉の塊だった。



肉塊の不死者は二人の足を掴んで宙吊りにしたまま不気味に笑う。

肉塊の不死者「私相手に狩猟官がたった二人。運が悪いね」
相良「壁に守られた東京十区内になんで三種がいやがる」
霧崎「ぐぁああああ」

とつじょ悲鳴を上げる霧崎。その右肩から先はなくなり、傷口から尋常ではない量の血が吹き出している。
肉塊の不死者は引きちぎった霧崎の片腕をガムのように咀嚼する。

肉塊の不死者「なにこれ、まずっ」

肉片になった霧崎の腕を吐きだす肉塊の不死者。
次の瞬間、銃声が響き、二人の足を掴んでいた細ながい白い手が吹き飛ぶ。
肉塊の不死者に弾丸を浴びせた相良は両手に拳銃を構えたまま地面に着地する。
霧崎もまた負傷した腕を押さえながら地面に着地する。

霧崎「アイツは一体なんなんだ……」
相良「あれは三種だ」
霧崎「三種?」
相良「不死者の中でもひときわデケェ化物のことだ。さっき見た小型の四種とはまるで強さが違う。お前は逃げろ」
霧崎「でも」
相良「いいから行け。死ぬぞ」
霧崎「死ぬ……」

さっきまで片腕があった場所に目を落とす霧崎。乱雑に腕をねじ切られた傷口から大量の血が流れていることに気づいて初めて死を意識した霧崎は怖くなり、相良に背を向けて逃げだす。
肉塊の不死者は逃げだす霧崎の背に向かって複数の白い手を伸ばす。
しかし、銃声とともに白い手が吹き飛ぶ。
相良は両手に銃を構え、肉塊の不死者と対峙する。

相良「相手してやるよ、バケモン」
肉塊の不死者「いい動きだね。君、等級が高い狩猟官でしょ」
相良「口が臭え。あまり喋んな」
肉塊の不死者「私、下品な人は嫌いよ」

相良に向かって勢いよく無数の白い手を伸ばす肉塊の不死者。
四方八方から槍のように突き出される白い手の中を相良はまるでダンスを踊るかのように華麗にかわしながら白い手に的確に銃弾を撃ちこんでいく。しかし、破壊しても破壊しても腕はすぐに再生して襲いかかる。そして、先に銃弾が底をつく。

相良「くそ」
肉塊の不死者「残念、私の勝ちね」

肉塊の不死者は相良の足を掴んで宙吊りにすると、ネチャネチャと唾液が糸を引く大口を開ける。
相良は銃を捨て、眼帯に手をかける。

相良「目を使うしかないか」



一方、その頃、霧崎は片腕から血を流しながら必死に十六階の廊下を走って逃げだしていた。

霧崎「ダメだ。こんな仕事をしてたらマジで死んじまう」

霧崎は任務前にレイから言われていた言葉をふと思いだす。

レイ「仲間を見捨てるヤツはクズだよ」
霧崎「くそっ。でも、レイさんには嫌われたくねぇ」

霧崎は踵を返し、再び十六階の部屋に戻る。
部屋に戻ると、相良は今にも肉塊の不死者に食べられる寸前だった。
霧崎は不死殺しの刀に手をかける。そして、またレイの言葉が蘇る。

レイ「その刀はね、不死殺しの刀って言うんだ。斬れば、どんな不死の者でさえ殺せる。でもね、不死殺しの刀を抜いた者は抜いた瞬間に死んでしまう呪いがかけられているの」
霧崎「俺が本当に不死身かどうか確かめてやるよ」

鞘から勢いよく刀を抜く霧崎。
次の瞬間、霧崎は意識を失い、床に倒れこむ。
肉塊の不死者はその隙を見のがさない。すぐさま無数の白い手を伸ばし、床に倒れた霧崎の身体を貫く。
相良は肉塊の不死者の手に掴まれたまま冷淡に霧崎の死体を見おろす。

相良「勝手に戻ってきて勝手に死にやがって。これだから新人の面倒は嫌なんだ」
肉塊の不死者「よく分からないけど、まずはこれでひとり死んだ」
霧崎「……言っただろ。俺は死なねえって」

明らかにいちど死んだはずの霧崎。しかし、霧崎はまるで何事もなかったかのようにすぐさま起き上がり、不死殺しの刀を片手に肉塊の不死者に斬りかかる。

霧崎「くたばれ、バケモン!」
肉塊の不死者「え? どっちがバケモンよ……」

肉塊の不死者を一刀両断する霧崎。
相良は死体になった肉塊の不死者の手を振りほどく。

相良「不死者を一撃で。その刀……不死殺しの刀か」
霧崎「よく知らねえけど、レイさんから貰ったんすよ」

相良は懐からタバコを取り出し一服する。

相良「それにその身体、人間のものじゃねえな」

先ほどまで欠損していた霧崎の右腕はまるで何事もなかったように戻っていた。また、穴だらけになっていた身体も奇麗に穴が塞がっていた。

霧崎「まあ、これは色々あって」
相良「不死の身体に不死殺しの刀か……レイもお前もイカれてるな」
霧崎「仕方ねぇじゃないすか。オッサン死にそうだったし」
相良はふぅとタバコを吹かす。
相良「バカ。あんなのに殺られるかよ」
霧崎「え……嘘、マジ?」
相良「帰るぞ、霧崎」

第2話「仲間を見捨てる奴はクズ」完
第3話「一万円、貸してくんない?」


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