
不死の狩猟官 第4話「おい、そこのプリン頭」
霧崎とキルスティンは後部座席の車窓から流れる荒廃とした風景を眺める。
霧崎「品川区も変わっちまいましたね」
キルスティン「なに、おじさんみたいなこと言ってんの」
霧崎「いや、昔テレビで見た品川区は綺麗なオフィス街だったんで」
キルスティン「あれから二十年か……月から原初の不死者がやって来たせいで」
霧崎「ブラッドムーン事件でしたっけ?」
キルスティン「うん」
霧崎は車窓から顔を離し、キルスティンの顔を覗く。
霧崎「その原初の不死者っていうのは何者なんすか?」
キルスティン「最初の不死者のことだよ。東京で姿が確認された三十秒の間に都民半数の命と東京十三区が奪われた」
霧崎「そんなん殺せるんすかね?」
キルスティン「うーん、どうだろ。原初の不死者と一種は正真正銘の不死身だからねぇ」
とつじょ、車内にドンと鈍い音が響く。まるで何か轢いたかのような重い衝撃が二人の全身にのしかかり、車内にガラス片が飛び散る。
霧崎「なんだ!?」
運転手「あ、あが……」
口から血を流し苦しそうにうめき声をあげる運転手。
粉々になったフロントガラスの前には、運転手の内臓を掴んで口にする長い髪に覆われた般若の化物が立っている。
キルスティンは不死者を見つけるやいなや後部座席の扉を開け、車上に躍り出る。そして、背中に差した二本の剣のうち一本の剣を抜く。
キルスティン「四種か」
般若の不死者「久しぶりの人間。あなたのハラワタも頂くわ」
キルスティン「食べれるものなら食べてみな」
般若の不死者「じゃあ遠慮なく──」
キルスティンに向かって大口を開けながら飛びかかる般若の不死者。しかし、般若の不死者は三枚おろしになって、地面へ転がり落ちていく。
キルスティンは返り血に染まった剣を片手に驚いた様子で車の前を見つめる。
キルスティン「あれ、マズくない……?」
運転手がいなくなって暴走する二人を乗せた車の前に電信柱が飛びこむ。
霧崎はとっさに運転席に身を乗りだし、ハンドルを切る。
霧崎「間に合え──」
電信柱を前にして急カーブする車。
霧崎はホッと安堵のため息をつき、ゆっくり車を停め、キルスティンは車の上から静かに飛び降りる。
キルスティン「なんとか目的地に着いたみたいだね」
霧崎「あれが……」
車から降りた二人の前に苔むした古めかしい警察署が見える。
キルスティンは剣に付着した血を振りはらい、鞘に納める。
キルスティン「それじゃあ、サクっと仲間を見つけて帰ろっか」
霧崎「うっす」
二人は恐るおそる警察署の中へ入っていく。
建物内部は外とは対照的にうす暗くジメジメしていて見通しが悪い。
キルスティンはペンライトを片手にうす暗い廊下を照らしながら先をいく。
キルスティン「しっかし、不気味なくらい静かね」
霧崎「本当にこんなところに仲間がいるんすかね」
キルスティン「さぁね。とりあえず探すしかないっしょ」
適当に目の前の部屋の扉を開けるキルスティン。
うす暗い部屋の奥に何かがいた。フードを被った四つ目の男が床に腰かけながら口に葉巻をくわえ、尾の先から生える恐ろしげな犬の顔をなでる。

霧崎「!?」
キルスティン「!?」
即座に刀を抜く霧崎とキルスティン。
四つ目の不死者は口から煙を吐きながら霧崎を睨む。
四つ目の不死者「待っていたぞ、不死殺しの刀をもつ者よ」
霧崎「俺を?」
四つ目の不死者「原初の不死者はお前の死を望んでる。だからここで死ね」
四つ目の不死者の尾の先から生える狂犬が牙を向き、霧崎に襲いかかる。
キルスティン「悪いけど、後輩は殺させないよ」
剣を片手に霧崎の前に躍り出るキルスティン。
四つ目の不死者は床に座ったまま不気味に笑う。
四つ目の不死者「無駄なことだ」
キルスティン「動けない──!?」
大口を開けた狂犬がキルスティンを飲みこむ。
辺り一面に血しぶきが飛び散り、霧崎の顔に血がべったりと付着する。
四つ目の不死者は尾に生えた狂犬を手元に戻し、かわいげになでる。
四つ目の不死者「いい子だ。バスカビル」
霧崎「クソったれが!」
霧崎は不死殺しの刀を片手にまっすぐ四つ目の不死者に斬りかかる。
四つ目の不死者は呆れたようにため息をつく。
四つ目の不死者「動きがまるで素人だ」
霧崎「なんだこれ……」
四つ目の不死者に刀を振り下ろそうとする霧崎。しかし、不思議なことに刃を振り下せない。それどころかまったく身動きできない。
四つ目の不死者はゆっくり腰を上げ、腰に差した軍刀に手をかける。
四つ目の不死者「まずはその刀をもらおう」
抜刀する四つ目の不死者。
刹那、霧崎の片腕が吹き飛び、不死殺しの刀が床に転がる。
霧崎「ぐあああ」
身動きできないまま骨が見えた肩口から血を流す霧崎。
四つ目の不死者は軍刀を振り上げる。
四つ目の不死者「次はその首をもらう」
とつじょ、二人の横の窓が割れ、黒服黒髪の中性的な若い男が短機関銃を構えながら室内に飛びこむ。
「その目、多すぎてウザイんだよ」
四つ目の不死者「あぎゃあ」
四つ目の不死者にすばやく銃弾の雨を浴びせる黒髪の男。
放った銃弾は四つ目の不死者の片目を潰し、肩と胸を貫き、四つ目の不死者はたまらず床に膝をつく。
「おい、そこのプリン頭。生きてるか?」
霧崎「これはオシャレヘアーだ。てか、お前だれだ」
四つ目の不死者が怯むと同時にようやく身体の自由がきくようになった霧崎は落ちた片腕を拾い、傷口に合わせる。
黒髪の色男は床に膝をつく四つ目の不死者にさらに銃弾を浴びせる。
「俺は四等狩猟官の黒上だ。お前、狩猟官か?」
霧崎「そんなとこだ。ここには仲間を助けに来た」
黒上「そうか。なら俺以外は全員死んだ」
霧崎「は?」
黒上「それより早くここから逃げるぞ」
霧崎の襟元をつかむ黒上。
しかし、霧崎は乱暴に黒上の手を振りほどく。
霧崎「逃げたきゃ逃げろ。俺はあの目玉野郎をぶっ殺す」
黒上「死にたいのか? ヤツは能力を行使した。おそらく二種だ」
霧崎「関係ねぇ。ヤツはキルスティン先輩を殺りやがった」
斬り落とされたはずの手を開いて閉じて力が入るか確かめる霧崎。
黒上は目を丸くしながら霧崎の片腕を見つめる。
黒上「お前、その腕……」
霧崎「よっしゃ。元に戻った」
霧崎は腕が再生するやいなや床に転がっていた不死殺しの刀を拾い上げ、床に膝をつく四つ目の不死者に斬りかかる。
霧崎「くたばれ、目玉野郎!」
四つ目の不死者「単細胞が」
刀を振り上げて迫る霧崎を睨む四つ目の不死者。
霧崎は刀を振り上げたまままたも身動きがとれない。
霧崎「くそ……まただ」
黒上「あの馬鹿」
すばやく四つ目の不死者の側面に回りこみながら銃弾を浴びせる黒上。
しかし、四つ目の不死者の目はすぐに銃弾と黒上を捉える。すると、銃弾は地面に転がり、黒上は身動きが取れなくなる。
四つ目の不死者「お前はそこで大人しくしておけ」
黒上「くそ……ヤツの能力に発動条件はないのか」
四つ目の不死者は霧崎に向き直り、尾に生えた狂犬が牙を剥く。
四つ目の不死者「バスカビル、あの不死の狩猟官を喰らえ」
黒上「逃げろ、プリン頭!」
霧崎「ちきしょ」
身動きが取れずにいる霧崎を飲みこむ狂犬。
刹那、狂犬がバラバラの肉片となって弾け散る。
霧崎「え?」
返り血に染まりながら呆然と立ちつくす霧崎。
目の前には剣を片手に立つキルスティンの背中が見える。
キルスティンはゆっくり振り返り、霧崎にほほえむ。
キルスティン「言ったでしょ。きりっちは私が守るってさ」
第4話「おい、そこのプリン頭」完
第5話「そんなのってねーよ」
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