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不死の狩猟官 第14話「真価」

あらすじ
前回のエピソード

壬生が首なしの大猿と黒い魔女たちと刃を交えているその頃──
霧崎は不死殺しの刀を片手にしながら広い館内を駆け回る。

霧崎「本体はどこだ……」

人間と動物の身体が混合した不気味な嵌合体が点々と並ぶうす暗い画廊を見まわす霧崎。
うす汚いドブネズミたちが物陰に隠れ、カラスたちが羽ばたく。

霧崎「思ったより本体を探すのは難しそうだ。だが、壬生先輩の血殺術は本体に届いているはず……それなら本体も怪我を負っているはずだ」

眉をひそめながら気味が悪い像と像の間をすり抜けながら本体を探す霧崎。しかし、今まさにもう一歩前に足を出そうとした時だった。奇妙なことに足が上がらないことに気づく。

霧崎「なんだこれ……」

よく目を凝らして足元を見てみれば、ピアノ線のように鋭い糸がいつの間にかに足にビッシリと絡みついているではないか。
次の瞬間、霧崎はまるで磔刑に処されたかのように宙に吊り上げられる。

霧崎「──!?」

とつじょ像の一体が動き出す。
上半身だけ見れば、花魁のように妖艶な美しい女性に見える。しかし、その下半身は蜘蛛のように八つに脚が分かれている。

蜘蛛の不死者「あら、美味しそうな坊や」

霧崎は身体に絡みついた糸を力いっぱいほどこうとする。

霧崎「びくともしねぇ……」

しかし、あがけばあがくほど、身体に絡みついた糸はよりいっそう絡まるばかり。
死体のように青白い裸体に長い黒髪を垂らした蜘蛛女はにたりとほほえみながら霧崎のもとに近寄る。

蜘蛛の不死者「人間の血肉なんて久しぶり。でも、あなた……変な臭いがするわね」
霧崎「血なまぐせぇお前に言われたかねぇ」
蜘蛛の不死者「あら酷い。この美しさが分からないなんて。死んでいいわ」

研ぎ澄まされた鋭い脚爪を振り上げる蜘蛛女。
霧崎はその瞬間を待っていた──とっさに何かをたぐり寄せるように手元を動かす。

霧崎「わりぃけど、構ってる暇ねえんだわ」

次の瞬間、不死殺しの刀が蜘蛛女の背中にグサリと突き刺さる。
刀の柄から伸びた糸は霧崎の片手に繋がっていた。
つまり、霧崎は身動きできなくなる前に刀の柄に糸を付着させ、いちど床に投げ捨てたあと、糸をたぐり寄せて鎖鎌のように刀を利用してみせたのだ。

蜘蛛の不死者「やってくれ……たわね……」

蜘蛛女はまるで鉄板の上に置かれたバターのように溶けていく。すると、霧崎の身体に絡みついていた糸も脆く崩れていく。
霧崎は床に転がる不死殺しの刀を拾い上げ、肩に掛けていた鞘に刀を戻す。

霧崎 十等狩猟官 Copyright © 2023 不死の狩猟官


霧崎
「早く本体を見つけねぇと。だが、俺なら何に擬態する?」

焦る霧崎をあざ笑うかのように、カラスたちの鳴き声が室内に響く。
霧崎はカラスの鳴き声を聞いて、ふとあることに気づく。

霧崎「そうか、カラスなんだ……魔女が現れた時から部屋にカラスが現れた。つまり、俺たちと交戦する前からカラスに擬態して群れの中に隠れていたんだ。だとしたら本体が隠れている場所は────」

とっさに踵を返し、急いで来た道を戻る霧崎。



一方、その頃、壬生は首無しの大猿と大太刀と刀による激しい斬り合いを繰り広げていた。
十合、二十合。大太刀と錆びた刀がぶつかり合うたび、鋭い金属音とともに激しい火花が散る。

壬生「化物にしておくには惜しい腕前だねぇ」
魔猿「コ……ロ……ス」

白い体毛に覆われた首無しの大猿の片手に掴まれたまま苦しそうにうめき声をあげる男の生首。
黒い魔女はまるで鑑賞を楽しむように体育座りしながら二人の剣戟を見つめる。

黒い魔女「その子は元々は人間だったの」
壬生「……?」
黒い魔女「昔ね、君たちと同じように品川区に狩猟官が来たんだ。本当は見せしめに全員殺すつもりだったんだけどさぁ。当時リーダーだったその子は剣の腕前が良くてね。殺すには惜しいから私のコレクションに加えてあげたの」
壬生「……」
黒い魔女「それに妻子がいるから見逃してくれって言うからさ、こうして生かしてあげてるってわけ。残された家族は今頃どんな表情をしてるんだろ? 思うだけでもワクワク──」
壬生「もういい。それ以上、喋るな」

大太刀と錆びた刀が勢いよく交錯する。
キィィィンと重い衝撃音とともに、壬生と首無しの大猿は思わずズザザと後ろにのけぞる。
壬生は居合の構えをとり、首無しの大猿は錆びた刀を振り上げる。

魔猿「コ……ロシ……テクレ」
壬生「嫌な仕事だ」

次の瞬間、二つの影が交錯する。
一方の身体が真っ二つになり、血を吹き上げながら倒れる。

魔猿「ア……リガ……トウ。コレデ……ヒトトシテ……イケル」
壬生「君の仇は僕が討つよ」

黒い魔女はゆっくり立ち上がり、まるで感動でもしたかのように拍手を送る。

黒い魔女「すばらしいショーだったわ。感動しちゃった」
壬生「……」
黒い魔女「やめてよね、そんな怖い顔。もしかして怒ってるの?」
壬生「言ったはずだよ。もう喋らなくていい」
黒い魔女「ふーん。威勢がいいのはいいけど、追い込まれているのは君のほうだと思うけど」
壬生「──!?」

とつじょ口を押さえる壬生。
指の隙間から見たことない黒い血液がこぼれる。それだけではない。まるで脳震盪でも起こしたかのように足元がおぼつかなくなっているではないか。

黒い魔女「かかった」
壬生「毒……?」

周囲を見渡す壬生。気づけば、斬殺した大猿の死体から毒々しい紫煙が広がっているではないか。
黒い魔女は壬生の背後からくすりと笑う。

黒い魔女「魔猿の役割はね、死んで毒をまき散らすことだったの」
壬生「後ろに────」
黒い魔女「ラット」
壬生「──!?」

死体のように青白い指が壬生の身体に触れる。
次の瞬間、大太刀が床にからんと転がる。壬生の姿はない。代わりに一匹の汚いドブネズミが床に這いつくばっている。
黒い魔女はドブネズミと化した壬生をつまみ上げ、不気味にほほ笑む。

黒い魔女「ねぇ、知ってる? 人間はね、臓器を潰されてもすぐには死なないんだ。でもね、その代わり、死んだほうがマシだと思える苦痛がずっと続くのよ♡」
壬生「────!?」

ドブネズミと化した壬生を手から離す黒い魔女。そして、床に転がったドブネズミの腹に片足をのせ、まるでタバコの火を消すかのように踏み潰す。
断末魔とも思える男の叫び声とともに大量の血が床に流れる。
黒い魔女はニヤニヤとしながらしゃがみこみ、血まみれのドブネズミに人差し指を当てる。

黒い魔女「いま人間に戻してあげる♡」

次の瞬間、瀕死のドブネズミの姿は消え、代わりに口と鼻からおびただしい血を垂れ流しながら床に倒れる壬生が姿を現す。
しかし、その姿は酷いものだった。片足はあらぬ方向に曲がり、あばら骨が皮膚を突き破り、呼吸はゼェゼェと乱れ、誰が見ても瀕死の状態であることは明白だった。
しかし、それでも壬生の闘志は消えない。
壬生は這いつくばりながら近くに転がっていた大太刀に血まみれの手を伸ばす。

壬生「このまま……死ぬわけには……いかない」
黒い魔女「あら、止めてよね。勝負はもう着いたじゃないの」



壬生はなんとか大太刀をつかみ、ゆっくり立ち上がる。
シャツは真っ赤に染まり、口と鼻からは血が止まらない。

壬生「悪いけど……諦めが……悪くてねぇ」
黒い魔女「お願い。アタシはすぐにあなたを殺したくないの。分かって」

懇願するように両手を合わせる黒い魔女。
壬生はふっと笑いながら胸の前にて真横に大太刀を寝かせる。
血ぬれた大太刀の刀身に黒い魔女の姿が映りこむ。

壬生「死ぬのは……君も……一緒だ……」
黒い魔女「あはは。面白いこと言うね。でも、君の血殺術はもう読めてる」
壬生「……そうかな? 血殺術は……血の代償が大きいほど……真価に近づく」
黒い魔女「まさか全部の血を代償に!?」
壬生「裏返せ──」
黒い魔女「──!?」

次の瞬間、あまりにおぞましいことが起きた。
黒い魔女の首と四肢があらぬ方向に曲がったではないか。それだけではない。部屋のありとあらゆるもの、すなわち、カラスの群れ、展示された美術品、照明器具、壁、床にいたるまで全てのものがベキベキと音を立てながら曲がりひしゃげていく。
まるで壬生に相対する全てのものが裏返るかのようだ。ベキベキと。ベキベキと。裏返ってはさらに裏返り、また裏返っていくのだ。
壬生は手にしていた大太刀を落とし、意識朦朧としながら膝から崩れる。

壬生「仇は……討ったよ」
黒い魔女「こんなところで……アタシが死ぬなんて…………」

黒い魔女はもはや人の形を保っていなかった。ねじれ、曲がり、折れ、圧縮され、まるで潰れた空き缶のように無残に床に転がる。真下には尋常ではない血だまりができていた。

第14話「真価」完
第15話「大事なもの」

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