『素直』というパワーについて。
どうも。起きてビックリ、なんとなんと合計スキ40達成、前回の記事だけで24スキ(7/10 13:55時点)も頂けてとっても嬉しい一日のスタートとなりました。皆さんありがとうございます、note毎日投稿3日目のリョウです。
嬉しかったので前回の記事貼っちゃいます。本当にありがとうございます。
といったところで感謝のご報告もほどほどに、今日は「『素直』のパワー」についてお話ししてみたいと思います。
突然ですが、自分は素直な人間です。自分で素直と言い切っちゃうあたりヤバい人かな?と自分で思っちゃったりもしますが、まあ素直な人間です。 そういうことにしておきます。
嬉しいことがあればこうして舞い上がりますし、悲しいことがあると悲観に暮れますし、苦しいことがあると逃げ出したくて仕方がなくなります。
今だってそうです。
「施主のいない設計課題なんて」「大切なのは依頼者が、周辺地域が、社会が喜ぶことをする能力を養うことなのに、それにはほとんど触れずに、やれこうすればこうなるだろう、という頭の中の想像で話を進めて、形だけ整えるなんて間違っている。まずはヒアリングを始めるところからじゃないのか」
と文句ばかり出てくる設計課題に猛烈なストレスを感じて、ついには体から危険信号が出た癖にこうしてnoteは書いているのです。矛盾しまくりです。
ここで学んだのは、『頭が体を支配している』ということです。
素直さとは、体を100パーセント活用する能力のことだと強く感じます。 今だってほとんど考えていません。体が勝手に自分の体を突き動かしています。体が、伝えたいメッセージを指に伝えているような感覚さえします。
今の自分が望み、欲しているのは、生き抜く能力、生き抜く体を身につけて、それを還元していくことだとうっすらと感じています。 ここで書いているnoteだって多分その一環で、自分は言葉で人を救いたいのだと思います。こんな漠然としたことをすっぱりと言ってしまう自分大丈夫か?と思ってもいますが、書いている以上仕方がない、これは多分自分が望んでいることなんだと思います。
といった感じで、『夢』や『願望』なんてこねくり回しても仕方がないのだと思います。こねくり回し始めたら、頭で考えている証拠なのだと思います。「あ、いけない。流れを止めるところだった」と一旦立ち止まって、今一度自分の立ち位置を考え直すべきなのでしょう。
これは言い出しっぺの自分もまだやったことがないのであくまで仮定の話なのですが、きっと正しいと思います。だって「好きだ」と言い聞かせながらやっていた設計課題は、(進め方・意義という意味で)好きではなかったのだと知ったのだから。だとしたらまた別の好きを探すきっかけになると感じたのだから。
最後やや話が脱線しちゃったような感じがしましたが、今回は『素直さ』について考えてみました。
素直さは体を動かすパワーです。自分もまだまだこれからだけど、保証します。先に保証しとけば、大丈夫、なんとかなります。
と言うわけで今日はこんなところで。また明日会いましょう。
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