あの夏の恋と、読書感想文
彼のことを好きだと気づいたのは、彼に彼女ができたと聞いたからだった。
中学の間、3年間ずっと関わりがあった彼とは別々の高校へ進学して、メールアドレスは知っていたけど頻繁に連絡を取り合うようなことはなく、時々脳裏にぼんやり思い浮かべるくらい。
そんな彼の近況を久しぶりに聞いたのは、高校からの帰り道、仲の良い友達と河原でだべっていた時だった。
友達から、彼に彼女ができたらしい、と聞いた瞬間、ガツンと脳内にショックが走って、次の瞬間視界が曇った。そして両目から大量の涙が溢れ出す。
友達は私の予想外の反応に驚いて、私も同じく驚いた。
感情が反射的に
「ああ、私、彼のこと好きだったんだ」
と教えてくれた。
ポツポツと自分の気持ちを話し出した私に、友達はうんうん、と耳を傾けてくれて、帰る時間になった私たちは、その夜家で長電話をした。
***
なぜか失恋した悲しさよりも、好きと気付いたことの方が大きくて、彼のことが好き、という気持ちを保ったまま月日が過ぎた。それでも、この好きの気持ちは叶わぬものだと思っていたので、できるだけ大きくならないよう、蓋をした。
そんな私に、不謹慎だがチャンスが訪れる。彼が彼女と別れたというのだ。
それを聞いてからというもの、今までどうせ好きなっても…で抑えられていた気持ちが加速し始めた。気持ちは日に日に大きくなり、そろそろ、白黒つけないといけない気がしてきた。
そして、夏休みの最後の日、私は人生で初めての告白することを決意した。
***
ちょっと情けないけど、告白は、直接会うでもなく、電話でもなく、携帯のメールで、気持ちをしたためることにした。その当時の、私の中にあるだけの勇気をかき集めてできる、精一杯の行動。
文字を打っては消し、打っては消し。
夜になって暑さが和らぎ、網戸越しに入ってくる冷たい風が涼しいけれど、私の手のひらは汗でぐっしょりだ。
文章が出来上がっても、送信ボタンがなかなか押せない。押そうとしては、ダメだ…!と携帯を投げ出し、を繰り返すこと数十回、ようやくボタンを押した。
「送信完了」
ついにやってしまった。もう、後には引き返せない。
***
彼からの返信を待つ数時間、夏休みの宿題がまだ残っているのに、携帯ばかりチラチラ目に入る。
そして何百回目かのチラ見で、「メール受信中」の文字が目に飛び込んできた。
彼からのメール。本文を開くのに、さっき送信で振り絞っただけの勇気がもう一回必要だった。
もう一度、勇気を集結させて、メールを開く。
そこには「ありがとう」の言葉と、「私とは付き合えない」の文字があった。
***
残念な結果ではあったけど、私は全くといって良いほど悲しくなかった。
むしろ、心の底から、「ああ、私生きてる」というエネルギーがみなぎってきて、もうなんだか、すごく幸せだった。
人を好きになって、相手にその気持ちを伝えることはこんなに素晴らしいことなのかと、それまで生きてきた経験とは全く異なる達成感で、心が満たされた。
そんな暖かい気持ちが心の底から湧き上がってくるのを感じながら、夏休みの宿題に手をつけた。
読書感想文。
感情が揺さぶられた今夜の私は、すごく筆がのる。溢れ出てくる感情の端々を、片っ端から言葉にしていった。
時刻はとっくに寝る時間を過ぎているけど、全く眠くない。
いつもは憂鬱な原稿用紙5枚が、するするとマスを減らしていく。
本の中の主人公の感情が、この日だけは手に取るようにわかって、できる限り鮮明に丁寧に、この文章を読む人に伝わるよう「言葉」に息を吹き込んでいく。
そして、最後の一文に句点を打つと、今夜の人生の大きな一歩と、それを言語化する一連の流れまでが、私をひとまわり大きくしてくれた気がして、余計に、この夏休みの最終日と読書感想文が愛しくなった。
***
その読書感想文は、コンクールで入賞をした。
正直、自信があったわけではないが、手応えはあったので、それが評価につながって、初めて、感情を揺さぶられる出来事が自分の表現力に影響を及ぼすとわかった出来事だった。
あの夏にはもう戻れないけれど、また感情を揺さぶられ、そしてそれがシナジーで人の心を揺さぶるような文章を、また書きたい。
溢れ出す感情を、言葉という形でむき出しにして。
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