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【創作大賞2024】「友人の未寄稿の作品群」1【ホラー小説部門】

【あらすじ】

私の、唯一の親友が死んだ。
高校時代の三年間を共に過ごした友人が、自ら命を絶ったのだ。
出張中に久々に連絡を取り、友人の自宅を訪れた私は、そこで友人の遺体を発見した。
驚きと悲しみの中で見つけたUSBメモリには、ライター業をしていた友人の、未発表の作品群が保存されていた。
その作品を読み進めるうちに、友人の深い思いと人生の痕跡が浮かび上がってきた。
悩んだ末、私は友人の生きた証を多くの人に知ってもらいたいと強く願い、その作品を公開する決意をした。
友人の文章を通じて、友人が何を考え、何を感じて生きてきたのかを多くの人に伝えたい。


■始 一覧 次話▶

はじめに


 私には『親友』と呼べる人が、たった一人だけいた。

 高校の入学式、並べられたパイプ椅子のはしに座る、私の隣にいた人。顔見知りが誰もいなくて、これからの三年間に不安を感じていた。そんな私に声をかけてくれた。式が進む中、どこの中学から来たかとか、部活は何に入ろうとか、小声で話し込んだ。

 教室へ行けば席は前後で、毎日背中にちょっかいをかけてきた人。授業中、私の背中に指で絵を描いて、休み時間になったら答え合わせをしていた。

 同じ文芸部に入り、三年間クラスが同じだった人。周りからは夫婦だと言われ、やれどっちが旦那だの嫁だのと、よくからかわれていた。

 登校も一緒、お昼ご飯も一緒、放課後も一緒、下校も一緒、夏休みも、冬休みも、春休みも一緒。大学受験で忙しくなった時期を除いて、三年間の思い出の中にはいつも友人がいた。


 そんな私たちですら、進学先が分かれてからは会う頻度ひんどがめっきり減った。私が、県外へと進学したのが大きかった。年に一回、多くても二回。大学の長期休みに合わせて、地元に帰った際に会うくらいだった。それでも、私は親友だと思っていたし、友人もそう思っていた――と思いたい。

 大学卒業後はお互いに企業へ就職して、友人も地元を離れていた。それでも二人の生活圏は県を越えていて、仕事が忙しかったこともあり、会う頻度はより少なくなった。

 友人は本業の傍ら、ライターの仕事もしていた。二足の草鞋わらじ、とは言えないくらいの収入だったが、それなりに依頼はあったそうだ。

 文芸部に入っていた過去がきっかけで、ライターとしての仕事をするようになったらしい。デビュー作はそれなりに評価を得て、依頼が続いただけでなく、その伝手つてで少しづつライターとしての仕事を増やしていった。

 名前も出していなかったし、寄稿きこう先も特には知らなかった。だから私は、高校卒業後の友人の著作を読んだことはなかった。

 それが今では、私の手元にある。


 私のたった一人の親友は、自ら命を絶った。


 年明け、友人の住む県へ数日出張へ行くことになり、久々に連絡を取ってみた。最終日は午前中で用事が終わるから、せっかくなら友人に会ってから帰ろうと思ったのだ。たまたまだけどその日は、私の誕生日だった。しばらくして、返信が届いた。「ちょうど私も会いたかった。プレゼントを用意するから、家に来て」とのメッセージ。それと、住所が添えられていた。

 当日、日が昇りきった時間。私は昼食を済ませてから指定された住所へと向かった。友人の住むアパートは市の中心部からは離れていて、とても閑静かんせいな場所に立っていた。

 少しの緊張と共に、部屋のチャイムを鳴らした。しかし、インターフォンからは反応がなく、沈黙が続く。もう一度チャイムを鳴らしてみたが、物音一つも返ってこなかった。

 ふいにドアノブを回してみると、扉の鍵が開いていることに気付いた。少し躊躇ちゅうちょしながらも、扉をゆっくりと押し開け、中を覗くと。

 そこには、首を支点にして宙に浮く友人がいた。薄暗い部屋の中で、まるで影のように揺れていた。目が合う。

 私の心臓の鼓動が、耳元で鳴り響く。直前に食べた昼食が胃の中で肥大し、喉が押し広げられる。

 消化され切っていない固体、液体、気体が、床へと吐き出される。まるで胃が裏返ったかのように、食べた以上の量が床へと吐き出される。

 なんで、なんで、なんで、なんで、なんで

 全てを吐き出し終えると、呼吸が少しずつ戻ってくる。まだ、前は見れない。

 ふと、床に光が反射するのに気がついた。私の一部となるはずだった汚物の海の中、四角い、プラスチックの塊。

 なぜだか私は、普段なら触るのもはばかられるようなそれを、震える手で拾い上げ、ポケットに押し込んだ。

 すぐに警察と、一縷いちるの望みをかけて救急車を呼んだが、結末が変わることはなかった。私が一目見て判るくらいに、なにもかもが手遅れだった。

 私は、唯一の親友を失った。


 私が友人の部屋から盗んだそれは、一つのUSBメモリだった。

 勝手に中身を見ていいのだろうか。友人の家族に返すべきなのではないか。いまさら何と言って返せばいいのか。バレるくらいなら墓場まで持っていくべきなのではないか。
 引き出しを開けては眺め、眺めては閉める。そんな繰り返しを、半年間もしていた。

 しかし、今になってわかるのは、私がそれを手に入れるのは必然だったということだ。

 先日、仕事を終えて家へ帰ると、それは机の上に置かれていた。最後に引き出しを開けたのは昨日の夜、たしかにしまったはずだった。

 いや、本当にたしかだろうか。それをしまった後、一人で酒を飲んで、知らぬ間に眠っていた。
 出社に間に合うギリギリの時間に起きたから、散らかった部屋を気にも留めず家を出たから、朝の様子を見てはいない。泥酔した私は、無意識にそれを取り出していたのか。

 この半年間の葛藤がなかったかのように、私はそれをPCへと差し込み、アイコンをクリックする。ファンの駆動音が大きく鳴り、画面には、パスワード入力のポップが表示された。

 パスワードを打ち込む枠の下には、文字が表示されていた。


ヒント: Happy Birthday


 私の誕生日を、友人の命日を打ち込んだ。画面が一瞬暗転し、ウインドウが現れた。

 USBの中身は、友人が遺した作品群だった。ドキュメントファイル形式で保存されており、その全てが閲覧することができた。

 ファイル名には特徴があった。画面に並ぶ名前は、「済_〇〇.docx」の形で統一されていた。
 上から順に見ていくと、それらは寄稿済みのファイルであることが推測できた。データの一番下に、寄稿先と思われる名前が記されていたからだ。
 それは聞いたことのない個人名や団体名から、一度は耳にしたことのある企業名まで、多種に渡っていた。

 USBメモリのフォルダに戻り、何度かマウスのホイールをスクロールをする。
 すると、「未_〇〇.docx」という名前のフォルダが現れた。

 名前から察するに、おそらくこれは未寄稿の作品なのだろうと、ファイルを開く。

 データの一番下には、私の名前が記されていた。

 私に向けて遺したものだと、すぐに理解することができた。


 私は、一つの使命を得た。


 私はこの場を借りて、友人の遺した作品群を、できるかぎりそのままで公開することにした。友人の生きた証を、ここに残そうと決めた。友人もきっと、それを望んで私の名前を記したのだと思う。

 私が友人のためにできるのは、それだけだから。

 「文は人なり、書は人なり」フランスの学者、ビュフォンが残した言葉である。文章には書き手のひととなりが現れる、という意味だ。
 見た目や経歴、周囲からの評価なんて、簡単に説明できてしまう。しかし、友人が何に影響され、何を考えて生きてきたのかは、その表面的な情報だけでは決して分からない。
 友人が教えてくれたこの言葉は、私にとっても特別な意味を持っている。

 以下に掲載する作品群は、友人が遺した貴重な言葉の数々であり、その一つ一つが友人の魂の一部だ。私ができることは、その魂を多くの人々に伝えることだけ。
 友人のことを、友人がたしかに生きていたことを、たくさんの人に知ってもらいたい。この世に存在した証を、多くの人々の記憶に刻みたい。文章を通じて、友人の思いや考え、感じてきたことを、少しでも伝えたい。

 友人が何に悩み、何に苦しみ、何に殺されたのか、それは未だに分からない。

 それでも、それだからこそ、私は「友人の未寄稿の作品群」を公開する。

 これが友人への手向けになることを、私は願っている。友人の書いた言葉が、誰かの心に響き、何かを感じてもらえるように。
 それが、私にとっても、友人にとっても最大の喜びだろうと思う。


Written by 坩堝


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2: ※


3: 未_彼岸の祭り のコピー


4: 未_怪談の常套句 のコピー


5: 未_レトロ喫茶を訪れる のコピー


6: 未_わたしの1 のコピー


7: 未_エビとブロッコリーのクリーミーパスタ のコピー


8: 未_白雪 のコピー


9: 未_わたしの2 のコピー


10: 未_空を飛ぶ のコピー


11: 未_HOW TO のコピー


12: 未_███ のコピー


13: おわりに


14: 「友人の未寄稿の作品群」の改稿案

おわらないよ


Written by 坩堝

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