見出し画像

【創作大賞2024】「友人の未寄稿の作品群」8【ホラー小説部門】

◀前話 一覧 次話▶

未_白雪 のコピー


 遠い昔、ある王国のあるお城に、とても美しい王子がいました。幼い頃からその美しさを賞賛されていた王子は、毎日鏡を見て、自身がどれだけ美しいかを確認するのが日課でした。
 しかし、心の中には常に一抹の不安がありました。「自分より美しい者が現れたらどうしよう」という思いです。彼は不安を消すために、毎日鏡に問いかけました。

「鏡よ鏡よ、この国で一番美しいのは誰?」

 すると鏡は決まって、王子の顔を映し出して答えます。

「それは王子様です」

 その言葉に王子は安心して、眠りにつきました。


 今日も王子は鏡へ問いかけます。

「鏡よ鏡よ、この国で一番美しいのは誰?」

 鏡は少しの沈黙の後、答えました。

「それは農夫の息子、白雪です」

 鏡には一人の、美しい青年の姿が映っていました。

 王子はその答えに驚き、しばらく言葉を失いました。彼の美しさに対する自信は揺るぎないものでした。それに、鏡が他の者を美しいと認めることは、今まで一度も、一度たりともありませんでした。胸の中に小さな嫉妬の種が芽生え、その種は瞬く間に大きな嫉妬の炎へと成長しました。

「この白雪という者を殺してしまえば、再び自分が一番美しい存在になるのだ」

 そう考えた王子は、すぐに行動に移しました。その夜、彼は忠実な家来に命じて、白雪の住む村に毒を届けさせました。家来は白雪の家に贈り物として、毒入りの果物を届けました。


 白雪は静かで穏やかな田舎の村に住んでいました。農夫の息子であり、美しさと優しさによって、村人たちから愛されていました。
 しかし、平穏な生活は突然終わりを迎えました。

 当時、果物は滅多に手に入らない、とても貴重な食べ物でした。白雪は家に届いた果物を美味しそうに見つめ、何の疑いもなく一口かじりました。

 果汁が口の中に広がった瞬間、白雪の顔が苦しみに歪みました。彼は喉を押さえ、激しい痛みに倒れ込みました。家族が駆け寄り、何が起こったのか理解できないまま、白雪の息が浅くなるのを見守るしかありませんでした。村の医者がすぐに駆けつけ、必死に白雪の命を救おうとしました。

 医者の治療の末、白雪は一命を取り留めましたが、顔にはまだ痛みと恐怖が残っていました。その事件は村全体に大きな恐怖を与え、人々は再び同じことが起こらないように警戒を強めました。

 次の夜、王子はさらに巧妙な計画を立てました。彼は家来に命じて、白雪の井戸に毒を流し込み、村人全員を一度に殺そうとしました。家来は夜の闇に紛れて井戸に近づき、毒を流し込みました。しかし、井戸の水が異常な色をしていたため、村人たちはすぐに異変に気づきました。水を汲み上げた女性がその異様な色に驚き、村中に知らせました。

 村人たちはすぐに井戸を封鎖し、水を使わずに済む方法を模索しました。再び王子の計画は失敗に終わりました。

 二度の暗殺計画が失敗に終わり、白雪が生き延びる度に、王子の心には焦燥感と苛立ちが募るばかりでした。


 王子は鏡を眺めます。鏡の中の白雪の顔を見ていると、次第に胸の奥にかつて感じたことのない感情が溢れてきました。それは嫉妬や憎しみではなく、心を締めつけるような切ない思いでした。

 鏡には、青空のように澄んだ目と、太陽の光を浴びたような輝く笑顔を持つ若者が映っていました。白雪の顔は、純真でありながらどこか神秘的な魅力を持っていて、その笑顔はまるで心の奥底まで温かく包み込むかのようでした。

 王子は目を離すことができず、その瞬間、自分の心が強く引き寄せられるのを感じました。白雪の笑顔には、これまで見たことのない純粋な美しさがありました。それは王子自身の完璧な美しさとは異なる、心を震わせるような美しさでした。王子はその魅力に心を奪われました。

 胸の奥から湧き上がる衝動を抑えきれず、王子は何としても白雪を手に入れたいと思いました。彼の心はもはや白雪のことでいっぱいでした。王子は一刻も早く、その美しい笑顔を自分のものにしたいと強く願い、その思いは夜が更けるにつれてますます強まりました。

 その夜、王子は決意を固めると、忠実な家臣たちを呼び寄せました。彼は白雪を見つけ出し、城に連れてくるように命じました。家臣たちは王子の命令に従い、夜の闇に紛れて、再び白雪の住む村へと向かいました。

 王子の心は期待と不安で揺れ動いていました。彼の心臓は激しく鼓動し、早く白雪に会いたいという気持ちが抑えきれないほど高まっていました。明日には、あの美しい笑顔を間近で見られるのだと、王子は心の中で繰り返しながら、眠れぬ夜を過ごしました。

 王子の命令を受けた家臣たちは彼の家に押し入り、白雪を連れ去りました。

 王子は白雪を城に連れ込み、自室に閉じ込めました。白雪は驚きと恐怖で震えましたが、目の前に立つ王子の美しさにもまた、驚かされました。王子は白雪に優しく接し、彼を喜ばせようとしました。王子は白雪に豪華な食事を提供し、美しい衣装を与え、心地よい言葉をかけました。

 しかし、王子は何かが違うことに気づき始めました。鏡に映る白雪と、目の前にいる白雪とでは、何かが違う。鏡の中の白雪は、まるで完璧な絵画のように美しく、王子の心を捉えて離さないものでした。その笑顔は純粋で、心の奥底まで温かく包み込みます。

 一方目の前の白雪は、確かに美しいのですが、その美しさには何か欠けているように感じました。彼の目はくすみ、常に憂いが漂っていました。王子はその違いに戸惑い、困惑しました。彼の心の中に芽生える感情の正体を理解することはできませんでしたが、その感情は鏡の中の白雪に向けられていることを薄々感じ始めていました。

 王子は鏡に問いかけます。

「鏡よ鏡よ、この国で一番美しいのは誰?」

 鏡は答えます。

「それはあなたの側にいる白雪です」

 しかし、その答えにもかかわらず、王子の心には満たされない空虚感が残りました。鏡の中の白雪は完璧で手の届かない存在であり、目の前の白雪は王子の手の中にある。何かが違う。王子はその違和感を無視しようとしましたが、次第にその感情は強まり、彼の心を支配し始めました。


 王子は自分の行動に疑問を抱き始めました。なぜ自分は白雪を手に入れたいと思ったのか、本当に求めているものは何なのか。彼の心の中で渦巻く感情は、鏡の中の完璧な美しさに対する憧れと、それを現実に求める焦燥感でした。

 そして、王子は徐々に、鏡の中の白雪に対して抱いている感情が、単なる憧れではなく、もっと深いものであることを理解し始めました。しかし、その感情の正体を完全に認めることはできず、ただ鏡の前に立ち尽くすばかりでした。

 白雪は城の中での日々を過ごしながらも、故郷の家族や友人たちを想い、心の中で悲しみと孤独を感じていました。白雪は王子の愛を、受け入れることができませんでした。
 呼応するように、鏡の中の白雪の笑顔は次第に消えていき、代わりに暗い影が浮かぶようになりました。

 王子は一人鏡の前に立ち、問いかけました。

「鏡よ鏡よ、この国で一番美しいのは誰?」

 鏡は白雪の顔を映し出します。

「それはあなたの側にいる白雪です」

 鏡の中の白雪は、もはや笑顔を浮かべていません。代わりに、悲しみと苦しみがその顔に刻まれていました。王子はその姿を見て、自分の行いが白雪を不幸にしていることを悟りました。

 どうすれば笑顔を取り戻せるのだろうと、王子は自問しました。そして、一つの恐ろしい考えが頭に浮かびました。
 白雪を殺せば、その笑顔は永遠に鏡の中に残るのではないかと。


 王子は再び、白雪を殺そうと決意しました。彼の心は絶望と嫉妬でいっぱいになり、理性を失っていました。
 鏡の中の白雪が笑顔を失ったことで、王子は自分の全てが否定されたように感じたのです。彼は白雪の笑顔を取り戻すためなら、どんな手段をもいとわないと思い詰めていました。

 その夜、王子は暗い決意を胸に白雪の部屋に忍び込みました。白雪は疲れ切って眠っていましたが、王子の足音で目を覚ましました。王子の手には鋭い短剣が握られており、その目には狂気が宿っていました。

 白雪は一瞬、何が起こっているのか理解できませんでした。次の瞬間、王子が彼に飛び掛かり、王子の意図を察しました。彼は必死に抵抗しようとしました。

「私は殺されようとも、私の心は揺るぐことはありません」

 白雪は叫びましたが、王子の耳には届きませんでした。王子の心は、自分の理性の声を完全に遮断していました。

 白雪は自分の命を守るために必死に抵抗しました。王子の目に宿る狂気の光が強まります。混乱の中で、白雪は一瞬の隙をついて王子の手を振りほどきました。彼は全力で部屋を飛び出し、暗い廊下を駆け抜けます。城の中は静まり返っており、白雪の足音だけが響いていました。彼の心臓は激しく鼓動し、全身に恐怖と少しの希望が流れていました。

 「早く逃げないと」白雪は心の中で叫びました。彼の目には涙が浮かびましたが、その涙を拭う時間すらありませんでした。彼は暗闇の中を全力で走り続け、城の出口を目指しました。

 外に出ると、夜の冷たい空気が白雪の顔を打ちます。彼は息を切らしながらも走り続けました。月明かりが薄暗い道を照らし、その光を頼りに白雪は走り続けました。背後からは王子の追っ手が迫る気配が感じられましたが、白雪は振り返ることなく走り続けました。

 彼の足は泥と草で汚れ、傷だらけになりましたが、それでも彼は止まりませんでした。家族の元に戻り、平穏な日々を取り戻すために。

 ようやく、彼は村の入り口にたどり着きました。家々の明かりが彼を迎え入れ、白雪の心に温かさが戻ってきました。村人たちは白雪の姿を見つけると、驚きと共に彼を助けに駆け寄りました。白雪はついに、安全な場所へたどり着いたのです。


彼の心は恐怖から解放され、再び自由を取り戻しました。しかし、その胸の中には、王子との恐ろしい経験が深く刻まれていました。白雪は家族と再会し、村人たちに囲まれて涙を流しました。彼は再び平穏な生活を取り戻しましたが、その夜の出来事は、決して忘れられないものでした。

 王子は白雪を失ったことで、深い絶望に沈んでいました。彼の心は痛みと後悔で満たされていました。鏡の中の白雪は再び笑顔を取り戻していましたが、それは王子の心をさらに苦しめました。彼はその笑顔が、自分のものではなくなったことを痛感しました。

「もう彼は私のものではないのだ」

 王子はつぶやきました。そして、絶望に駆られた彼は、最後の決断を下しました。

「鏡よ鏡よ、この国で一番美しいのは誰?」

 鏡は答えます。

「それは農夫の息子、白雪です」

 王子は微笑みます。その微笑みには、哀しみが宿っていました。

 彼は鏡に自分の姿を映します。そして、短剣を手に取り、自らの胸に突き立てました。王子の美しい顔は、最後の一瞬に歪み、彼は倒れました。


 王国は悲しみに包まれました。美しい王子を失った悲しみは国中に広がり、人々は皆彼の死を悼みました。
 しかし、誰も知り得なかったのは、王子が愛と嫉妬の狭間で苦しみ、自ら命を絶つ決断をしたということでした。

 王子の死後、かつて栄華を誇った彼の部屋は、今や冷たく、陰鬱な空気に包まれています。
 鏡の中の白雪は微笑み続けていましたが、その笑顔はどこか空虚で、誰のためのものでもありませんでした。美しい白雪の姿は、ただ過去の記憶を静かに映し出すだけの存在となりました。

 その後も鏡は、長い年月を経てさまざまな出来事を見つめ続けましたが、王子と白雪の物語は鏡の中で永遠に、静かな眠りにつきました。その笑顔は、もはや誰も振り向くことのない静寂の中で、ただひっそりと輝き続けます。


███


◀前話 一覧 次話▶

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?