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【創作大賞2024】「友人の未寄稿の作品群」12【ホラー小説部門】

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 これは、私が実際に体験した話

 今となってはそれが夢だったのか、現実だったのかも分からない。もちろん、自分の身に起きたことだから現実なはずなのだけど。私の持ち得る理屈では説明できないような、そんな話。

 後にも先にも、私の身に起こった理解のし難い出来事は、唯一これだけ。

 本当だったら、███も知ってるはずだった。でも、知らないみたいだった。見てないみたいだった。一緒にいた子達もみんな、何事もなかったかのように振舞っていた。

 今まで誰にも確かめたことも無かったし、もし知っていることを知れたところで、それが何だったか分かるとは思わなかった。


 高校最後の夏休み明け、私と███を含めた部員四人が文芸部室に集まった。同学年のこの四人は、他の部員に比べてモノを書く部類の人達で、多少気の知れた仲だった。
 特に███とは三年間同じクラスで、いつも一緒にいた。いつも███の隣にいた。私の隣は、一つだけだった。右も左も無い、たった一つの隣だった。
 あとの二人、真穂と優香とは、まあそれなりに仲良くしていたと思う。

 部室に集まった私達は、三年生の夏休みの面白みの無さについて話していた。受験生故の、勉強漬けの毎日についてである。
 私も塾の夏期講習に通ったり、問題集と向き合ったりで、受験生らしい夏休みを過ごした。でも隣に律希がいたから、辛いだけではなかった。
 しかし、総体的に見ればつまらなさが勝っていた。

 そんな憂鬱な夏の思い出を語り合った後の少しの沈黙、たしか真穂だったか、「たまには息抜きしないとね」との一声が上がった。
 祭りに行きたいと提案したのは私だった。私の地元では秋に祭りがある。屋台が並んで、囃子が流れて、花火が上がるような、どこにでもあるような祭り。

 一日だけの息抜き、どうせなら浴衣を着たいと盛り上がった。さっそく決行日を決めて、その日は解散となった。

 小学生以来、浴衣を着たことがなかった。そもそも、祭りに行くのも小学生以来だった。
 受験期真っ只中に祭りに行くことへの後ろめたさを持ちながらも、母親に相談してみた。すると、意外にも協力を得ることができた。しばらく勉強ばかりだった娘への、ささやかな褒美だったのだろうか。新しい浴衣を用意してくれたのだ。
 落ち着いた赤地に映えるキンモクセイの浴衣。秋の夕日に溶けてしまいそうな、私にはもったいないほどに綺麗な浴衣だった。

 着付けは母がしてくれた。祖母から教わったらしい。思えば、小学生の私に浴衣を着せてくれたのも母親だった。
 おはしょりを整えてもらって、背中をポンと叩かれる。久々の浴衣に気分が上がって、訳も無く家の中をうろついた。
 そうしているうちに家を出る時間が来て、下駄を履いて玄関を出ようとしたとき、母親に呼び止められた。

 浴衣に浮かれる私を見ていた、さっきまでの緩んだ顔とは違って、表情も無く、一言。

「知らん子には話し掛けちゃあかんよ」

 その言葉に一瞬の違和感を覚えたが、すぐに母親の表情は緩み、いってらっしゃいとの言葉をかけられた。だから私は、その違和感もすぐに忘れて家を出発した。


 大きな鳥居の足元で、知った顔を見つけた。他の三人は先に着いて合流していたようだった。
 ███の姿が眼に映る。淡い藍、花唐草の浴衣を纏っていた。この季節がとても、愛おしく思えた。

 そのまま神社でお参りを済まし、屋台を巡った。私の地元ということもあり、時折中学時代の知り合いを数人見かけた。しかし、話しかけることはなかったし、話しかけられることもなかった。
 中学生までは人と衝突することが多くて、友達と言える友達がいなかった。高校生になり、こうして人と祭りに来ている自分に驚く。隣に███がいるだけで、私は満足だった。

 見ていない屋台を残すところ数店。突然、何かに躓いた。そこには何もなかった。履きなれていない下駄のせいで、自分の足にでも引っかかったのだろうか。
 躓いた際に右足に力が入った。親指と人差し指の間に、下駄が強く食い込んだらしい。歩くのが、少々辛い状況になってしまった。右足が痛かった。

 屋台のある道から一本中に入ったところに、公園があるのを思い出した。███の肩を借りて、公園へと向かう。三人は明るく振舞っているが、私の気分は落ち込んでいた。せっかくの祭りの、雰囲気を壊してしまった。
 そんな私の気持ちを察したのであろうか、███は「もうすぐ花火が上がる時間だし、静かなところで見ようよ」と言った。その言葉に救われる私がいた。


 公園には数組の人影があった。真ん中に一つ消えかけの外灯があるだけで、全体的に暗い。先ほどまでライトアップされた明るい道にいたのもあり、暗さに目が慣れなかった。人影の中に知り合いがいたとしても、それが誰か判別できない程の暗さだった。

 しばらくベンチに座っていた。休んでいるうちに右足の痛みは和らいでいったが、下駄を履いて歩く気にはならなかった。しかし、裸足で帰るにしても、家までは少し距離がある。再び███に肩を借りるのも申し訳ない。また気分が落ち込んだ。

 一つ、ため息をつこうと息を深く吸い込んだとき、急に周囲が明瞭になった。頭上に、大きなしだれ柳が咲いた。光が尾を伸ばしながら、地上へと降り注ぐ。消える間もなく、新たな光が打ち上げられる。

 花火が開く度に、公園内が彩りに染められていく。人影達は空を見上げている。その顔は照らされ、はっきりと顔が分かる程だった。
 ███の横顔を見る。光源に向けられた笑顔は、どこか幼げに見えた。
 ███は目を閉じた。瞼の裏で光を感じているのか、崩した表情はそのままだった。

 ███は今、何を思っているのだろう。花火のこと?祭りのこと?家族のこと?学校のこと?真穂のこと?優香のこと?███が想いを寄せる高木のこと?それとも、私のこと。

 胸まで伸びた、艶やかな黒髪。目尻の下がった、優しい一重。指でなぞりたくなるような、綺麗な鼻筋。触れると壊れてしまいそうな、薄い唇。

 その向こうに、藍がちらついた。焦点が奥へと伸びる。
 淡い藍、花唐草の浴衣。███と、同じ浴衣。███と同じ、長い黒髪。

 息が止まる。私の隣には███がいた。でも、その先に、███と同じ後ろ姿があった。

 目が離せなかった。目の前に███の顔があるのに、それは視界半分の靄となって、その向こうの彼女に釘付けになる。

 気付けば立ち上がっていた。下駄を脱いでいたことも忘れて、足裏に刺さる小石の痛みも忘れて、足が進む。

 引き寄せられるように、足が進む。彼女へと近づく。距離が近づく。
 やがて、彼女の背後へと着き止まった。

 そして、その少し高い肩へと手を伸ばす。

 私に気付いた彼女は、ゆっくりと振り向いて。

 ソレは、███の顔だった。

 花火の音が耳に届かなくなる。節が軋むくらいに、全身がに力が入り固まった。
 ███は後ろにいた。でも、目の前に███がいる。

 「律希?」

 後ろから、███の声がした。足音が近づくのが分かる。体が動かない。ダメ。来ちゃダメ。
 足音は私の後ろから、私の横へと移動し、私の前へと。


 「律希!」

 肩を叩かれ、身体に自由が戻った。優香と、ベンチの裏が見えた。
 体を起こす。優香と、その横に真穂がいた。

 どうやら、私は地面に寝ていたようだ。彼女たちが言うには、花火を見ていたら突然どさっと音がして、気が付けば私がベンチから落ちて倒れていたらしい。 
 声をかけてもしばらく起きなくて、何度か体を叩いてようやく目を覚ましたとのことだった。

 さっきのは、意識を失って見た夢だったのかと思って辺りを見回すと、後ろに、███が立っているのに気が付いた。

「律希」

 名前を呼ばれる。その声は確かに███の声で、███の口から聞こえていた。

「律希」

 でも、その声は私に向けられているようには見えなくて。

「律希」

 口から出る音をただ面白がっているだけのようで。

「りつき」

 ███ではないように思えた。


███


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