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【創作大賞2024】「友人の未寄稿の作品群」3【ホラー小説部門】

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3: 未_彼岸の祭り のコピー


[マクラはお任せします]

 私の地元には天王祭と呼ばれる、毎年六月頭に、二日間行われるお祭りがあります。片側二車線の道路の両脇に、ずらっと屋台が並ぶんです。
 長く続く屋台の端はどうなっているかというと、片方はただの交差点なんですが、反対側には神社が一つありまして。

 その神社には宗像三女神むなかたさんじょしんという、天照大神あまてらすおおみかみの娘である三人の女神様が祀られております。その内の一柱が市杵嶋姫命いちきしまひめのみことというんですが、これが七福神の一人である弁財天と同一視されています。
 その弁天様に、夏に蔓延する疫病を祓ってもらうために興されたのがこの祭りの始まりなんですね。

 ここ数年、人が多く集まる行事ができない情勢でありましたから、天王祭も五年間行われていなかったんですがね。嬉しいことに、やっと今年復活することになったんですよ。
 疫病を祓ってもらうためというのなら、開催した方が良かったのではと思わなくもないんですが。[笑いどころ]

[咳払い]

 皆様がお住まいの地域にも、毎年決まった時期に行われる祭りがあると思います。「祭り」というのは「神を祀る」と書く「祀り」でして、文字通り神やそれに準ずるものを祀るための行事なんですね。

 私の大学時代の友人で、これを仮にAさんとしますが、他県から進学してきた方がいました。これはその、Aさんから聞いた話です。

 Aさんが生まれ育った地域にも、長く続いている祭りがありました。毎年二回、春と秋に、彼岸祭りというのが行われるそうです。

 Aさんは小学生の頃、両親と母方のおばあちゃんとの四人暮らしで、毎年家族で祭りに行っていました。お父さんは得意な射撃をして、お母さんは金魚すくいに夢中になり、おばあちゃんは綿菓子を買ってくれるのが恒例でした。
 夜店の灯りがぼんやりと照らす中、家族で笑い合いながら屋台を回るのが、一年で二回ある楽しみな時間だったそうです。

 しかし中学生にもなると、家族で祭りを回るのがだんだん恥ずかしくなってきました。まあ、友達と一緒に行く方が楽しいと感じる年頃なんでね。
 それで中学一年の秋からは、友達と祭りに行くようになりました。[思春期特有の恥ずかしさの混ざった顔]

 ある年の祭りのこと、浴衣を着付けてもらうと、いつものようにお母さんは丁寧に帯を締めながら「きれいに見えるようにね」と微笑んでいました。
 いざ出かけようとすると、お母さんに呼び止められました。振り返ると、真顔のお母さんが見えました。そして一言、言うんです。

「知らん子には話しかけちゃあかんよ」[無機質に]

 そこの祭り自体は大きくはなかったものの、特段田舎ってわけでもなかったんで、地域の外の人も多く祭りに来ていたそうなんです。だから「知らない人について行ってはいけないよ」って注意されるのはわかるんですが、それが違う。

 「知らない子に話しかけてはいけない」なんです。Aさんは不思議に思うも、あまり気にすることもなく、軽く返事をして家を出ました。

[襟を正す]

 祭り会場へ到着したAさんたちは、屋台を一つ一つ回りながら、お好み焼きやたこ焼きを食べたり、射的や金魚すくいに挑戦したりして楽しみます。
 時折、クラスメイトと鉢合わせて立ち話をしたり、ひっそりデートしている友達を遠目に眺めてニヤニヤしたりしていました。祭りのにぎやかさと夜店の明かりに包まれて、笑い声が絶えませんでした。

[間髪を空けず]

 屋台を回っている最中に突然、友達が足元の石に躓いて、転んでしまったんです。その拍子に足をひねったようで、痛みで歩けないと言い出しました。周りの友達も心配そうに顔を見合わせ、どうしようかと相談し始めます。
 結局、屋台が並ぶ通りから、一本外れた公園に行って休むことにしました。公園は、祭りの喧騒から少し離れた静かな場所で、木々に囲まれたベンチに友達を座らせます。

[無表情]

 公園には特に灯りがなく、さっきまでいっぱいの電飾がある明るい所にいたんで、どうにも目が慣れない。周りにはちらほら人の塊があるんですが、十メートルも離れていれば知り合いなんだかどうだか、顔も見えないようでして。
 祭り会場のすぐそばなんで大体が二人以上、多くて五人とかなんですが、その中で、一人でいる浴衣姿の女の子が、Aさんの視界に入りました。背丈はAさんと同じくらい、顔が見えないんで年齢はよくわからない。

[トーンダウン]

 なんでか、Aさんはその女の子が気になってしまったそうなんです。ただ一人、姿勢も変えずに佇む女の子。その姿が妙に、目に焼きついて離れない。
 友達が「裸足で帰らないとかんなあ」とか「この浴衣お母さんが昔着てたやつなんさね」とか話しかけてくるのに、Aさんはうわの空で相槌を打つばかりで、気は完全にその女の子に向いているんです。
 女の子は微動だにせず、まるで時間が止まっているかのようでした。

 次第に、友達の声が遠のいて、話が頭に入ってこなくなります。ふと気づくと、自分の足が勝手に女の子の方へ向かっているんです。引き寄せられるように、まるで操られているかのように、一歩一歩近づいていくんです。心の中では「何をしているんだ」と思いながらも、足は止まりません。

 彼女の背後に立つと、その距離が異様に感じられるほど近く、彼女の浴衣の布地が目の前に迫ります。自然と手が伸びて、冷や汗が背中を伝うのを感じながら、ゆっくりと彼女の肩に触れました。
 その瞬間、心臓の鼓動が速くなり、呼吸が浅くなったのを感じました。

 彼女は、ゆっくり[ゆ っ く り]と振り向きます。

[五秒の間を空ける]

 そこには、Aさんの顔がありました。

[テンポアップ]

 短い悲鳴を上げて手を引っ込めました。たしかにそれは、毎日鏡で見る自分の顔でした。その顔から目が離せない。目の前にいる彼女は、表情を変えずに、ただAさんを見つめています。

 突然背後から名前を呼ばれました。振り返ると友達がこちらに駆け寄ってきている。
 声も出せずに立ちすくんでいると、[不可解な表情] 三人はAさんの横を通り過ぎました。まるでAさんが見えていないかのように。私の名前を呼んでいる。呼んでいるけどその声は、私と同じ顔へと向けられている。私はここにいるのに、目の前には私がいて。

[息を飲み、目を閉じる]

 Aさんは一瞬、目の前が真っ暗になって立ち眩みました。すると、誰かがよろけた身体を支えてくれて、[テンポダウン(急)] その顔を見ると、先ほどまで一緒にいた友達でした。Aさんは、近くのベンチへ連れられました。
 話を聞くと、Aさんは突然倒れそうになったとかで。ずっとその場にいたし、ずっと四人で話していたそうなんです。ましてや、一人でいる女の子なんて見ていないと。

[姿勢を正す]

 このAさんの地元のお祭り、彼岸祭りっていうんですがね、彼岸っていうのはお彼岸のことなんですね。お彼岸というのは春分の日と秋分の日の前後を合わせた期間の事をいいますが、別の意味もありまして。此岸しがんと彼岸、それはこの世とあの世なんです。

 春分、秋分の日は、太陽が真東から昇って真西に沈む日です。仏教において此岸は東にあり、西には彼岸があると言われています。この世である此岸とあの世である彼岸が最も近づく日、それがお彼岸です。此岸と彼岸が近づけば、あの世とこの世の境界が曖昧になります。
 曖昧になれば、あの世からこの世に、紛れてくることがあるんです。

 この時期になると、あの世のものがこの世に様々な災いをもたらす、と恐れた地域がありました。
 突如として病が広まり、人々が原因不明の不調に見舞われることがあったと言われています。また、家畜が急に病気になったり、作物が枯れたりと、生活に直結する被害も多かったんです。
 こうした災いはすべて、あの世の存在がこの世に入り込んできたことによるものだと信じられていました。

 昔の人たちは、何とかしてこの災いを鎮める方法を考えました。そして、人が集まる賑やかな場を設けることが、一つの解決策として見出されました。

[トーンアップ]

 賑やかな祭りの場には、多くの人々の喜びと笑い声が満ち溢れ、それがあの世の者たちを満足させる力になると信じられていたのです。こうして、人々は祭りを通じてあの世の存在を一時的に留めさせ、何事もなくお帰りいただくための場を作り出したのです。[違う]

 彼岸祭りも、そのような背景から生まれた祭りの一つです。此岸と彼岸が最も近づくこの時期に行われる彼岸祭りでは、御神輿が街中を練り歩き、人々は手を合わせて祈ります。
 夜には篝火が焚かれ、神楽が奉納される中で、地元の人々はあの世の存在を感じながらも、その力を鎮めるために一心に祭りに参加します。

[あなたは誰]

 祭りの最中には、特別な儀式も行われます。神職が特別な祝詞を唱え、御神酒を捧げることで、あの世の者たちをもてなし、穏やかにお帰りいただくようお願いするのです。こうした伝統が長く受け継がれ、人々の心の中に深く根付いています。

 彼岸祭りってのは単なる楽しいイベントなだけではなく、地域の人々があの世の力を敬い、共存しようとする深い意味を持った祭りなのです。しかし、その祭りの陰には、常にあの世からの侵入を恐れる不安と、それを鎮めるための緊張が存在しているんですね。

[Aの顔]

さて、Aさんは今でも元気に過ごしているそうです。あんな不可解なことがあったのに、以降はまったく何も起こらず、別に病気をしたり精神を病んだりすることもなく、ただ健康に過ごしています。[ただ健康に]

 しかし、あの出来事以来Aさんは、夜に洗面台の前に立つことを、少しだけためらうようになったそうです。自分の姿が映る場所には、なんとなく落ち着かない気持ちがよぎるのだとか。
 特に夜中に目が覚めた時は、電気をつけずにトイレに行くことが増えたと言います。それでも、日常生活には支障なく、普通に[普通って?]、過ごしているそうです。

[一礼]



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