【創作大賞2024】「友人の未寄稿の作品群」1【ホラー小説部門】
【あらすじ】
はじめに
私には『親友』と呼べる人が、たった一人だけいた。
高校の入学式、並べられたパイプ椅子の端に座る、私の隣にいた人。顔見知りが誰もいなくて、これからの三年間に不安を感じていた。そんな私に声をかけてくれた。式が進む中、どこの中学から来たかとか、部活は何に入ろうとか、小声で話し込んだ。
教室へ行けば席は前後で、毎日背中にちょっかいをかけてきた人。授業中、私の背中に指で絵を描いて、休み時間になったら答え合わせをしていた。
同じ文芸部に入り、三年間クラスが同じだった人。周りからは夫婦だと言われ、やれどっちが旦那だの嫁だのと、よくからかわれていた。
登校も一緒、お昼ご飯も一緒、放課後も一緒、下校も一緒、夏休みも、冬休みも、春休みも一緒。大学受験で忙しくなった時期を除いて、三年間の思い出の中にはいつも友人がいた。
そんな私たちですら、進学先が分かれてからは会う頻度がめっきり減った。私が、県外へと進学したのが大きかった。年に一回、多くても二回。大学の長期休みに合わせて、地元に帰った際に会うくらいだった。それでも、私は親友だと思っていたし、友人もそう思っていた――と思いたい。
大学卒業後はお互いに企業へ就職して、友人も地元を離れていた。それでも二人の生活圏は県を越えていて、仕事が忙しかったこともあり、会う頻度はより少なくなった。
友人は本業の傍ら、ライターの仕事もしていた。二足の草鞋、とは言えないくらいの収入だったが、それなりに依頼はあったそうだ。
文芸部に入っていた過去がきっかけで、ライターとしての仕事をするようになったらしい。デビュー作はそれなりに評価を得て、依頼が続いただけでなく、その伝手で少しづつライターとしての仕事を増やしていった。
名前も出していなかったし、寄稿先も特には知らなかった。だから私は、高校卒業後の友人の著作を読んだことはなかった。
それが今では、私の手元にある。
私のたった一人の親友は、自ら命を絶った。
年明け、友人の住む県へ数日出張へ行くことになり、久々に連絡を取ってみた。最終日は午前中で用事が終わるから、せっかくなら友人に会ってから帰ろうと思ったのだ。たまたまだけどその日は、私の誕生日だった。しばらくして、返信が届いた。「ちょうど私も会いたかった。プレゼントを用意するから、家に来て」とのメッセージ。それと、住所が添えられていた。
当日、日が昇りきった時間。私は昼食を済ませてから指定された住所へと向かった。友人の住むアパートは市の中心部からは離れていて、とても閑静な場所に立っていた。
少しの緊張と共に、部屋のチャイムを鳴らした。しかし、インターフォンからは反応がなく、沈黙が続く。もう一度チャイムを鳴らしてみたが、物音一つも返ってこなかった。
ふいにドアノブを回してみると、扉の鍵が開いていることに気付いた。少し躊躇しながらも、扉をゆっくりと押し開け、中を覗くと。
そこには、首を支点にして宙に浮く友人がいた。薄暗い部屋の中で、まるで影のように揺れていた。目が合う。
私の心臓の鼓動が、耳元で鳴り響く。直前に食べた昼食が胃の中で肥大し、喉が押し広げられる。
消化され切っていない固体、液体、気体が、床へと吐き出される。まるで胃が裏返ったかのように、食べた以上の量が床へと吐き出される。
なんで、なんで、なんで、なんで、なんで
全てを吐き出し終えると、呼吸が少しずつ戻ってくる。まだ、前は見れない。
ふと、床に光が反射するのに気がついた。私の一部となるはずだった汚物の海の中、四角い、プラスチックの塊。
なぜだか私は、普段なら触るのも憚られるようなそれを、震える手で拾い上げ、ポケットに押し込んだ。
すぐに警察と、一縷の望みをかけて救急車を呼んだが、結末が変わることはなかった。私が一目見て判るくらいに、なにもかもが手遅れだった。
私は、唯一の親友を失った。
私が友人の部屋から盗んだそれは、一つのUSBメモリだった。
勝手に中身を見ていいのだろうか。友人の家族に返すべきなのではないか。いまさら何と言って返せばいいのか。バレるくらいなら墓場まで持っていくべきなのではないか。
引き出しを開けては眺め、眺めては閉める。そんな繰り返しを、半年間もしていた。
しかし、今になってわかるのは、私がそれを手に入れるのは必然だったということだ。
先日、仕事を終えて家へ帰ると、それは机の上に置かれていた。最後に引き出しを開けたのは昨日の夜、たしかにしまったはずだった。
いや、本当にたしかだろうか。それをしまった後、一人で酒を飲んで、知らぬ間に眠っていた。
出社に間に合うギリギリの時間に起きたから、散らかった部屋を気にも留めず家を出たから、朝の様子を見てはいない。泥酔した私は、無意識にそれを取り出していたのか。
この半年間の葛藤がなかったかのように、私はそれをPCへと差し込み、アイコンをクリックする。ファンの駆動音が大きく鳴り、画面には、パスワード入力のポップが表示された。
パスワードを打ち込む枠の下には、文字が表示されていた。
ヒント: Happy Birthday
私の誕生日を、友人の命日を打ち込んだ。画面が一瞬暗転し、ウインドウが現れた。
USBの中身は、友人が遺した作品群だった。ドキュメントファイル形式で保存されており、その全てが閲覧することができた。
ファイル名には特徴があった。画面に並ぶ名前は、「済_〇〇.docx」の形で統一されていた。
上から順に見ていくと、それらは寄稿済みのファイルであることが推測できた。データの一番下に、寄稿先と思われる名前が記されていたからだ。
それは聞いたことのない個人名や団体名から、一度は耳にしたことのある企業名まで、多種に渡っていた。
USBメモリのフォルダに戻り、何度かマウスのホイールをスクロールをする。
すると、「未_〇〇.docx」という名前のフォルダが現れた。
名前から察するに、おそらくこれは未寄稿の作品なのだろうと、ファイルを開く。
データの一番下には、私の名前が記されていた。
私に向けて遺したものだと、すぐに理解することができた。
私は、一つの使命を得た。
私はこの場を借りて、友人の遺した作品群を、できるかぎりそのままで公開することにした。友人の生きた証を、ここに残そうと決めた。友人もきっと、それを望んで私の名前を記したのだと思う。
私が友人のためにできるのは、それだけだから。
「文は人なり、書は人なり」フランスの学者、ビュフォンが残した言葉である。文章には書き手のひととなりが現れる、という意味だ。
見た目や経歴、周囲からの評価なんて、簡単に説明できてしまう。しかし、友人が何に影響され、何を考えて生きてきたのかは、その表面的な情報だけでは決して分からない。
友人が教えてくれたこの言葉は、私にとっても特別な意味を持っている。
以下に掲載する作品群は、友人が遺した貴重な言葉の数々であり、その一つ一つが友人の魂の一部だ。私ができることは、その魂を多くの人々に伝えることだけ。
友人のことを、友人がたしかに生きていたことを、たくさんの人に知ってもらいたい。この世に存在した証を、多くの人々の記憶に刻みたい。文章を通じて、友人の思いや考え、感じてきたことを、少しでも伝えたい。
友人が何に悩み、何に苦しみ、何に殺されたのか、それは未だに分からない。
それでも、それだからこそ、私は「友人の未寄稿の作品群」を公開する。
これが友人への手向けになることを、私は願っている。友人の書いた言葉が、誰かの心に響き、何かを感じてもらえるように。
それが、私にとっても、友人にとっても最大の喜びだろうと思う。
Written by 坩堝
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全██話
2: ※
3: 未_彼岸の祭り のコピー
4: 未_怪談の常套句 のコピー
5: 未_レトロ喫茶を訪れる のコピー
6: 未_わたしの1 のコピー
7: 未_エビとブロッコリーのクリーミーパスタ のコピー
8: 未_白雪 のコピー
9: 未_わたしの2 のコピー
10: 未_空を飛ぶ のコピー
11: 未_HOW TO のコピー
12: 未_███ のコピー
13: おわりに
14: 「友人の未寄稿の作品群」の改稿案
おわらないよ
Written by 坩堝
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