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触れた温度だけをまだ思い出している
「人のこと本気で好きになったことある?」
人のことを本気で好きになったことはないかもしれないけど、本気で何かをするってことがその瞬間に一挙一動に鼓動を預けるくらいの一喜一憂を任せるってことなら、多分本気で恋愛をしたことがある。
2021年の9月から2022年の10月まで続いた一年一ヶ月のある名前をつけるのも憚られるような関係についてのことだ。2人はそれぞれが違うベクトルで別々に特化した馬鹿で、その
お花見に行けなかった恋だったと笑って
自衛隊の人と1ヶ月だけ付き合っていたことがある。
高校生の頃から人を守りたいと思って防大に進んだ彼は洋楽や洋画が好きで、私の知らない曲や映画を沢山教えてくれた。
初めてご飯に行ったときに災害派遣の際お年寄に感謝されて泣きそうになった話をしていて、多分彼のことなら私は信用できると思った。
間違いなく終わりは早かった。くれるラインの量は少なくなり電話に誘っても断られ、会う頻度さえも少なくなった。
学生
「僕は君を信じたからもう裏切られることはない」と言えるほど強く、愛を持てる人間に
映画怒りを見た。信じるってなんなんだろうか。好きってなんなんだろうか。人は人の全てを見ることができない。自分が自分の全てを見ることができないように。だからこそ、人が人を信じるということは美しい。期待という言葉に成り下がらないほどの信じることができる人間に、私はなれますように。
パンツを買えない男たち
女が男のパンツのレパートリーを数パターン覚えているとしたら、それはかつて付き合っていた男のそれだけだ。
下着は性的防御だ。性的なコントロールのメタファーだ。貞操観念が硬すぎる女のことを鉄のパンツと言ったりするように、下着は性的コントロールの象徴である。思春期になれば自分で服を買うのと同じように、恋人ができれば下着を自分で買うようになる。母という全ての制御となる元から脱していき、自立し、大人になる
さようなら、Anderson
洗面台に五ミリくらいのピアスを落としたら、奇麗な螺旋状を描いて小さな排水溝に飲み込まれてしまった。
片方だけじゃ使い物にならないのに。
中学まで嫌韓だった友達が、ヒュニンカイ推してた。
高校から別々になったその子とは、もう一年くらい会っていない。
私はスリコで買ったピアスが特に好きでもなかったし、むしろ左翼寄りの価値観を持っているんだけど。
新卒生は一年だけの貴重なラベルを胸にベルトコンベア
金原ひとみ『蛇にピアス』読書感想文
本書は映画版を少し前に観たため、映画版キャストの顔が読んでいる中でありありとイメージされ、先に派生版に目を通すことの危険性が自分の中で示唆された…
とりあえず余韻がすごいのでそれを整理するように書き殴った感想文を述べていく。機会があればまた読み直したいと思うが結構重かったので再読の腰は重い予感。
この本のすごいところ
あくまでも読者が読めるのは「語り手の主観から通した世界のみ」という小説の持ち
芸術家コンプレックス
小学3年、書道の授業で「君は誰にも真似できない書き方をするね」と言われた時から、私は他の人とは違う職業に就き、特別な人生を送っていく気でいた。
趣味は絵を描くことと音楽を聴くこと。小学二年からブログを書いた。書き物を褒められたりもした。将来の夢はずっと漫画家だった。
私は人と違うと思っていた。誰とも違う特別な自分という自意識だけが自分の取り柄だった。
私は物心ついた時から漠然と、自分だけは周りと
寂しさ同好会だった私たちについて
自分の(社会的にはそう定義される)元恋人を、元恋人と呼ぶかどうかということについて、その判断は自身の全くの自由意志であることを再確認したい。
というのも、自分の過去について、存在を認めることさえもが自分の自由意志について決定されるのだと思う。
友人は言う。「あかんかった恋愛は全部セフレ。それ以外ちゃんとしたやつだけ元彼にカウントしたらいい。そうやって生きてきてる」当時大学一年だった私はこの考え方を
一般化されたくないという話
20歳の誕生日に当時付き合っていた人に振られたという経験がある。実は突然という話でもなくて、頭に血が上りやすいタイプで(相手が)、時折喧嘩を繰り返していた。数か月おき(時には一か月おき)に開催されるその喧嘩が私の誕生日にたまたま重なってしまった、というだけなのだ。私は当然ショックを受けた。なぜなら、別れてしまったという事実に加え、「相手は何回喧嘩しようと結局私のことが好きだ」という仮定のもとその人
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