唱歌の架け橋(第25回)
戦時下の日本を扱った『この世界の片隅に』というマンガをご存じの方も多いだろう。
2016年にはアニメ映画化されて、さらに2年後はTBSのドラマ実写版が放送された。
「すずさん」演じる松本穂香と松坂桃李の掛け合いが、なかなか良かったなあという印象が今でも残っている。
そして、アニメ映画の主題歌には、コトリンゴが歌った『悲しくてやりきれない』が採用された。
この『悲しくてやりきれない』は、実は、1968年にザ・フォーク・クルセダーズが歌ったものである。
当時のメンバーの一人だった20才の加藤和彦が曲を作ったのだが、それをなんと65才のサトウハチローの家に行って歌詞を付けてくれとお願いに行ったのである。
1週間後にサトウハチローは、歌詞を加藤和彦のもとへ送った。その歌詞が、次のとおりである。
【1番】
胸にしみる空の輝き
今日も遠く眺め
涙を流す
悲しくて悲しくて
とてもやりきれない
このやるせないモヤモヤを
誰かに告げようか
【2番】
白い雲は流れ流れて
今日も夢はもつれ
わびしく揺れる
悲しくて悲しくて
とてもやりきれない
この限りないむなしさの
救いはないだろか
【3番】
深い森の緑に抱かれ
今日も風の唄に
しみじみ嘆く
悲しくて悲しくて
とてもやりきれない
このもえたぎる苦しさは
明日(あした)も続くのか
以上である。
ザ・フォーク・クルセダーズが歌っている『悲しくてやりきれない』を聴いたら分かると思うが、曲のイメージと歌詞の内容がこんなにしっくりとハマるのは、サトウハチローの才能の高さがうかがえる。
本シリーズの第20回でも触れたが、サトウハチローは、広島の原爆で弟を亡くしている。
当時、被爆した弟を探しに探したが、遺骨すらも見つからなかったという。
そんなときのやるせない思いを作詞にぶつけて、『悲しくてやりきれない』という歌が誕生したのである。
それが、48年後に、奇しくも戦争を扱ったアニメ映画の主題歌に採用されることになるとは、本当に感動的な巡り合わせである。
天国のサトウハチローも、きっと喜んでいるだろう。
『悲しくてやりきれない』は、サトウハチロー自身の体験が下敷きになってはいるが、思春期や青年期の若者の葛藤状態にも重ねることができる。
ただ、老後を悲観して歌うのはやめましょう。
先が短い余生を憂うくらいなら、童心に帰って昔を思い出しながら、当時流行った歌を心ゆくまで歌ったほうが良いのである。