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旅の詩集『Voyage』

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『月だけが見ていた』

『月だけが見ていた』

「お父さんとお母さん、離婚することになったの。あなたにこれからの事をちゃんと考えてほしい。」

突然の母の言葉に頭が真っ白になった。

「は?勝手に決めてんじゃねーよ!」

思わず家を飛び出したが、盗んだバイクで走り出す度胸はなく、暗い夜の街をひとりでフラフラさまよった。なんとなく買ったイチゴオレがやけに甘ったるい。何時間経っただろう。

スマホが青く灯る。見ると何度も何度も母からの着信。しかたな

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自由こその孤独

自由こその孤独

「彼氏作ったら?寂しくないの?」
なんて言われることもあるけど、そんなのは大きなお世話だ。

独りは自由、独りこそ至高、と思うのは人付き合いが不得手だからだろうか。

それもあるが、がんじがらめの生活から解き放たれた感覚を味わったら、もう戻れないのだと思う。

身体にびっしりついた鱗をそぎ落とし、長かった尾を切って、独りで大きい海に出た時の開放感を忘れることはできない。

そして同時に得た孤独は、

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新しい風を待ってる

新しい風を待ってる

美しい庭園があるお寺へ亡夫の納骨へ行ってきた。

骨になってずいぶん経つのだけれど、なんとなく手元に置いていた。一度に全てを亡きものにするのはなんだか気の毒で。

まごまごしていたら子どもたちが成人し、新しい道へ進む事に。ついに時が来たな、と、今年の春は家族全員の旅立ちの季と決めた。

久しぶりの青空、若いご住職の柔らかい読経、冬枯れた庭の景色、帰り道で出会った虫や鳥、家族での会食、全てが心を穏や

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ショートショート『記憶』

ショートショート『記憶』

仕事を辞めてしばらく旅にでも出ようかな、と考えていた頃の事。

何気なく見ていたテレビには、とある鉄道博物館の映像。大きく映し出されたSLを見た瞬間、なぜか『ここへ行かなければ』という思いに駆られた。

翌日もその思いは膨らむばかり。呼ばれているような気がして、思い切って訪れることにした。

8月の暑い盛り、吹き出す汗を拭いながらたどり着いた博物館は、自然の中にひっそりと建っていた。

引き寄せら

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今を生きることを決めたのさ

今を生きることを決めたのさ

映画「ドライブ・マイ・カー」を見て2週間が経ってしまった。少しずつ感想を書けたらと思っていたがなかなかまとまらないので、印象深かったところだけでも覚え書きしておこうと思う。

事前にあらすじは大方調べていたので、刺さりまくって帰りは瀕死かもと思って敬遠していたが、大きなスクリーンで西島秀俊さんを見たいというのも相まって最終上映1週間前にやっと見に行った次第。

今も目に焼き付いているのは広島の海の

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暖かな日差しと温かな手

暖かな日差しと温かな手

ようやくわが町にも春の兆し。お彼岸の頃が来ると毎年ホッとする。みるみる雪が積もる恐ろしい景色と雪かきにへこたれつつ、今年もなんとか乗り切った。

わたしが暮らす北陸は「弁当忘れても傘忘れるな」という言葉があるくらいお天気が変わりやすく、雨が多い地域である。冬は特に日照時間が少なく、移住者の中にはうつ病を発症する方がいらっしゃるほどだ。日光を積極的に浴びてセロトニンの分泌を促すといいそうだけど、それ

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あの箱を手放せないわけ

あの箱を手放せないわけ

押入れの奥にひっそり眠る白い箱がある。中には海外みやげのハート型の貝のオーナメントが5つ。ずっと前にいただいたものだ。

某サイトで意気投合してメッセージの交換をしていた方がいた。いわゆるネト彼ってやつだ。彼は同い年で隣県に住む大学生。やり取りは楽しく、多分、彼が好きだった。実体のないふんわりした好意はぎゅっと握れば潰れてしまうような儚さがあり、それがまた美しく思えた。

クリスマス、お互いに予定

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バースデーブルー

バースデーブルー

誕生月の2月が過ぎ、無事に3月を迎えられてホッとしている。2月早よ終われ、と思って過ごしていたらほんとにあっという間だった。

近頃、誕生日が近づくとブルーでしょうがない。新しい友人にはほぼ明かしていないので、連絡が来るのは身内くらい。極力大人しくして何とかその日をやり過ごす。

調べてみたら誕生日前に憂鬱になる人は結構いるみたいだ。理由は「特別な日にしたくない」「誰も祝ってくれない」「昔のトラウ

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新しい船出へ

新しい船出へ

前回の出来事から2年が経ち、覚悟と決意の初夏、わたしはバッサリと髪を切ったのだった。

「どうして切ったの?」には自虐を込めて「失恋したから」と答えていた。みんな笑ってくれたのは呪縛が解けたわたしに安心してくれたからだと思う。

ほんとは何年もずっと切りたかった。ショートヘアは自分には自由の象徴であった。

初めて行く美容室を選んだ。お店の名前は『かもめ』。当時はまだInstagramにマネキンを

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悲しくない、それでいい

悲しくない、それでいい

梅雨のある日、一緒に暮らしていた人が突然帰って来なくなった。朝「行ってきます」と仕事に出てそれっきり。正確には、冷たくなって帰ってきた。事故だった。

なのに全然悲しくない。
しばらくすれば実感が湧くものなのかと思ったけど、悲しくない。
今も。ずっと。

どこかにいる気がするからだろうか。しばらくはいつもの時間にドアが開いて「ただいま」と声が聞こえるような気がしていた。
「(葬儀などが)全部終わっ

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