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架空のドラえもんの回を書く①バリア

単語から連想して、架空のドラえもんの回を書く

使った単語「6月」

発想「6月→梅雨→雨を防ぐ道具→バリア」

バリア

「ドラえも〜ん!!!」 

 のび太はドラえもんに抱きついた。

 そこに色欲の気は互いにない。

 彼らの抱き合う胸中は、

 のび太には、救済への希望と、彼ならなんとかしてくれるという期待。

 ドラえもんには、期待が分かるからなんとか嫌な目に合わせたいという気持ちと、しかし彼の希望を叶えつつ嫌な目ないし痛い目に合わせないと、未来で損をする。彼の損は自らの損となり得るしなぁという損得勘定。

「もう、仕方ないなぁ」ため息混じりに言ったにも関わらず、のび太は期待の目をより一層輝かせた。

「今回はどうしたんだい?」

「それがねぇ、ドラえもぉん。梅雨で雨が降るのをわかっているのに、傘を置き忘れちゃうんだよぉ。これで今月10本目で、これ以上なくしたらママに怒られちゃう! 絶対に忘れないでいられる道具を出してぇ〜!」

 のび太は歯をガタガタ言わせながら、メガネの奥の黒目を上に向け、震え始めた。

 ドラえもんからすれば10本無くしてもまだ怒っていないママは寛容だと思う。呆れているだけかもしれないが、という気持ちを胸に再度「仕方ないなぁ」と言いつつポケットをまさぐる。

______バリア(テッテテ、テーテレー)

 そう言いつつドラえもんが出したのは、手のひらサイズの円盤。CDやDVDでいうところの穴には赤いスイッチがある。ドラえもんがその円盤を頭上に置き、ボタンを押すとふわりと円盤は浮いた。

「これはどういう道具なの?」

「まぁ見てなって。君の分もあるからさ」ドラえもんはのび太の頭上にも円盤を置きスイッチを押した。

「じゃあこのまま外に出よう」

 そう言ってドラえもんは玄関を開ける。

「ちょっと待ってよドラえもぉん」のび太は靴を履くのに手間取っている。見ると靴紐を固く結びすぎたせいで一度解かないといけないのだが、途中で引っ張ってはいけない紐を引っ張って、かたまりが出来てしまったようだ。

「靴は履かなくていいんだ」

 そう言ってドラえもんは玄関を出て道路に出た。
「そりゃドラえもんは履かなくていいかもしれないけどさ」とぶつくさ文句を言いながら靴紐のかたまりをほぐそうとした。しかしなかなか取れない。

「そういうのいいから、いくよ、もう」

 のび太はここで初めてドラえもんの面倒くさそうな様子に、不満を覚えた。そんな彼の気持ちを知らず、ドラえもんはのび太の手を引っ張って、外へ連れ出す。

 それまでポツポツと振っていた雨が、二人が出た瞬間に大雨になった。しかしこれが道具の効果ではない。本当に偶然で、である。

「うわっ! 濡れる」と頭を抱えたのび太だったがすぐに、はて、と気づいた。濡れていない。顔を上げて見ると薄い透明なバリアが貼られていて、それが雨を弾いている。ちょうど彼の頭上に浮く円盤から地面に向かって弧を描くように作られたバリア。

 得意気なドラえもんが近づくと触れ合ったバリア同士がくっつく。もう一人同じようにすればまるでサヤエンドウのような形に見える。

「これだったら濡れないだろう?」

「うん! ありがとうドラえもん!」

 早速遊びに、いや、見せびらかしに行ったのび太の背を見送ってから部屋に戻ったドラえもんは、のび太が泣きついてくるまでに読んでいた『月刊どら焼き(七月号)』の続きを読む。

 畳の上に皿が置かれ、さらにその皿の上にどら焼きが二個、ずれ落ちた形で重なった写真が掲載されている。ここにも雨の雰囲気があった。

 一方その頃のび太はと言うと、自慢をしに行ってはいなかった。いや実際には自慢の気もあったのだが、それよりも人のためになりたいと思ったのだ。人のため、というには限定的で下心はあるのだが。

 つまるところしずかちゃんを遊びに誘ったのである。

「しぃずかぁちゃあん。外で遊びに行こうよー」

「いやぁよ。こんな雨の日に外に遊びに行くなんて」しずかちゃんは机の上から肘をついたまま、窓を開けて答えた。

 のび太はふふふ、と笑いながらこっそりドラえもんから拝借していたタケコプターを使って、二階のしずかちゃんの部屋まで飛んだ。

 しずかちゃんはすぐにのび太の周りに雨を弾いているバリアが張られていることに気がついた。

「あら、のび太さん、それなぁに」

「これは雨をはじくことのできるバリアさ」

 とのび太はドラえもんから貰った道具であるのにも関わらず、自信満々に教えた。しずかちゃんはそれがドラえもんの道具であることにすぐに気がついていたが、「いいわね。それ!」と話を合わせる。

 しずかちゃんが人気でモテるのはこういったことをおくびにも出さず出来るからだ。もちろん可愛いからというのもあるが。

 しずかちゃんをバリアの中に入れると、バリアは二つ分の大きさに変わった。

「待って、靴を履いてないわ」

「大丈夫」

 のび太はドラえもんにされたようにしずかちゃんの腕を引っ張って2階の窓からタケコプターで外へ連れ出した。

 彼女はまだタケコプターをつけていないので、手を繋いだまま、ゆっくり地上に下りる。わざと水たまりの上に降り立ったが、逃げるように水が弾けていく。

「本当。濡れないわ」

 しずかちゃんは足元の水たまりから水がなくなり、ただのくぼみになったのを見届けた。その右手のひらを空に向けて、そこに雫が落ちてこないことを実感として理解した。

 のび太はそれらの仕草を(しずかちゃんはかわいいなぁ〜)などと思いながら見つめている。

「さぁ、どこに行こうか」

「どこって、決めてなかったの?」

 うん、とのび太が頷くとしずかちゃんは困った顔をした。その顔を見て、のび太は気づいてしまった。雨をバリアでブロックでき、それで雨の日も外で遊べるとはいえ、それ以上のことはない。

「うちでボードゲームでもしましょ」

 のび太はしぶしぶしずかちゃんの提案に従った。

「ったく、役に立たないなぁ」と円盤を少し小突くと、円盤は頭上から少しずれたが、すぐに元に戻った。

 部屋に入るとバリアは消失した。しかし頭上に円盤は浮いたままだ。これで着け外しをするタイプのものだったら、のび太は忘れかねない。さすがにドラえもんもそこを考えてないほどに馬鹿ではなかった。

 ボードゲームを充分に楽しんだ帰り道、雨は止んでいた。

「なんだ、ちぇっ、つまんないの」

 そう言って蹴った小石は思ったより高く飛んで、人の頭に当たった。小石の軌道を見守っていたのび太は、咄嗟に「あっ、ごめん」と言ったが、その広い背中、オレンジのTシャツを目に入れた瞬間体が震えあがった。

「おい、のび太! やってくれるじゃねぇか!」

 ジャイアンは笑顔で振り向く。しかしそれはみるみる怒りを伴っていく。はじめは口元、顔の右、左と完全に怒りが顔全体に到達したところでジャイアンは両手をあげて、のび太を追いかけ始めた。

 のび太はすぐに捕まる。バリアはサヤエンドウの形(2つバージョン)になった。しかし、殴られる! とのび太が意識した瞬間サヤエンドウ型のバリアは躍動を始め、袋から豆を出すみたいな勢いでジャイアンをバリアの外へ弾き出した。

 状況が理解できない二人。先に動いたのはジャイアンだった。しかしバリアの中に入れない。怒り任せに叩いてみても同じだ。そのうち息を切らしてジャイアンは座り込んでしまった。

 今が好機と言わんばかりにのび太は変顔でジャイアンをあおる。両手の親指をほっぺの内側に入れて引っ張り、舌を出し、黒目を上にあげて繰り出すベロベロバー。ジャイアンは怒りに身を任せて、殴り続ける。

「バカだなぁ、君は」

「なんだと!? のび太のくせに生意気だ!」

 さらに勢いを強めるジャイアンの拳。バリアには血がついていた。のび太はそれに気がつくと、途端に申し訳なくなる。おっちょこちょいでお調子者の彼とはいえ、根は優しいのだ。ただ普段の不満を少しでも晴らしてやろうと思っただけで、ジャイアンを傷つけようと思ったわけではない。

 しかしバリアを外せば、ギッタンギッタンにされるのは目に見えている。のび太は自分の身の安全と彼を傷つけたくないという気持ちに板挟みにあっている。その間にも激しく叩かれるバリア。しかしビクともしない。

「ウガァッ!」と近くにあったレンガをぶん投げられても、傷ひとつない。あるのはジャイアンを傷つけたことがありありとわかる、血。

 のび太は怖くなってきた。片手の指を全て口の中に入れて、ガタガタと震えている。彼は増えていく血とこのバリアを外したときの自分の顛末に怯えていた。

 その血を洗い流すかのように雨が降ってきた。

「ヤベェ! 雨だ!」と近くの空き地に避難したが雨を凌げるところは横倒しになっている土管の中しかない。のび太にはバリアがある。が、ジャイアンはそのがたいの良さから土管には入れない。

 しかし先ほどまで怒りをぶつけていた相手に懇願することなど彼のプライドが許さない。ジャイアンは少しだけ雨が凌げる木の下で体育座りをした。

「しまった! 先に帰れば良かったのに、どうして着いてきちゃったんだろう!」のび太はジャイアンから離れられる絶好のチャンスをみすみす逃した。いや、彼は無意識でジャイアンの身を案じたのだった。

 流石に隣に座ってはいなかったが、土管の上に座って、腕組みして視線だけジャイアンに向ける。

「今日、母ちゃんも父ちゃんもジャイ子も出かけててよ。家にいねぇんだ。暇だから外に出てきたら家の鍵を忘れてよ。そしたら雨も降ってきやがるし、ツイてねぇや」

 ハッと笑うジャイアン。しかしその表情は彼が小学生であることを思い出させるには十分なほどに悲しげだった。

「ジャイアンも、中に入りなよ」

 のび太はそう言ってみたはいいものの、自分からは近づけない。

 ジャイアンも「そうはいってもよ」と入りたそうではあるものの、自分からは近づかない。

「おーい、どうしたんだよ。のび太、こんな雨の日に」

 空き地の前に明らかな高級車が止まる。窓を少し開けてしゃべるそいつは顔こそ見えづらかったが、窓からはみ出る特徴的な前髪によって、のび太は声の主が誰であるか瞬時に理解した。

「スネ夫......」

「まったく庶民の暮らしはわからないねぇ。雨に濡れて楽しいかい、って濡れてない!? それにジャイアン!? は、濡れてる!?」

 どういうことだよ! とスネ夫はのび太にたずねた。責めるような口調は事情を聞くにつれて、柔らかくなっていく。

「それはのび太が悪いな。ちゃんとジャイアンに謝りなよ」

「で、でも......」

 スネ夫は高そうな傘を二本持って車から降りる。一つを自分に、もう一つをジャイアンに差し出した。

「ありがとよ、スネ夫」

「この傘、高いんだから壊さずに返してよね」

 のび太はなんとなくいたたまれない気持ちになった。土管の上で膝を抱えて二人を見守る。

 自分が情けない。その気持ちに負けそうになったとき、ドラえもんの顔が浮かんだ。その後にパパやママ、先生、しずかちゃんにクラスメイト。

 彼彼女らの失望の表情。

 思えばいつもそうだった。ぼくが何かをするといつもよくないことが起こる。

 その考えを振り切るように土管の上に立ち上がる。が、すべってしりもちをついた。

「いた! くない......?」

 バリアが守ってくれたのだ。その瞬間、頭の中に浮かんでいたみんなの表情がパッと笑顔になる。前を見ると、スネ夫とジャイアンが笑っていた。

「まったくのび太はドジだなぁ」とスネ夫。

「ほんとだぜ」とジャイアン。

「ひどいなぁ、もう」と言いながらものび太は無意識に微笑んでいた。

「提案なんだけどさ、三人でジャイアンの家の鍵を探そうよ」

 そう言って二人に近づく。ひとりまたひとりとバリアの中にいる人数が増え、サヤエンドウ型(2つバージョン)からブドウ型(3粒バージョン)になる。

「うわぁ! なんだこれ」先ほどのび太は道具の説明を省いて話したため、スネ夫は驚いた。

「ドラえもんの道具だよ。雨をはじくバリアなんだ。これだったら探しやすいと思うんだけど、どうだろう?」

 二人はその提案に驚いた。ジャイアンの目には涙が浮かんだ。

「心の友ヨォ〜!!」とハグまでする。

「あれ、ジャイアン泣いてるの?」スネ夫が茶化す。

「バカ! これは雨だ!」とジャイアンはスネ夫の頭を殴る。が、実際は痛くない。彼なりの照れ隠しだった。

 が、そんなこともつゆ知らず、のび太はおかしいなぁ、と呟く。

「バリアがあるから、雨は入ってこないはずなんだけど」

 のび太の頭上に星が舞った。スネ夫は両手のひらを空に向けてやれやれのポーズをする。

「行くぞ!」とジャイアンが歩き始める。

「ちょっと待ってよぉ〜」とゾンビみたく両手を前に出して追いかけるのび太を見て、スネ夫はイタズラな笑みを浮かべ「早く来ないと置いてくぞ! のび太だけ、ずぶ濡れだ!」と言うが、彼もまた照れ隠しだった。

 鍵はなかなか見つからなかった。ジャイアンが通った道を何度戻って探してみてもない。

 もう見つからないかと思ったそのとき、ジャイアンの後ろポケットから見つかった。

「なぁんだ」というスネ夫に対して、のび太は「見つかって良かった!」と喜ぶ。今度はスネ夫の方がいたたまれない気持ちになった。

 帰り道、しずかちゃんの家の前を通った際、二階にいた彼女は三人に声をかけた。

「三人で何してるの? 私も入れてよ」

「ごめんねしずかちゃん」のび太が言うと、スネ夫とジャイアンが、真ん中にいるのび太の肩を掴む。

「このバリア三人用なんだ!」

 そう言って笑った。

「なによそれ」と言いながらも思わず笑みが漏れるしずかちゃん。

 そんな彼彼女らの頭上で、タケコプターで浮くドラえもん。

 彼は今日も暖かい目をしてみんなを見守っていた。

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