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地元エッセイ(3)兄上クールウィズキュート

 兄と仲良くなったのはここ最近の話だ。

 僕が大学入学して、逆に大学中退した兄が家からの猛攻に耐えるために、京都に逃げてきた。

 家族とはいえ二人での共同生活ははじめてでうまくいかなかった。でもだからこそ初めて兄にキレることができて、今思えばだけどとてもいい経験だったと思う。

 それから兄は別の家を借りて今も京都にいる。
 離れて暮らすようになって、またあの日僕がキレたことでフラットな関係になれた。

 兄は音楽をずっとやり続けている人で、知識やセンスもあり、分からないことがあれば教えてくれるし、アレンジは目を見張ることだらけだ。同じクリエイターを志すものとして、そんな兄を今は尊敬すらしている。

 昔は違った。嫌いというか怖かった。

 兄はあんまり多くを話したがらない性格で、逆におしゃべりでお調子者の僕はどう接していいかわからなかった。

 驚くことに20代前に兄と話した記憶はほとんどない。戦いごっこを仕掛けては負けて、泣いていた記憶と、ぬいぐるみに名前をつけて遊んでいた記憶がある。
 
 後者のことは当時とても衝撃だった。

 兄はそんな趣味を持っていたことに対してではなく、そういった楽しみ方があるのかということにだ。

 今でも覚えている。ボロボロのお腹にティッシュ箱を入れる穴が空いているタイプのぬいぐるみ。黒くて鼻とお腹が白い犬のぬいぐるみ。名前はローニー。

 その名前がどこから出たのかはわからない。自分で考えたのならすごいセンスだと思う。僕も真似して白い犬のぬいぐるみに名前をつけたけど、数日経ったら忘れていて、今も覚えているのはホワイトという簡単な名前くらいだ。

 二人でパペットマペットみたくして遊んだ。

 思えば初めて空想にふけったのはこれが初めてだったかもしれない。

 本に触れるきっかけになったのも兄の影響だった。といっても兄が本好きだったわけではない。むしろあまり読んでなかったように思う。

 あれはインフルエンザにかかってしばらくしてのことだった。体が楽になって、暇になってきて、でもゲームは禁止されていたのでできないし、スマホは当時持っていなかったし出てなかった。

 それで兄の部屋にあった伊坂幸太郎の魔王を読み始めた。

 本を読む人ってカッコよくね? 

 が読み始めた理由だ。

 面白くてハマった。
 実際に本当に本にハマるのはもう少し後で、あさのあつこのバッテリーからではあるのだけど、初めて本で気持ちが高揚した瞬間はあの瞬間に違いない。

 僕を形作っている、形作っていてほしいもの、そのきっかけのなかに兄の存在がある。
 自分を形作っているものの初期に当たり前ではあるけど家族がいるのが、今普通によろこべているのが不思議だ。

 ちなみに兄に聞いたところ、魔王は読み終わっていない。漫画版が面白くて先が気になって買ったが、読めなかったのだとか。

 可愛すぎるだろ。そのエピソードだけで、過去の兄との確執なんてどうでも良くなった。

 黙っていると昔同様クールだが、破顔するとパッと花が咲くように笑う。

 そんな兄を誇らしくもかわいいと思ってしまうのだった。

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