【かえつ有明・佐野副校長×roku you代表・下向 対談(前編)】学校現場へSELを導入するカギとはなにか?
★★3部作 前編★★
今回の記事では、かえつ有明中・高等学校で感情を大切にする関係性づくりに尽力されている副校長 佐野先生が内面に目を向け始めた背景やプロセスをお伝えしています。今回の記事は前編です。中編・後編と続きます。
対談動画は下記よりご覧ください!
■自身の内面に課題意識が向いた背景
下向:
佐野先生はSELだけでなく、マインドフルネスなどにも関心を持っていらっしゃいます。どういった背景から、内面へ目を向けはじめたのでしょう。
佐野先生:
15年程前、以前勤務していた学校で、今でいうPBLや探究的な学びを実現したいという思いがあり、取り組んでいました。しかし、志が高ければ高いほど頑固になってしまい、「これが正しいんだ」といった思いが強くなっていきました。その思いの強さによって、職場全体のバランスをうまくとれず、望ましくない環境を作ってしまっていたというネガティブな経験があります。
この時に、初めて自分自身に矢印が向きました。内省していく中で、さまざまな自分がいることに気づき、「自分の内面が整っていない状態で何をやってもうなくはいかなんだ」と、腑に落ちたのです。それから、自分の内面の整え方を探究する学びの場に行き始めました。
下向:
「自分に矢印が向く」ことは簡単なことではありません。すごく大きなパラダイムシフトですよね。そのパラダイムシフトをどのように起こした、もしくは起きたのでしょうか?
また、自分に矢印が向いたことによる変容は、先生ご自身やその周りにいらっしゃる方々にはどのような影響を与えましたか。佐野先生のご経験が、”SEL興味あるけど何から始めていいのか分からない”、”取り組んでいるけどこれであってるのかな?”など迷いを感じている方々のヒントになるのではないかと思います。
佐野先生:
当時は、変革を起こしたいという意識をすごく強く持っていました。その変革を起こす対象は自分ではなく、自身の外側、つまり他の先生や学校関係者だと思い込み、一生懸命働きかけていました。理解してくれる人は一緒に動いてくれるようになったのですが、理解がない人も当然たくさんいて。「この人たちには、どうせ伝わらないからいいや」といった不貞腐れた気持ちを抱くことも一度や二度ではありませんでした。
しかし、私のこうした考え方のもとで不具合はたくさん起こっていきました。例えば、1時間目の授業の先生と2時間目の授業の先生とで言っていることが異なれば、当然生徒は混乱します。教員間の意見の衝突も頻発するなど、いい雰囲気ではないことが明かに見えてきて、この状況をどうにかしたいとは思うようになっていったんです。とはいえ、どうしたらいいのかはわからない……。ジレンマを抱き続けるが毎日が続きました。
人のせいにする方が楽ですが、人のせいにしていても何も解決しませんよね。それに、頭のどこかでは「自分が悪いのでは」という思いも抱くようになっていたんです。そこから、少しずつ自分の内面に目が向いていったのです。
下向:
「自分が悪いのでは」という思いを受け入れることから始まったのですね。「他人は変えられないけれど、自分は変えられる」といった言葉をよく耳にしますが、私はSELの文脈でも同じことが言えるのではないかと思っています。自分の中での小さな変革、例えば、自身の心の声を開くことや自分の中にあるものを共有する、自分の弱みをさらけ出すといったことから、他者やその場のコミュニティが変容していくのだと思うのです。自分に矢印を向けることが出発点であり、一番勇気のいるアクションだなと思いました。
佐野先生:
やってみれば大したことはないのですが、自分の内面に目を向ける行為は、それまでの自分を否定することにもつながるじゃないですか。そのため、行動する前の2週間はぐじゅぐじゅ、ドロドロになっていましたね。
新たな年度を迎えるまでに空気を入れ替えたいと思い、新年度が始まる4月頭の教職員が集まる場で、「こんな雰囲気のままで新しい年度を迎えるのは嫌です。でもこんな雰囲気を作ったのは自分だと思います。偉そうに自分ができると奢っていた部分があったと思います、申し訳ありませんでした」といった思いを泣きながら吐露し、謝りました。
下向:
多くの先生方は、「規範にならないといけない」といった緊張感を持っていますよね。さらにそこに誇りやプライドが交わり、方向転換をすることが難しくなってしまう。「完璧でなければいけない」と思ってしまっているからこそ、自分の不甲斐なさを共有しづらくなり、辛い思いをしている先生方もいらっしゃいます。私は、そのハードルを越えて、一人の人間に戻ることが大事だと思っています。一人の人間に戻った上で、喜びや悔しさ、後悔、悩みといった心の内を、感じて、さらに気負わずにさらけ出していくことが出発点なのではないかと、佐野先生の話を聞きながら感じていました。
■「弱さ」をさらけ出せる関係性から全てが始まる
下向:
学校にSELをどうやって導入していったのでしょう。
佐野先生:
10年ほど前、その頃学んでいたNVC(Nonviolent Communication=非暴力コミュニケーション)の世界観を持って生徒や保護者との面談に臨むようになりました。聴くことに徹しているうちに、自分にとって都合の悪い話題になると心に強い感情が湧き起こることに気づきました。そうした気づきを重ねていくと、「自分はこういった話題に反応するのだな」と自覚できるようになっていったんです。以前の私であれば、それを誰かにぶつけてしまったり、「ないもの」として蓋をしていたりしたと思います。
その後、自分の感情を抑圧するのではなく、あることを認めながらも脇に置いておくか、素直に感じていることをその場でシェアするようになりました。そうすることで、自分の気持ちが楽になるだけでなく、相手が語ることが今までとは比べものにならないほどに深まっていくことに気づきました。
こうした自身の経験から、生徒に「僕にだけ話すのではなくて、同じように傷ついた経験のある同世代の仲間と分かち合う場をつくってみようと思うけれどどうかな?」と提案してみました。すると、「怖いけれど、やってみたい」と勇気を出して一歩を踏み出す生徒が出てくるようになりました。こうした経緯で、今の言葉でいう「シェアリング」や「フォーラム」といった場作りがなされていくようになったのです。
下向:
実際にシェアリングの場を作ってみてどうでしたか。
佐野先生:
仲間たちみんなで号泣しながら自分が今まで誰にも言えなかったことを言い合って、ただ受け止め合う場となりました。ネガティブな感情が伴う経験が吐露されていましたが、終わる頃にはポジティブなエネルギーが立ち上がっていました。そして、「このメンバーだったら何かできそうだよね」「もっと苦しんでいる人のためにやれることをしよう」と活動を主体的にスタートさせるまでになりました。
ここから、「活動ありき」ではなく、自分の弱さをさらけ出せ合える関係性を仲間と作ることができれば、そういう場からはおのずと何か行動を起こすエネルギーが生まれてくることを学びました。そのため、かえつ有明に移った後は、「弱さをさらけ出し合える関係性づくり」を自然と行えるようにしたいと思いました。
下向:
視聴者の方からシェアリングの場に関しての質問がありました。「みんなで分かち合うシェアリングをする場をつくった話をもう少し具体的にお聞きしたいです。マンツーマンでは話せても、大人数で話すのは難しいかと思いました」とコメントがありましたが、まずは希望者で少人数で実施したのでしょうか。
佐野先生:
大前提として、「同世代のメンバーで自分が辛いと思っている経験をシェアする場だけれど大丈夫?」と確認した上で、参加してもらいました。「その場で話せることでいいからね」「ここで話したことはここだけの話にしようね」というルールも伝えていきました。重い話がシェアされる場だという前提がわかっている、かつ、希望者だったからこそ、みんなルールをしっかりと守ってくれたと思います。
最初は不安があると思うので、少人数で比較的軽めの話から始めるとよいと思います。丁寧に何度も回を重ねていくうちに、「この人たちは自分の心の内を見せても大丈夫なのだ」と安心していきます。自然と生徒たちから「ちょっと聞いてもらってもいい?」と話せる場になっていったと思います。
■まとめ
今回の記事では、かえつ有明中・高等学校で感情を大切にする関係性づくりに尽力されている副校長 佐野先生が内面に目を向け始めた背景やプロセスをお伝えしました。
「自分が変わろうとすること」「自分から始めていくこと」の大切さを佐野先生自身の経験とともに語っていただきました。SELを学校で導入することは、これまでの教育活動とガラリと変えることだと思われがちです。
しかし、SEL導入の上で大切なことは、生態系を作り、一側面からではなく多面的なアプローチを行うこと。そのためには、自分ができることから少しずつ取り組んでいくことが欠かせません。自分の中での小さな変革がじわじわと効果を発揮していくのです。
こちらの記事は、中編、後編と続きます。次回の記事はかえつ有明中・高等学校のSELについての取り組みについてお伝えします。生徒たちが内面をシェアするために取り組んだことやその中で見えてきた変容についてお伝えします。
【参考】かえつ有明中・高等学校のお取り組み
中編はこちら
後編はこちら
公開までお待ちください。
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