真夏の逃亡者

 店内に流れるJポップにうっとりとして足を止めた。漫画本を手に取ろうとすると透明なフィルムに包まれて開けないようになっていた。チョコレートとラーメン(ニッポンに来る時から楽しみにしていた)を手にしてレジに急ぐ。5人ほど並んでいたが、スタッフの見事な連携プレーによって瞬く間にさばけた。レジ前に置かれた奇妙な一品に思わず手が伸びる。

「ありがとうございます!」

 どこまでも行き届いたおもてなしの精神に、私はすっかり魅了されている。急がなければ。
(特別ルールによって許された外出時間は残り僅かだった)

「あー、苦しい」

 その時、道の片隅でおばあさんの苦しげな声を聞いた。
 ごめんなさい。(その内にきっと誰かが……)
 私は自分の事情を優先させた。そもそも私はここにいるはずのない存在なのだ。だから、私がすべきことは何もない。

 誰か、た・す・け・て……。

 後ろから私の知る言葉が追いかけてきて私を連れ戻した。
(助けなければ)
 私は自転車を持ち上げて、下敷きになっていたおばあさんを助け起こした。幸いなことにどこにも傷は負っていないようだ。

「ありがとう」

 急がなければ。
 遅れを取り戻すために私は本番さながらに駆けた。いつだって1秒を争う戦いを勝ち抜いてきた。こんなところで負けられない。風は味方だ。シューズの踵が私の体を大きく弾ませて、約束の場所まで運んでくれる。あと少し、あと少し……。

~タイム・オーバー~

「失格!!」

 だけど、私は勝てなかった。
 普通に行けば本国へ強制送還となるだろう。

「動くな!」

 こんぼうを持った警備員が私を取り囲む。

(死か生か)

 私の未来はとてもシンプルだ。

「これでもくらえー!」

 私は彼らの虚をついて蛇花火の術を使った。私の先祖は忍者だったのだ。密かに技は磨いていたが、まさか実際に使うことになろうとは。しゅうしゅうと不気味な音を立てながら、しわしわの蛇が蜷局を巻ながら警備員たちの足下を襲う。赤い目がパッと開いたかと思うと灰色の煙が立ち上がり、おねだりをするヒグマの影となって威嚇した。

「うへぇー、まいったー!」

 警備員たちが怯んだ隙に私は逃げ出した。(私がいなくなった後も術の効力が持続する15分は追ってこれまい)
 階段を駆け下りながら代表のユニフォームを脱ぐと、駅のゴミ箱に捨てた。これでもうアスリートではない。
 マスクにサングラスをして地下道を歩く。


「捕まってたまるか」

 大丈夫。これだけの人がいるのだから……。
 密なる人々が壁となって私を守るだろう。
 希望の国ニッポンで、私は生き抜いてみせる。



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