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なんで夜になっちゃうの


夜の見回りをしています。おそらく今、目の前に見えているのは幽霊なのですが、忙しすぎて無視してしまっています。ごめんね。

病院で看護師をしていると、怖さなんかよりも「忙しい」が勝るのだということを知りました。

幽霊がいるとかいないとか、それは「わからない」のだと思います。絶対にいると証明できるものがないのと同時に、絶対にいないと証明できるものもないからです。



5分前に閉店時間を迎えた院内コンビニの前に、サクラちゃんとサクラちゃんのお父さんがいました。


「あ、もうお店閉まってる。」

「なんで閉まってるの?」

「もう夜だから閉まっちゃったんだって。」

「なんで夜になっちゃうの?」


お父さんとこんな会話をしていました。幼い子供の「なんでなんで病」は、成長過程のひとつとしてとても微笑ましく思います。


「サクラちゃん。」

話しかけると、「かんごしさん!」と手を振ってきました。


「ねぇ、なんで夜になっちゃうの?」

質問相手を私に変更したサクラちゃんは、お父さんにしたのと同じ質問を投げかけてきました。

「タイヨウさんとさようならをするからだよ。」

「なんで?」

「実はね、サクラちゃんも、私も、お父さんもお母さんも、お星さまに住んでいるの。」

「そうなの?」

「そう。お星さまがタイヨウさんとこんにちはしている時がお昼だよ。」

「なんで?」

「タイヨウさんがとっても明るいから、タイヨウさんとこんにちはしているときは、この地球って名前のお星さまも、一緒に明るくなるんだよ。」

「じゃあ、ずっとタイヨウさんとこんにちはしていたい!なんで夜になっちゃうの?」

「タイヨウさんとは、毎日さようならをするんだ。」

「なんで?」

「明日また元気でこんにちはするために、おやすみなさいをして、元気をためるんだよ。」

「夜に眠ると元気がたまるの?」

「そうだよ。」

「じゃあ、お母さんにいっぱい寝てねって言わなきゃ!」

「そうだね。サクラちゃんもおうちでいっぱい寝てきてね。」

「わかった!また明日こんにちはしようね!」



「ありがとうございます。妻にもう一度顔を見せたら帰ります。」
サクラちゃんのお父さんはそう言ってサクラちゃんの手を握り、サクラちゃんのお母さんのいる病室へと戻っていきました。


それから1か月。

サクラちゃんのお母さんが、お星さまになりました。


☆☆☆


休日のことです。自分が勤務している病院とは別の病院に入院した祖父の面会に行くと、エレベーター工事をしていました。

「左奥にあるエレベーターをご使用ください」という貼り紙があり、矢印で示されたほうへ進んでいくと、たしかにエレベーターがありました。

私は祖父の病室がある3階のボタンを押したのですが、動き出したエレベーターは、下へと進んでいきました。エレベーターに乗る時、うっかり下行きになっていることに気付かずに乗ってしまったようです。

エレベーターはB1で開いたのですが、そこには誰もいません。「あれ?エレベーター先に呼んだ人、しびれを切らして階段使っちゃったかな?」と、一歩外に出てあたりを見渡してみました。

エレベーターに戻ろうとしたその瞬間、エレベーターが上がっていってしまいました。「あーあ。」もう一度、上行きのボタンを押して待つことにしました。

「地下って何があるんだろう?」

興味本位で少しだけ奥まで進んでみることにしました。


そもそも薄暗く狭い地下は物置きと化しており、すぐに奥に突き当たってしました。そこには、部屋がひとつあるだけでした。ここは何の部屋だろう。そう思って見上げたプレートに『霊安室』と書かれていることを発見したのと、エレベーターが到着したのは、ほぼ同時でした。

エレベーターから一人の女性が降りてきました。

ジッとこちらを見つめています。「いや、あの、すみません!」少し怖くなった私はエレベーターに乗り込み、今度こそ3階のボタンを強く押し扉を閉めました。その時、扉の外で、その方が深々と一礼をしたのが見えました。



「おお、来たか。」

変わらない祖父の笑顔にホッとして「今、間違えて地下まで行っちゃった!」と、さっきまでの出来事を話しました。

「え?」

私の話に先に反応したのは、祖父の点滴を交換しに来ていた看護師さんでした。

「うちの病院に、地下室はありませんよ。」




その時、はっきりと思い出しました。
地下室でおじぎをしていたのが、サクラちゃんのお母さんだったということに。

幽霊がいるとかいないとか、そんなことよりも、驚いたことがありました。

マスクをしていたのです。


コロナの渦中に亡くなったサクラちゃんのお母さんは、幽霊になっても、病院の中ではマスクしましょうという決まりを守っていました。


最期、サクラちゃんのお母さんとは勤務が合わずに、直接お見送りができなかったのです。怖いとかよりも、こんなところまで、ご挨拶にきてくれたんなと、素直にそう思いました。

勤務中は幽霊がいても見向きもしないくらいに忙しい私に気を遣って、勤務じゃない日に、わざわざ違う病院まで足を運んでくれたのかな。

・・・あれ?幽霊だから、運ぶ足はないのかな?


サクラちゃんが空を見上げた時、どうかお母さん星とも「こんにちは」ができますように。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 このnoteが、あなたの人生のどこか一部になれたなら。