河辺宏太

Doer。東京大学文学研究会副代表。

河辺宏太

Doer。東京大学文学研究会副代表。

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小説 手

 女の手を見ていた。  六月十五日、十三時二十分頃、私が大学の食堂のテーブルで本を読んでいると、女が私の前の席に座った。前と言っても真正面ではなく、真正面から一つ、私から見て右側にずれた位置だった。なので、向かい合わせになった訳ではなかった。それは既に三限の講義が始まっている時間で、百二十席ほどある食堂には私と女を含めて四人しか座っていなかった。これだけ席が空いている中、なぜ、わざわざ私の前に座ったのか、少し不思議に思えた。しかし、私はそれを喜んだ。女は、綺麗だった。顔は覚え

    • 日記 2023年9月

      04.月曜 早起きして国会図書館に行こうと思っていたが、夢の中で行ってしまったので諦めた。 14時から学生相談室の予定が、15時頃に着いた。発達障害の相談なので、別にいくら遅れても説得力が増すだけなのでいいだろうと思っていたのが原因だった。事実特に問題はなかった。 ターバンを巻いて行った。Kさんのインド土産。 行きの電車で悲しみよ こんにちはを読了した。中々良い。良いですねー。残りは、文章会と読書会の録音を聞いて復習していた。 09.土曜 夜の9時以降くらいが、一

      • 大学に泊まろうと思ったら追い出されたので野宿することにした。【ヒッチハイクなし】

        字数:4,930字 推定読了時間:約13分 朝起きれない。 でも、明日も一限から授業だ。 そんな時に、絶対に遅刻しない方法を知っているだろうか。 そう、それは、大学に泊まることだ。 大学に泊まりたい事前準備 大学に泊まるにあたって、私は周到な準備を進めた。 私の大学は22:00に完全消灯する。 そして、図書館は21:50まで開いている。 警備員は恐らく常駐しているが、消灯する前後の時間帯に最も詳細に見回りをする。 つまり、21:50まで図書館に滞在した後、

        • 【改革しよう!】大学生、全く分別しない問題① 現状を知ろう編

          字数:5,338字 推定読了時間:約14分 許せないことがある。 大学に入学してから、ずっと。 それは、大学にあるゴミ箱のゴミが、全く分別されていないことだ。 許せない。本当に許せない。 改革します。 現状を知ろう!分別を知らない人たち 私の所属する二松學舍大学の悲惨な現状をお伝えするには、写真を見せるのが早いだろう。 これ、なんと「燃えるゴミ」のゴミ箱である。 ビニール袋が我が物顔で居座るこの隣には、 もちろん、「燃えないゴミ」も設置されている。 なぜ隣に

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          何者かになりたい欲求は私になりたい欲求だった。

          何者かになりたいという欲求は、私になりたい欲求だった。 私は私に潜在する私性を凝縮して、ハイエンド私になりたいのだ。 今の私はそれを言語化するには少し眠すぎるため、せめてその思考の一端をここに記録しておきたい。 何者かに憧れるということ憧れる人はたくさんいる。 この人すげぇな……とか、この人みたいになりてぇ……とか。 あとは私の場合、「すごい」よりも「面白い」の方が優先度が高い。 こいつ、面白い……と思う人に、憧れを抱く。 例えば 例えば フッ軽で色んなことに首を突っ

          何者かになりたい欲求は私になりたい欲求だった。

          『あかご』

          友人が書いたものを転載。 あの日、燃え盛る炎に溺れながら 血に濡れた少女が吠えた 『お逃げなさい!早く!!』 投げ渡された御守りを手に、今にも閉じようという門へ、焔の中を駆け抜ける 悲鳴と怒号が飛び交うなか、すれ違う者たちが皆、走る私の後ろを護るように立ち塞がった 『早く!』『早く走って!』 『あの子を護れ!!』 背後で上がる断末魔 その全てを見ないようにして、最後の階段を駆け上がる 『お前一人居たところで足手まといだ』 門の前で追い付いてきた追手に斬りかかって、少年がそう

          『あかご』

          短歌 愛情

          モナリザの首にキスマーク 自分を隠すために洋服を着ている あの人は頭が固いからそれだけ馬鹿正直に私を愛す 愛される ことばが飛んでくる 水が落ちる 怖がる ほら悪いこと 抱き締めるときにかぎかっこをつけてみてもいい? 「風船をなくした」 角砂糖 紅茶をそっと飲む むしろ親密な愛のないセックス

          短歌 愛情

          詩 雨粒

          この詩は、リストのラ・カンパネラを聞きながら読んでください。 ダニール・トリフォノフが弾いているやつです。 あれ、好きなんです。雨粒の音がして。 ああ、でも、詩を読むのには合わないかもしれません。 少しテンポが速くてね。 もし邪魔だったらラ・カンパネラだけ聴いてください。 この詩は読まなくていいから。 さて、君がラ・カンパネラを再生したところで、 詩の話でもしましょうか。 僕が詩を書きはじめたのはずっと前です。 君と出会う前から書いていました。 詩は好きですか。 僕は好き

          詩 信号

          歩いている男 黒い革靴 手に持った傘 汗に濡れたシャツ どこかに向かっている 走っている女 白いスニーカー 膨らんだリュック 少し乱れた呼吸の音 どこかに向かっている 歩いている子供 マジックテープの靴 膝の見える半ズボン 赤いランドセル どこかに向かっている 杖をついている男 くたびれた靴 ねずみ色のハンチング帽 左手の指輪 どこかに向かっている 歩いている女 茶色いローファー 後ろに結んだ髪 スマホを見る瞳 どこかに向かっている ベビーカーに乗っている

          詩 だし巻き

          うん、うん、そうだよね ばあちゃんは言いました 家へ帰る道のりでした ばあちゃんが夏服を買ってくれると言ったので 一緒に歩いて買い物に行きました 今はその帰りの道のりでした 大きめのシャツを買いました ばあちゃんがかわいいと言ってくれた 黄色いかわいいシャツなのでした わたしは左手に買い物袋を持って 右手はばあちゃんと手を繋いでいました ばあちゃんは最近少しだけ足が悪くなって 一人で歩くとよろけました まだ杖は買っていません なのでわたしが手を繋いで支えました うん、うん

          詩 だし巻き

          詩 本当

          テーマ「嘘」に投稿した詩 わたし、尊敬しているんです 本当にきれい  代わりつくらない 明かり、おかげで好きになれた 適さない場所  絡みつく飾り 他愛、ない沈黙がうれしい 先輩との時間  やわい服はらり 裸体、知るほど気持ちいい あなたを慕うこと  あまり映らない かがみ、強さで隠しているもの 相槌が少し  長引くつながり 社会、大丈夫を伝える言葉 遠回りして  語りつくさない 謝罪、心からありがとうと言う 愛撫する舌  破壊する淡い 悩み、ふたたび、つたな

          どうしても正解 ―『知の体力』を読んで―

          過去の私が書いた読書感想文のようなもの。 どうしても正解 ―『知の体力』を読んで―  私は何事にも結論や理由を探してしまう性格である。自分は/彼は、結局何が言いたいのか、なぜあの行動をしたのか、なぜそれを望むのか。生きる意味を見失って自殺本を読み漁ったことすらあった。「答えのない」ものに意味はないと思っていたし、やる気が出なかった。だからこそ、正解のないものが苦手だった。例えば小論文である。以前、小論文の個別指導を受けたことがあったが、私はどう書くのが正解なのか分からず頻

          どうしても正解 ―『知の体力』を読んで―

          短編 猫と

           あの猫はよく私の庭にやってくる。  目が大きくて、真っ黒な毛で全身を覆われたオスの猫。彼は気まぐれにうちの庭の塀を登っては、気まぐれにそこを去る。そんな彼が私は好きだった。  今日も彼は庭に現れた。あっ。今日はいつもより長くそこにいてくれたらいいな。そんな私のささやかな願いは、ママによってくしゃっと丸められる。 「あっ! またあの猫だ」  彼はママの大声によって塀の向こうに消えた。 「いつもいつも勝手に人の庭に上がって……」 残念。今日こそお話ししたかったのに。彼を追い払っ

          短編 猫と

          朝食

          朝起きて、歯を磨いて、プロテインを飲む。茹でたブロッコリーと人参に塩をつけて食べる。 「何もないなあ。」 弟は冷蔵庫を開けて、何を食べようか悩んでいる。私が朝食のためにいつも用意している茹で卵や野菜が冷蔵庫にある筈だが、彼はそれを選ばない。 彼は次に冷凍庫を開けて、食パンを見つけた。 「四枚切りしかない。食べきれるかな。」 弟の朝食はいつも少なめだった。しかし、食べないわけではなかった。一度、とりあえず腹を満たしてから学校へ行くのだった。 彼は冷凍の食パンをトースターに入れて

          夕食

          「私は食事に愛があるのです。」 そう言って手を合わせたのは、いつも通りのAさんだった。 「まるで私には愛がないみたいじゃないですか。」 大盛り無料のパスタセットをプラス200円で超大盛りにしてもらっていた私は、山に盛られたボロネーゼを前に居心地を悪くした。 「そう聞こえましたか。」 「たくさん食べてたくさんお腹いっぱいにするのも愛ですよ。」 二人前は約束されている量のボロネーゼとは対照的に、Aさんの前には子供でも物足りないだろう小盛りのきのこパスタが置かれている。 わざわざ大

          昼食 

          一口目と二口目が一番美味しい。 三口目で少し慣れて落ち着いて、四口目からは感動がなくなる。 それ以降は、特別の感動は覚えないが、口に入れたそれを味わうことが不快でなくもう一口食べることも吝かでないという即ち惰性のために、同時に人間を満腹にしたいという本能の欲求のために食べ進める。 食事を行っている最中の、特に中盤の感情を思い出せる者は多くないが、その時には空腹を満たすという食事の単純な目標を達するに向けた作業に既に移っているからだろう。その頃にはもはや食事について顕在的