『あかご』
友人が書いたものを転載。
あの日、燃え盛る炎に溺れながら
血に濡れた少女が吠えた
『お逃げなさい!早く!!』
投げ渡された御守りを手に、今にも閉じようという門へ、焔の中を駆け抜ける
悲鳴と怒号が飛び交うなか、すれ違う者たちが皆、走る私の後ろを護るように立ち塞がった
『早く!』『早く走って!』
『あの子を護れ!!』
背後で上がる断末魔
その全てを見ないようにして、最後の階段を駆け上がる
『お前一人居たところで足手まといだ』
門の前で追い付いてきた追手に斬りかかって、少年がそう言った
『振り向くな!行け!!』
喧嘩ばかりしていた彼が、背中で私を突き飛ばす
ちらりと見えた一瞬、伸ばした手の指の隙間で、彼がふわりと笑った
『生きろよ』
音を立てて門が閉まる
※
あの日、血と炎に沈んだ幻想から俺は彼女の背中を突き飛ばした
『こんな別れ方かよ』俺は心の中で、そう呟いた
それとは反対に、彼女には優しい笑顔を見せた
※
どうして私だけが
どうして彼らだけが
己の目から、妙に塩辛い雫が落ちる
『お前は“人の子”なのだから』
あかに染まった記憶のなかで、彼らが優しく笑って言った
『業を負うのは、我らだけで善い』
違う。違う!!だって、貴方たちは、私と同じ……!!
※
彼女は泣いていた
扉の向こうから俺の名前を呼んで、届かぬ手を伸ばして
だがあの時、俺が追っ手を食い止めなくては門が閉まる前にこじ開けられ、皆殺しになることは目に見えていた
もとより死ぬ気は無いとはいえ、敵は未知数、こちらは満身創痍
『さて、かかってきなッ!!』血を吐きながらも怒号を飛ばしたあの日
俺は死んだ
※
長らく姿を消していた少女が、街に戻ってきた
その夜は丁度、陰陽師達による大規模な焼き討ちがあったため、その少女は魔物に拐われていたところを逃げてきたのだと、そう言われた
少女は組紐に通された鈴を握りしめており、それが身を護ったのだと人々は皆神に感謝した
違う。彼らは見違うことなく、私と同じ“人の子”だった
ただ、少し違うだけだった
髪色が薄い、手の形が違う、たった、たったそれだけ。それだけで何故、あの優しい人たちが殺されねばならない!
神なんかじゃない。美しい蒼の瞳を持った彼女が、この鈴をくれたのだ
神なんかじゃない。光を持たないが器用な彼が、この組紐をくれたのだ
お前たちが殺した彼らが!私にくれたのだ!!
化け物はお前たちだ
魔物はお前たちの方だ
怒りに身体を強張らせながら、私は奴らをぐいと見上げる
私の親も、兄弟も、友も
祓い屋とやらを英雄と呼ぶ全ての存在が
憎い!憎い!!憎い!!!
醜い化け物共め、思い知るがいい
ひっそりと剣を取る
あの場所と同じ“あか”に染めてやる
あの人たちがどれだけの思いをして死んでいったか
文字通り死ぬまで、分からせてやる
その晩、少女は修羅となった
街を焼き、民を斬った
それはそれは哀しく、笑いながら
それはそれは美しく、哭きながら
そして、ようやくあかが消えた朝
彼女の姿は露のように消え、二度と現れることはなかった
彼女は何処へ行ったのか
それを知る者は、誰もいない
彼女を恐れた民たちは、焼き討ちにあったその場所に花を植えた
以来、毎年春になると満開になるそこはやがて花の名所となり、多くの人が花見に集まるようになった
そしてその場所に鈴や酒を供えたものは、夜桜と共に、美しい鈴の音を聴くという
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