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『あかご』

友人が書いたものを転載。


あの日、燃え盛る炎に溺れながら
血に濡れた少女が吠えた
『お逃げなさい!早く!!』
投げ渡された御守りを手に、今にも閉じようという門へ、焔の中を駆け抜ける
悲鳴と怒号が飛び交うなか、すれ違う者たちが皆、走る私の後ろを護るように立ち塞がった
『早く!』『早く走って!』
『あの子を護れ!!』
背後で上がる断末魔
その全てを見ないようにして、最後の階段を駆け上がる
『お前一人居たところで足手まといだ』
門の前で追い付いてきた追手に斬りかかって、少年がそう言った
『振り向くな!行け!!』
喧嘩ばかりしていた彼が、背中で私を突き飛ばす
ちらりと見えた一瞬、伸ばした手の指の隙間で、彼がふわりと笑った
『生きろよ』
音を立てて門が閉まる

あの日、血と炎に沈んだ幻想から俺は彼女の背中を突き飛ばした
『こんな別れ方かよ』俺は心の中で、そう呟いた
それとは反対に、彼女には優しい笑顔を見せた

どうして私だけが
どうして彼らだけが
己の目から、妙に塩辛い雫が落ちる
『お前は“人の子”なのだから』
あかに染まった記憶のなかで、彼らが優しく笑って言った
『業を負うのは、我らだけで善い』
違う。違う!!だって、貴方たちは、私と同じ……!!

彼女は泣いていた
扉の向こうから俺の名前を呼んで、届かぬ手を伸ばして
だがあの時、俺が追っ手を食い止めなくては門が閉まる前にこじ開けられ、皆殺しになることは目に見えていた
もとより死ぬ気は無いとはいえ、敵は未知数、こちらは満身創痍
『さて、かかってきなッ!!』血を吐きながらも怒号を飛ばしたあの日
俺は死んだ

長らく姿を消していた少女が、街に戻ってきた
その夜は丁度、陰陽師達による大規模な焼き討ちがあったため、その少女は魔物に拐われていたところを逃げてきたのだと、そう言われた
少女は組紐に通された鈴を握りしめており、それが身を護ったのだと人々は皆神に感謝した

違う。彼らは見違うことなく、私と同じ“人の子”だった
ただ、少し違うだけだった
髪色が薄い、手の形が違う、たった、たったそれだけ。それだけで何故、あの優しい人たちが殺されねばならない!
神なんかじゃない。美しい蒼の瞳を持った彼女が、この鈴をくれたのだ
神なんかじゃない。光を持たないが器用な彼が、この組紐をくれたのだ
お前たちが殺した彼らが!私にくれたのだ!!
化け物はお前たちだ
魔物はお前たちの方だ
怒りに身体を強張らせながら、私は奴らをぐいと見上げる
私の親も、兄弟も、友も
祓い屋とやらを英雄と呼ぶ全ての存在が
憎い!憎い!!憎い!!!
醜い化け物共め、思い知るがいい
ひっそりと剣を取る
あの場所と同じ“あか”に染めてやる
あの人たちがどれだけの思いをして死んでいったか
文字通り死ぬまで、分からせてやる

その晩、少女は修羅となった
街を焼き、民を斬った
それはそれは哀しく、笑いながら
それはそれは美しく、哭きながら
そして、ようやくあかが消えた朝
彼女の姿は露のように消え、二度と現れることはなかった
彼女は何処へ行ったのか
それを知る者は、誰もいない

彼女を恐れた民たちは、焼き討ちにあったその場所に花を植えた
以来、毎年春になると満開になるそこはやがて花の名所となり、多くの人が花見に集まるようになった
そしてその場所に鈴や酒を供えたものは、夜桜と共に、美しい鈴の音を聴くという

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