リバーフィルド コウ

サンフランシスコ州立大学映画学部卒業。卒業後は日本に帰国し、様々な映像の制作業務や映画…

リバーフィルド コウ

サンフランシスコ州立大学映画学部卒業。卒業後は日本に帰国し、様々な映像の制作業務や映画監督・脚本家のエージェント業務に携わってきた。現在は翻訳や海外向けの邦画配信サービスを運営中。

マガジン

  • 脚本家チャーリー・カウフマンのスピーチ翻訳

    英国映画テレビ科学技術協会(BAFTA)が2011年に主催した脚本家レクチャーシリーズに登壇したチャーリー・カウフマンのスピーチ全文の翻訳を試みます。

最近の記事

チャーリー・カウフマン スピーチ Part.11 最終回 質疑応答③

質問者2(聴衆から):自分の映画や、それを分類して1番まともな映画について話をされましたが、具体的に自分の映画の中で1番まともな作品はどれだと思いますか? また、その理由も聞かせてください。 CK:実際のところ、自分のどの映画も嫌いに思うことはありませんから、その質問にどう答えればいいかわかりません。ほとんどの作品では、その制作過程に深く関わってきましたので、私はどの作品にもとても愛着を持っていますし、責任のようなものも重く感じています。ですから、今まで取り組んできた映画

    • チャーリー・カウフマン スピーチ Part.10 質疑応答②

      DC:それから、意識していることがありますね。腰をすえて執筆していると、そこには恐らく楽なゾーンがあると思いますが、そのゾーンから抜け出すことをどうやって確かめるのですか? そのゾーンで実際に書いていると、「簡単すぎる」と思えるものなのでしょうか? CK:いいえ。私にとって楽なゾーンは今晩話していたことのようなものです。私にとって楽なゾーンではないのは、私が世の中で立場が弱くなってしまうことを発言することです。今回の映画は私が考えていることについての映画です。私は執筆時に

      • チャーリー・カウフマン スピーチ Part.9 質疑応答①

        司会者デビッド・コックス(以下、DC): 今晩、司会の依頼をいただき、大変光栄に思います。時間を割いて、ここに登壇いただいたチャーリー・カウフマンにもう一度感謝したいと思います。 チャーリー・カウフマン(以下、CK):どういたしまして。 DC:素晴らしいスピーチでした。ありがとうございました。 CK:どういたしまして。 DC:講演することは今まで経験がなかったということで、緊張されていましたが、楽しめましたか? CK:どうでしょうか。楽しめたようにも思いま

        • チャーリー・カウフマン スピーチ Part.8 映画脚本を書く必要性

          ストーリーテリングは本質的に危険なものです。君が自分の人生で深く心に傷ついた出来事を考えてください。それを経験した時のように考えてください。そして、1年後に君がその出来事を誰かに伝える時、どうやって伝えるか考えてみてください。また、百回目にそれを伝える時の方法について考えてみてください。それは同じではありません。変わってくる部分があります。その1つは視点です。ほとんどの人は、視点が物語の中にあるのは良いことだと考えています。君たちはキャラクターアークを理解できるし、教訓を当て

        チャーリー・カウフマン スピーチ Part.11 最終回 質疑応答③

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        • 脚本家チャーリー・カウフマンのスピーチ翻訳
          11本

        記事

          チャーリー・カウフマン スピーチ Part.7 変化を受け入れること

          先日、いじめに関する記事を読みました。だれもがいじめに憤っています。ですが、それがいいことだと声高に主張する少数派もいます。それは大人への成長の一部であり、人格を築き上げることになるというのです。この記事に書かれてなく、議論されていないように思えることは、いじめが私たちの文化の中で無視できない要素だということです。子供による子供のいじめはどこからともなく現れるものではありません。いじめが人間に固有の特徴かどうかは疑問に残ります。だからと言って、いじめに拍車をかけるのではなく、

          チャーリー・カウフマン スピーチ Part.7 変化を受け入れること

          チャーリー・カウフマン スピーチ Part.6 想像上のスピーチ

          「講演者はステージに立ち、観客を見渡し、自分がどうしてそこにいるのかわからない。全くだ。自分の人生の中で説明できない場所にいることが増えてきている。それも全く説明できない場所に。スピーチをするためにその場にいることは分かっている。何かいいことをしようと自分自身に言い聞かせてはみる。ところが、それを探っている中で、理性が塵の如く崩れるのを知っている。自分が望んでいることは、自分を変えることだ。今のこの状況を含めて1つ1つの窮地、1つ1つの困難を彼は受け入れる。次のレベルの真実へ

          チャーリー・カウフマン スピーチ Part.6 想像上のスピーチ

          チャーリー・カウフマン スピーチ Part.5 テクニックの危険性

          ここでまた、私の好きな言葉を引用します。今回はちょっと長いですが、素晴らしいと思います。ジョン・ガーヴェイという男の言葉です。「私は正しくあるべき必要性が真実の愛とはまったく何の関係もないことを以前にも増して確信しているが、その意味に向き合うことによって、心の奥の苦痛に満ちたむなしさを受け入れることになる。私は今、自分がこうあるべきだと思っている人物ではない。私は心の底で感じていることがわからないが、それを知る必要がある。知恵を得るための第一歩は、この状態から逃げたり、そこか

          チャーリー・カウフマン スピーチ Part.5 テクニックの危険性

          チャーリー・カウフマン スピーチ Part 4. 絶え間ない変化の中で学び続けること

          君たちならきっと知っていると思いますが、タイワンアリタケという菌があります(観客、笑)。それは、オオアリの脳に感染し、そのほとんどをゾンビ奴隷へと変貌させてしまいます。どういうことかというと、感染したアリは森の地面間際にある葉の裏側に登り、自らをそこにつなぎとめて死んでいき、菌の食物源になってしまうのです。 最終的には、アリがその逆さになった状態で死んでいるため、菌の胞子がアリの頭から飛び出すと、他のアリの上に降り注ぎことになります。これは本当のことですよ(観客、笑)。しか

          チャーリー・カウフマン スピーチ Part 4. 絶え間ない変化の中で学び続けること

          チャーリー・カウフマン スピーチ Part 3. クリエイティブの源

          私が時の流れと共に変わるように、物事も変わっていきます。私は変わり、世界は変わり、世の中の私に対する見方が変わります。私は歳を重ね、失敗や成功をし、自分を見失います。そして、穏やかに過ごすひと時もあります。ですが、過去の私の面影が私に付きまとい、私は気まずくなったり、悲しくなったり、憂鬱になったりします。未来の私の姿からは、憂鬱になったり、希望を持ったり、恐れたり、気まずくなったりします。そして今この時点で立っている岐路から、私は絶えず気まずい思いをしたり、悲しんだり、憂鬱に

          チャーリー・カウフマン スピーチ Part 3. クリエイティブの源

          チャーリー・カウフマン スピーチ Part 2. ありのままの自分

          ここで最近知った名言を紹介します。「我々は対話をしているのではない。新聞や雑誌、ダイジェスト誌をざっと読んで寄せ集めた事実や理論を武器に論破し合っているのだ」。実は、この言葉は1945年にヘンリー・ミラーが書いたもので、今の時代に合ったものだと思います。恐らく、世の中は長い間、同じ潮流に乗ったままなのでしょう。今や世界中で、毎週のように映画やテレビ番組、新聞、YouTube、インターネットといった娯楽に数え切れなほどの時間が費やされています。こうした習慣があっても、私たちの脳

          チャーリー・カウフマン スピーチ Part 2. ありのままの自分

          チャーリー・カウフマン スピーチ Part 1. 無知を自覚すること

          『マルコヴィッチの穴』『エターナル・サンシャイン』などの脚本を執筆し、『脳内ニューヨーク』では脚本だけでなく監督もこなしたチャーリー・カウフマンが、2011年に英国映画テレビ芸術アカデミー(BAFTA)主催による脚本家の講演シリーズでスピーチを行いました。そのスピーチ全文を少しずつですが翻訳して、定期的にnoteに掲載していきます。翻訳の元にしたスピーチのテキストおよび映像の権利元のBAFTAからは許諾を得ています。それでは、スピーチをどうぞ。 チャーリー・カウフマン:あり

          チャーリー・カウフマン スピーチ Part 1. 無知を自覚すること