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チャーリー・カウフマン スピーチ Part.6 想像上のスピーチ

「講演者はステージに立ち、観客を見渡し、自分がどうしてそこにいるのかわからない。全くだ。自分の人生の中で説明できない場所にいることが増えてきている。それも全く説明できない場所に。スピーチをするためにその場にいることは分かっている。何かいいことをしようと自分自身に言い聞かせてはみる。ところが、それを探っている中で、理性が塵の如く崩れるのを知っている。自分が望んでいることは、自分を変えることだ。今のこの状況を含めて1つ1つの窮地、1つ1つの困難を彼は受け入れる。次のレベルの真実へと進むために受け入れる。

毎回、ちゃんとした人間になれることを望んで挑んでいる。大きなリスクを背負えば、いつかは自分が素晴らしい人物になれることを知っている。ちゃんとした生活を送れる人物になれるということを。汗が額の上に出てくる」。どうして私は汗をかくとわかっていたのでしょう? 凄いことです。というのも、私はこれを1週間前に書いていたからです。

「腋の下は汗だくだ」本当にそうですが、見せませんよ。「汗が袖へと滴り落ちていき、ベトベトした手をさらに湿らせているのを彼は感じ取ることができる」実際には、私の手はベトベトはしていません。そうなったことがありません。これは私が授かった恩恵の1つなんです。ただ、どういう訳か、恩恵はそれだけなんです。今は湿っていますよ。でも、それは汗で濡れた額を撫でたからです。

「彼はある題材に関して話すことになっていて、専門家として選ばれた。だが、その題材は彼にもよくわかってなく、彼は心細い状態だ。それが題材の真実だった。彼はあまりにも大きな負担を背負って罠にはまった感覚にいる。彼の歩んできた歴史、妨害された人間関係、危うくなった人間関係、経帷子(きょうかたびら)のように彼を覆う願望。欲求。彼は能力が不足している機械。ずっと何かが足りない状態でいる。彼は観衆を見渡す。観客は彼をどう解釈すれば良いのかわからない。彼はどうしてこの物語をあの場所で読み上げているのか? 脚本についてのスピーチをすることになっているのに。観衆の中には幸せな人もいる。支離滅裂なことが起きていて、その観衆はそれを目の当たりにしている。

講演者はそれをわかっている。考えられるあらゆる観客の反応を考慮していたと思っている。観衆に好かれることを望み、賞賛され、敬愛されることを望み、魅力的だと知ってもらえることを望んでいる。そのことで自己嫌悪に陥ってもいる。いつもそうなってしまうが、今夜ここでの目標は違うことだったはずだ。彼は本物になりたい。この不自然な場所で本物になりたい。だが、そうなれない。真実が突然、彼の目前に迫る。自分の姿が、本当の自分が。飢えて、満ち足りていない人間。スピーチをするいろんな人たちと同じように自分の名誉を高めるために、ここに上がっている。『私を見て』と言わんばかりに。

だが、痛みと空虚感は真実であって、その痛みというのは、幼少期である靄の中へと遡る。彼は立ち去る。終わった。それは今まで彼がしてきたことは全く違うものだった。彼はステージから降りる。「みんなお金を払っている」と考えながら、立ち去っていく。『これはYouTubeにアップされてしまうだろう。私は終わりだ。今この瞬間まで生きてきた人生が、これから永遠に変わってしまう。このステージから降りることで。観衆は今や私のホテル代を払うのを拒否するだろうか? 家に帰るための飛行機代は? これはとんでもない間違いだ。今ならステージに戻れるかもしれない』と彼は考える。

『控室に取りにいきたいものがあった』と言い訳できるかもしれない。彼は周りを見回して、水のペットボトルを手に取り、演台に戻る。観衆には水が欲しかったと伝え、中断したことを許して欲しいと頼む。演台には水があるのを目にすると、驚きを身振りで示し、水に関する自虐を含んだいろんなジョークを語る。彼のことで知られている普段のことは、役立たずな無能な感じで、のんきなこと。彼は笑いを取り、取り戻した。居心地のいい空間を。フェイクビル(嘘の町)に戻った。彼は決まり悪そうだったが、最後までやり通せた。

彼は自分の専門分野に関して定番のことを引き出し、時代遅れな謙虚さでやるべきことをこなし、スピーチをやり遂げる。仕事をこなし、自分のことも世の中も何も変えなかったが、その場に彼を招いた人たちは満足しているようだ。彼は絶望している。何ヶ月もの間、この夜のことを考えてきた。だが、頭の中ではその重要性が対処できなくなっていた。彼はこのレクチャーで方向性を変えるはずだった。この機会で、初めて真実の自分が明かされ、自由になれるはずだった。だが、もう終わりだ。何も変わらない。彼はホテルに戻り、バーで腰掛けている。残された望みはない」

Part.7に続く

スピーチ原文および映像の著作権はBAFTAに帰属し、BAFTAから許諾を受けて翻訳をしています。

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