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同窓会は誰が為

通っていた中高の同窓会のお知らせが届いた。
中高の友人とは、卒業以来、ほぼ会っていない。

というか、忘れっぽい私は誰とどのくらい仲良かったのか、あまり覚えていない。
断片的な記憶はなんとなくあるけれど。


親友の存在

覚えてないと言った直後になんだが、親友がいた。
「いた」という過去形なのは特に意味はないが、当時は気が合ってクラスでも帰り道でもずっと一緒だった。
その子は私のことをとても面白がってくれて、一緒にいることを楽しんでくれていた。

現在、特に喧嘩したわけでも仲違いをしたわけでもないが、敢えて言うならライフステージの違いが大きい。
彼女は大学卒業して比較的すぐ結婚して出産し、専業主婦の時代もあった。(今はパートから正社員になって仕事も頑張っているらしい)
私は 20 代は仕事に没頭し、30 代に入ってから結婚出産した。
キャリアを構築する私を、彼女は少し羨ましそうに見てた記憶はあるが、私は私で家庭を持つ彼女が新たなステージに上がったように見え、内心少し焦っていた。
出産したと報告した時、すごく喜んでくれたのを覚えている。
ただ、やはり、子供の年齢差が大きく、子育ての話も少しギャップがあった。(そもそも私が仕事を手放さず保活に励んでいる一方、彼女はまだ専業主婦だった)
家事育児分担で、夫に期待することも大きく乖離があった。

コロナ禍の価値観の差異もあり、直接会う機会はほぼなくなり、昨今は誕生日のみのやり取りになっている。

恩師の存在

中高は多感な時期だ。
私の進路や思考に良い刺激と影響を与えてくれた学校であり恩師がいた。

あの英作文や政治経済の授業はまだあるのだろうか。先生は健在だろうか。
毎年多くの卒業生を出す学校だから、こんな目立たなかったイチ生徒のことは覚えてないだろう。
でも先生の言葉に背中を押されて進路を決めたし、先生が授業で言った「ホンモノを見て、感じてください」という言葉をいつまでも覚えていて、私はヨーロッパや南米、はたまた一人旅にも出たんですよ、と心で呟く。

そして同窓会

で、タイトルに(やっと)戻って同窓会だ。
正直に言うと、気乗りはしなかった。みんな何十年振りに会って、お互いライフステージも違って、一体何を話すんだろうと思ってしまう私はおかしいだろうか。
何か興味本位で数十年後のお互いを見合うのも、あまり良い趣味じゃないんじゃないですかと思ってしまう。
思い出は思い出のままにしておいた方がよいケースもある。

⭐︎⭐︎⭐︎
そんなことをモヤモヤ考えながら、でも学校自体にはちょっと行ってみたいなー、行ってすぐ帰ってきちゃダメかなーと思ってよくよく日付を見たら、子の運動会の日と重なっていた。

霧が晴れたような、行かない理由を見つけてホッとしている自分がいる。

横並びの世界から飛び出して。
どこの大学?
どこの会社?
結婚は?
子供は?
子供の学校は?

ステータスと序列は果てしない。

いやそんなことより最近読んで面白かった本の話をしませんか?と言ったら、
サーッと引かれるだろうか。

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