古書街の甘い夜
明治大学 駿河台キャンパス。
慌ただしいオフィス街と古書街との狭間に佇むそのキャンパスは、真っ青な空に溶け込み、いつになく凛としていた。
この神保町という街で、さまざまな思いを抱えながら「学生」というゆるやかな身分を卒業したわたしは、流されるように気怠い社会に揉まれていった。
モノクロで怠惰な生活にも慣れた頃、ふとした繋がりからこの愛おしい街を再訪することになった。
まだ私が上京したての10代の頃に出会った、大学の後輩との再会。
彼と出会った夏からはもう季節が5周くらいしていて、お互いの声のトーンも思い出せないくらいの淡い距離が生まれていた。
でも、記憶の中の彼の存在は鮮やかなままだった。当時から際立って初々しく純真で、とても綺麗な目をしていたから。
再会した日
その綺麗な目をした人は、相変わらずあの頃の面影をかすかに残しながらも
社会の酸い甘いも知り尽くしたような佇まいが妙に色っぽかった。
なぜか感情が、苦しかった。
静かなバーのカウンター席で、初めて味わう感情とともに一杯2000円近くするジンベースの甘いカクテルを流し込む。
ベースはジン、混ざる檸檬、そして甘酒、山椒のスパイス。
ほろ酔いの中で、心が檸檬になる。酸っぱく爽やかな記憶の甘さ。
今まで散々酒という酒を浴びるように飲んできたが、ここにきて人生ではじめて
「お酒ってこんなに美味しかったっけ」と、
混乱した。
くらくらする。
これはきっと、
隣に佇む美しい存在への甘く苦しい感情が
自分の味覚にまで熱を帯びて響いてきたんだ。
「これは一生失くしたくない愛になる。」
ようやくこの感情のカタチに気づいたのは
彼の温もりにすこし触れたあと、
出発時刻ギリギリに乗り込んだ大阪行きの深夜バスの中だった。
彼が好きだと言っていた音楽で耳をふさぎ、
その愛おしく甘い夜にさよならを告げながら。
続
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