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私がやっとのことで築き上げた幸せにのめり込んでくんなよ。私は人をいつしか許せない人間になっていた

いじめ。それは壮絶。そんな経験をしたことがある人はこの世にどのくらいいるのだろうか。

人は集団の中で常に生きる、そして決められたヒエラルキー。私は学生時代学校の中でカーストを常に意識していた最下位の軍だった。私は人と話すのが怖かった。

そんな私が大学生になったある日、自分のインスタグラムに”フォローリクエスト”が来た。名前は「はるき」。なんだか聞き覚えがある名前。その人のプロフィールには”1997年生まれ”と。あ、地元の学校が一緒だったはるくんだ。

「お前らみたいに簡単に生きてるわけじゃない」

過去の私の嫌な思いでがフラシュバックする。午前2時12分。寝られなくなった私は紅茶を沸かし、このnoteを書き始めた。

どうしても忘れられない。昔のいじめられた経験

今では初対面の人にいじめられたことを淡々と話すことができる。というか結構前から誰にだって話すことができる。なぜなら、その話している相手が第三者でさえもなく、私の本当の過去を知らないからである。

わたしの学校は学級崩壊を起こしていたし、毎日ガラスが割れた。先生が鬱になってやめていくのが普通だった。そんな学校で起きるいじめ。だれも止めようとしなかったし、止めれる人なんていなかった。だから誰かがターゲットになるしかなかった。たまたまそれが私だった。

いじめについて吐き出したいと思って初めたnote。ここには私がなんでいじめられたか、どういう風にいじめという負のスパイラルにはまったのか書いた。

”私をいじめた人を見返すため”に行った成人式。二十歳の節目に過去への執着に終止符を打ちたかった

高校の途中から留学、大学進学と私は地元にいることが少なくなった。成人式を迎える年には東京での大学生の生活を謳歌していた。とっても楽しんでいた。楽しみすぎて、少し足を外しそうになった瞬間もあった。最高の大学デビューだった。

そんな私が20歳の冬。一月に実家に帰ったのは、家族のためではない。本当の自分の感情のためだった。

「一生のうちの最後になるいじめたやつらと出会う日。もうあの人達と出会うことはない。だからこそ見返したい。お前らを超えたんだと。一番美人で一番知的で充実している自分をみせつけたい。」

そんな汚い感情が一番大きかった。でも当日まで内心は本当は怖かった。今でも夢にあの人たちが出てきておきる。自分の過去は変えられないし、受け入れるしかないとわかっているはずなのに・・・10年たっても心の傷がいえることはない。

当日私はいじめていたグループの人に案の定、話しかけられた。それが私の優越感の始まりだった。
「大学はどこ?」
「めちゃ美人になったね」
「今、彼氏はいないの?」
そんなくだらない質問に淡々と答えた。私は、みんなよりいい大学。スキル。友人。もちろん見た目はその中で一番美人だった。なぜなら昔の美人はヤンキーの派手な化粧。昔のグループの人は、自分の顔立ちを理解していないビビットカラーを使ったメイク。そんな過去の人を見て私は自己承認欲求を満たした。

一番快感だったのは、みんなが私を集まりによんでくれまくったこと。みんな不思議だった、何年か過ぎるとみんな手のひら返しがすごい。私はそんな人間の恐ろしさを感じながら、交換したラインやインスタをすべてブロックした。

最後には私は、ど真ん中で笑顔で写真を撮った。「やった。」そう私の心のなかではずっとおもってた。この一日だけはそんな自分の汚い感情でもいいと思った。あの長い毎日に比べたら今日の何時間かだけ。そう自分の汚い感情に貪欲に素直になってもいいんじゃないかと。

わたしの母は私の振袖を用意してくれた。父は大きなカメラをもって私をたくさん撮ってくれた。祖父母は私の晴れ着姿を一目見ようと楽しみにしてくれた。地元の小さいころ通っていた美容院のおばちゃんは私の晴れ着を着付けて髪をセットしてくれた。

本当は私は、家族に二十歳になったことを素直に言うために振袖の晴れ着を着て成人式を迎えたかった。

でも、できなかった。

今はもう学生時代の人と仲良くする必要性を感じない。お願いだから私に近寄ってこないでほしい

インスタグラム・FB・Twitter最近は本当にすごい。いろんな人と簡単につながれる。芋ずる方式でいろいろでてくる。

わたしには地元が同じ唯一の幼馴染のおとこのこ。雪だるま君がいる。(彼自身が発信しているニックネーム)彼は私以外にもいろんな人と仲が良かった。だから彼から私のリンクにきたんだろう。「はるきくん」

わたしのインスタに何の用なんだ。

わたしのインスタグラムは非公開。名前がのん。アイコンが今の私の顔。それだけ。地元の友人はゆきだるまくんだけ。なのになんで私がわかったのだろうか。

小学校のころはるき君はわたしと仲が良かった。それというものもともと親の関りで私たちは学校関係なく出会う機会があった。はる君はいつもとなりのクラス。だから体育の時間だけは同じ授業だった。そんな曖昧な距離だった。

そんな中、私がひどくいじめられるようになった。学年は50人弱しかいない学校だったからその中で私のいじめを知らないとかは絶対ないレベル感だと思う。そのいじめが広まってから誰も助けてくれない。母たちの前では普通に話しているように見えるはるくん、その時間が億劫でしょうがなかった。

そんなはるくんが私にコンタクトをとってきた。
「久しぶり。元気してる?」

私はこの言葉を見た瞬間に昔のことを思い出し、嗚咽した。私にはもう思い出したくない思い出。落ち着いてから彼のインスタグラムをみた。the 普通だった。かっこよくもない。おしゃれでもない。集合体でいる写真か、セルフィか。すっからかんだった。

そんな今の彼をみて私はなんでこの人たちをあんなにも怖がっていたのだろうかと、疑問に持ち始めるようになった。というか、もうふさぎたい過去という気持ちの方が、大きかった。

彼が私をいじめたんじゃない。でも何も言わない傍観者だった。そんな彼を許すことはできない。どうしても浮かんできてしまう嫌悪感。だからなんで私にちかよってくるんだ。こっちに来ないでほしい

過去のどんな辛い経験も今の自分の糧になってるという言葉に「いじめ」は含まれてはいない。自分の人生のすべてが美化できる思い出になるわけじゃない

私はこの22年いきてきた人生の中できいたことがある。
「今辛くても、いつか将来楽になるから、がんばりなさい。」
小さいころ私のおばあちゃんはよくこの言葉を私に言ってくれていた。私は素直にその言葉を信じて生きてきた。しかし今は思う。頑張らなくてはいけないつらさは人生経験という意味で、いじめがつらいのは意味に含まれていない。と。

みんな自分の人生を語るとき、記憶を美化して話す。記憶の楽しい部分だけを誇張しているだけだというのに。
「ああ、昔はこんな風に楽しかったのにな。昔にもどりたいな。」
そんな会話に私はまじまじと考えすぎてしまって、ついていけないことが多々存在する。

私は一体自分の過去をを認めれれていないのだろうか。いや違うそういうものなのだ。思春期になるまでの壮絶な経験は一生忘れられない。きっと昔の人が戦争の恐怖を忘れられなかったように、私にとっての学生時代の経験は戦争そのものだったのだ。

そんな自分を時々過去にとらわれているかわいそうな人。そんな風に見てしまう部分がある。そんなときは落ちこもう。そう私は自分で自分を慰め、今日もまた朝を迎える。

おはよう。

過去の私が頑張ってくれたおかげて今日の朝ごはんはこんなにもおいしい。

P.S.
最後まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。私の今の感情でこのnoteを書かせていただきました。
もしよければ、コメントとかにこの話を読んでどう思ったか、どう感じたかを教えていただけるとうれしいです。

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