「根拠のない”直感”には、根拠以上の説得力があるのかもしれない」という直感
12月の提出〆切が迫る、来春から配属されたい部署を書くヒアリングシート。
書いても書いても、なかなか納得できなかったけれど、やっとのこと出せる形にはなった。
残業の多さや業務のキツさ、物理的な不安はなくならないのは確かだ。でも、正直それはやってみるまで要領がつかめないというのも確かだ。
だからこそ、最終的には「やりたいことは何か」で決めるのが理想的なんだろうな、と思う。というか、多くの人に言われた。でも、いくら考えても「やりたいことが何か」をハッキリ言語化することが難しかった。
そこで私が最終的に頼ったのは、”直感”だった。
直感は論理の上位互換
久々に話した友人からちょうど本日いただいた言葉だ。
生まれたてのベイビーであった頃の直感は、物心もついていない頃の本能的な反射と表すのが正しいかもしれない。だからこそ、個人の判断というよりかは人間としての判断になってしまうかもしれない。
しかし。たかが22年、されど22年。今の自分には積み重ねてきた過去の経験がある。だからこそ、ベイビー時代の自分とは少し話が違ってくる。
自分の過去の経験が積み重なったうえで舞い降りてくる直感というのは、人間としての判断というよりオリジナルの性格的な反射として信じてみても良いんじゃないだろうか。
だからこそ、
言語化できないなら、言語化できないほどに大切な感覚なんじゃないか
という気がしたのである。これも直感かもしれない。
そんな私が最終的にしたのは…
最初は第2希望のつもりで書いていたけれど「やっぱりなんか違う気がする」とどことなくモヤモヤが残っていたから、第1希望の部署とすり替えてみたらなんかスッキリした
→部署をそのまま第1希望の状態でそのまま出してしまおう、という決断である。
きっと私だけじゃない
内定先の内定者が集うLINEのオープンチャットでも、自分と同じような悩みを打ち明けている内定者をたまに見かけるようになった。
誰かが結構キツめな言葉で煽るようなコメントをするから、ショックを受けていた人もいた。
自分まで悲しくなって、つい涙目スタンプを押してきてしまった。
これでよかったのか、どうなのか。分かるわけのないことも、知りたくなる。漠然とした不安で、心がひやひやする。きっとそんな感じだろう。凄くわかるわ、その気持ち。
でも、そんな彼らにも、自分にも、こう言って背中を押してあげたい。
SEを選んだのも、ここの会社で働くのも、これから部署に希望を出す選択も、自分の直感が働いている。それはきっと心の中にあって、そして言語化できないほどの奥底で、自分を支えてくれてるものだと思う。
だから
その直感を、一度は信じてみないか。と。
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