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いじられキャラという生き方

皆さんに聞いてみたいことがあります。
まず下の質問を一度見てから想像した上で続きを見てみてください。

いじられキャラってどんな風で、どんなイメージを持ちますか?また、自分がそうならそのキャラを継続したいと思いますか?


どうだったでしょうか?

多分ですが、「イジメみたいなもん?」「私/僕ならそのキャラだけにはなりたくないかもしれない。」、「私/僕はおもしろくないからなったところで面白いことも返せない、無理。」などとマイナスイメージもあれば、

「あの人たちってなんか楽しそうに生きてるなあ。」とか「あんな楽しそうな人生がよかったな。」、「キャラ立ちさせられていいな。」「自分を曝け出せてて、そんな人がいれば明るいなあ」などとプラスなイメージの人も少しおるかもしれない。


今回は、いじられキャラについてお話していこうと思っている。なぜかって理由はシンプルで、僕が結構ないじりをされて生きてきた人間でもあるから。笑

その全体像が見えるのは前回の「アホと言われないための人生」をチェックしてみてください:https://note.com/rikuyade1643839/n/nd5d77d910b02

この記事を読めば

いじられキャラのメリットの部分を知れる。
基本的に、僕の経験ことを言おうと思いますが、その経験で僕はより人間力がマシになって、少しは変われるようになったから。

だからこそ、このいじられキャラはマイナスイメージではなく、確実にプラスになるイメージがつきます。まあそれを乗り越えられるかは自分次第やけど。

先に僕の解釈している「いじられキャラ」の定義をお話ししておく。
「いじられキャラ」に「愛される欠陥」が組み合わされば「最強キャラ」だということ。なぜ最強なのかは、これから述べていく内容をご覧ください。

ちなみにどれぐらい最強キャラかと言うと、ドラゴンボールの孫悟空とベジータが合体したゴジータぐらい最強です。

こんな人に読んでもらいたい

いじられキャラな人/だった人
・いじられキャラだが、それがめちゃくちゃ嫌な人

・いじられキャラのせいで、人生を楽しめていない人
・いじられキャラをいじめと勘違いしてる人
・いじられキャラを前向きに捉えられていない人
・いじられることはその人の圧倒的不利な点だと思っている人
・いじられることに恐怖・違和感を感じている人
・いじられることで無茶苦茶な人生になってしまった人
・いじられることによって本音で生きれていない人

こんなやつの生き方がどないしてんと思う方もいるかもしれないけれど、このキャラのせいで気が狂いそうなくらい悩んでいる人も沢山います。

そんなあなたに、
「こんな生き方もありなのか」という新たな視点を増やしてほしい。
そして自分でもできるという新たな「勇気」をもってほしい。

その一心でこのnoteを書いていこうと思うので、自分のキャラをブレずに進められるような人はここでストップでも大丈夫です。

ですが、自分のキャラを曝け出せず悩んでいる人がいれば続きをどうぞ。
興味のある部分だけ見てもらえればいいのでサクッとみていってください。
そんな感じで見れば、10分もかからずに読み終わります。

①いじられキャラとは、何者なのか?

冒頭で、「いじられキャラ×愛される欠陥=最強キャラ」と定義したが、本当に最強。

何が最強なのか。まずはいじられキャラから紐解いていく。

まず、冒頭でイメージされた方もいるかと思いますが、僕はこの表現が嫌いだが、使わずに説明はむずいので使うとするが、このキャラの大半は
「イジメ」ではないのか、「嫌」ではないのかと聞かれることが多いです。

正直に言ってしまうとこのキャラは、紙一重のキャラクターでもあります。

イジメと捉える人もいれば、そんな言葉言われて愛されてるなあと捉える人もいる。

僕は、今は後者の人間だが、過去を辿れば僕は間違いなく前者。

ブスと呼ばれ、出っ歯と呼ばれ、ビーバーと言われ、動物系のいじりや化け物系のいじり(バケモノの子)など、さんざん揶揄されてきたし、その時に愛されているなと言う感覚はなく、僕はなんで生きてんやろと思うぐらい小・中・高の初めまでずっとそう否定されて生きてきた。笑

どれぐらい否定されたかと言うと、尊敬しているけれどキンコン西野さんほどではないが、それほど否定されたという自分のなかではあった笑

僕は笑うことしかできなかった。というか前歯が出ていたこともあって、しんどいし、嫌やのに笑ってるからええやろってなっているときもあった。ただのムッツリやろと言われていた。

それで、僕は確かそれを気にしてから、声がどんどんどんどん小さくなっていき声が出ているのか否かを問われるほど声が出ていなくなっていた。

だから、意志が弱いだの、空手やってるのに弱そうだのバカみたいに人前で笑うことすら困難を極めていた。歯が出てるから。矯正し始めてからマシになり笑えるようになったが。

でも、僕の中では意志はすごくあった。嫌なことは嫌だと。
だからキレて怒って、余計に嫌われたが、煽って楽しんでくるやつもいた。

まあその全貌は自己紹介noteを見てみてください。
リンクは貼っておきます。上記のやつは初めて言ってますけれど笑 https://note.com/rikuyade1643839/n/nd5d77d910b02

話を戻すけど、嫌うやつもいれば、好きで煽って楽しんでいてくれる人もいるということに気づいたでしょうか。

なんでなんだろうか?考えても見てください。
嫌なことをゆうてきたら、僕は怒ってたんですよ?

リアクションがおもしろかったのか、シンプルにおもろいやつやなと思われていたのかに尽きるかもしれないけれど、僕はそこにずいぶん時間がかかったけれど、自分なりに価値を見出した。

オーバーリアクション、アホにされる勇気、逆にアホにする勇気、自身の価値、自己開示。いろいろとあるがそこに見えたものが沢山ある。

小学校前半は人気者だった人生だった。でも、自分の殻に閉じこもった期間からは全てが見えずにいた。どれぐらい視野が悪かったって言うと、シマウマが両目を開いているときぐらい視野が狭かった。笑

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その違いは何なのか。

「明るさ」「自分はすごいという謎の自信」「オーバーリアクション」の全てが僕の中から消え去っていた。周りを比較し、かつ自分が否定されてきたから。


例えだが、明るさは「ローラ」、謎の自信は「ガクト」、リアクションは「出川哲朗」になればいい。

逆に言えば、これさえあれば僕は元の人気者になれるのでは、と思いもしたし、海外の経験で、受け入れてかつ相手に感謝し尊敬することの大切さを知った僕は、今の友人の誰もが知る今の僕(いじられキャラ)。

しかしまあ気づくのが遅かった。なので、行動力はバケモンクラスだったものの全く人間味が空っぽなやつ。しかも大学まで。

より変わったのは、大学の時。

しかし、大学生になってもなお、部活で何度もブチギレられ、大学の授業では人に頼りっぱなしで、留学に行っても頼りっぱなしだった僕の話を次にします。

②愛される欠陥者

僕は高校時でこそ、死ぬ気で結果を取りに行って部活で全国団体3位を取ったものの人間はあまりできていなかった。ただ強く、明るく、いじられて笑かして、練習にメリハリがついていただけ。本当の意味で変わったのは、大学でのこと。

大学生にもなって何度も部活でブチギレられた話

僕は、言い訳をするつもりはないが本当のことなので言う。同期のやる気のなさと頑張るのダサいっていうジレンマに侵された。なんでこんなやる気ないやつらが部活やってんやろって思っていた。

でも内心、勝ちたい。頑張りたい。っていうのはあるらしい。でもみんなの前ではダサいからそんなことは言わない。なぜなんだろう。でもそんな同期を周りに置いたせいでどんどんと僕のやる気が姿を消していった。

正確に言うと消されたんやけど。
初めていうかもだが、僕は同期にさえヘラヘラしているのでいじりを受けて、それがだんだんとエスカレートして行った。それを問題にしても良かったが、先輩に行ったところでそれが問題になれば間違いなく試合はなくなり、それが僕は嫌やし迷惑だけは懸けたくないと1年間耐え続けた。

そんな僕はやけくそで部活にもそんな行きたくもなかったが、先輩といる時間が楽しかったので、そうすることはやめていた。

だけれども、そんなやる気が出ないせいなのか分からないが、僕は遅刻をするようにもなり、怒られるようにもなり、ついには練習をだるいと言って嘘をついて飛んでしまったことがある。

その学校の帰りに、タクシーに乗った先輩に見つかってしまって、余計ぶちぎれられることもあった。当時罰走というのがあって、僕らのミスは一つ上の先輩にかかっていた。僕ら同期はその時めちゃくちゃ遅刻をしたりして走らせてばかりいて、ついにぶちぎれた一つ上の先輩が出てきた。

めちゃくちゃ怖かった。死ぬのかなと思ったぐらいキレられた。これ以上はコンプラ的に言えない。笑

しかしそのおかげもあって、どんどんと僕は更生していった。
本当にあの時は怖かったが、今では本当に感謝している。
そこから、僕はそうやつだと、何もできんけど強いっていうのと元々いじられキャラだったがその当時は解禁されておらず、怒られた直後から一生全先輩からいじられるようになった。

その人たちにも感謝しかない。いじることで僕に居場所を提供してくれた。僕は全力で気に入られに行った笑。結果気に入られたが、全国団体戦の試合だけ出してもらえず悔しかったが、僕はその苦しみを・感謝を力に変え、結果を出すことにして信頼をより強固のモノにできた。

次に授業では友達に死ぬほど頼っていた話

僕は推薦で入って、ぱっぱらぱーな人間で、当時支えてくれる人がいなければ確実に単位は落としまくっていたと思う。

その中でも頼ったのは、英語の授業。
国際系の進学だったので、英語の授業は少し僕には難しく、ただふてぶてしいやつだったので、英語の先生にぶちぎれられる瞬間もあった。笑

英語でのプレゼン。
僕は、まじで自分の愚かさを知った。何もできないし、言われたこともしない笑。ただ、適当にしている人間。

そんなやつに力を貸してくれるやつなどいるのかと思うかもしれないでしょうが、僕はいじられキャラ。そのキャラクターを存分に活かし、友人たちに頼れることはずっとして貰っていた。

宿題ができていなくても、見してといったり、何かにおいて僕は頼っていた。結果、英語の単位も取ることも可能になって、本当にいつまでも感謝しています。

ほんま大学生になってこんなに怒られるってそんなないと思うでしょう。
僕は全身全霊でぶちぎれられていました。笑
どれぐらいきれられたかって、昭和の時代に親を罵倒してしまい、本気でシバかれるぐらいの勢いで、心底嫌いなんだろうなってほどにキレられました。笑

いまだから笑えるが、僕は本当にかすすぎた笑。人間力もくそもない笑。
でも怒ってくれる時が花だとはよう言ったもんで、なぜか愛されキャラになってるんですよ。笑

最後に留学で頼りまくっていた話

「こいつを手放したら育児放棄だ」ぐらい、まじで世話になった。

僕が留学を決めたのは2年の夏。
大学の友人に「ここいこや。」ってゆわれてほんまにノリで中期留学を決めた。もちろん行く気はあったが、そこの大学に行く気はさらさらなかった。

でも僕は、鬼のフッカルなので、親に頼み込んで行かせてもらった。
そして、2年の秋僕は留学に飛び立った。

上の方の例で、二個で上げたように僕は当時まじで適当でしたが、でも笑いにだけは楽しんで取り組んでいた。チャンネルがーどまんのしゃべりと千鳥のしゃべりをまねて、僕はいじられキャラとツッコミキャラの二刀流になっていた。

まさに銀魂の新八です。笑
それの関西人バージョンだと思ってもらえるとわかりやすいかと。笑

銀魂の新八_LI (2)

それを武器に、「僕がいないとその場が盛り上がらない」と言われるまで信用された。でも、人間力が僕には欠けていた。死ぬほど迷惑もかけたし、死ぬほど頼りにもした。なんせ僕は適当なやつだから。

でもなぜか、教えてくれる。やってくれる。
それをやっているうちに僕は結構な留学に行った日本人とはほぼ全員と言っていいほど仲良くなったし、外国人ともその人脈化の中でより仲を深めていった。

僕も何か返さなきゃなと思い、笑わせることが得意な反面、真面目なときは真面目で真剣に、悩みや相談をされに行き、ほぼ全員と話をした。

きっかけは僕からで、何かお菓子や水を持って調子どう?と声をかけて、なんやかんやでほとんどその人を笑わせることを目的にしていたら、絶対にその人たちは元気になっていた。

頼ること7割、笑わせること3割を繰り返して、僕は「アイドル」みたいなもんになっていた。でも、自分でも思う。こんな上司がいたら頼りになるかは別にして、居てくれるだけで嬉しい。

でも、上司に頼られる部下の気持ちってなんか嬉しくないですか?部下から上司に対しても同じこと。なんやかんやで頼られたら人間は嬉しい生き物。

もちろんこれからは結果が求められるのでそこに対してのアプローチは忘れない。いままで適当にやってたやつが何をゆうてんやってなるかもやけど笑

でも、僕は自分のことになると頑張れないが、相手のことを想うと頑張って自分が成長して、なにかGiveをしまくって恩送りをしようと言う人間なので、そこにはぬかりはないす。

まあ、一番この留学で一番人間力が鍛えられたのは確か。みんなに感謝。
僕と言う人間を大切にしてくれる皆はもう家族のようなもんです。

そして、英語が下手な僕にも真剣に対応してくれた外国人の友人たちにも感謝感謝。

この留学はしんどかったが、そういった人たちのおかげで今の自分があるし、乗り越えられたのも、皆のおかげ。

何にもできないけど愛される人の特徴って、おじいちゃんおばあちゃんに多い特徴だけれど、その原理を見出せば、ペイ・フォワード(恩送り)で、違う人、違う人が、この人に対して何かやってあげようってなるんじゃないかな。

てかやらなきゃこの人持たんやろって言う人たらし人間に多い事例だとも思う笑

実際に僕は恩送り好きやし、人たらしなのは間違い無いです笑。

③最強キャラとは

最後に、沢山のことを話してきたが、愛をみんなからもらった。
そして僕を、化け物の皮をかぶった怪物から、人間にしてくれたのは、一匹狼をも抜け出せたのは、このキャラがあってからこそ。

もうわかったと思うけれど、最強キャラは相手を笑かしてあげる。幸せにしてあげること。幸福度を僕を通してあげられること。そんなことができる。

そんな僕だからかもしれないが、僕は色んな経験をしてきた。
そして、変わった。

生きる意味ってなんなんやろって思ってた僕が、

「いじられキャラ×愛される欠陥」で自分の生きる価値を見出せた。

そして、生きる上で、キャラ的にはゴジータぐらい最強キャラになれた。


つまり何が言いたいかって、ダメでもいいじゃないか!
完璧じゃなくても人間生きて行けるじゃないか!ということ。

僕はこんなダメな自分を否定され、アホにされさえしてきた。
そしてキレて、友達さえもいなくなったことが何度もある。

でも一つだけ、やってよかったなと思うことは、
自分を曝け出していくということ。

自分の弱さを曝け出せば、みんな僕を助けてくれる。
運さえ運んできてくれる。

そんないじられキャラのどこにマイナスイメージを沸かせるんやろか。
そんな欠陥者になぜ助けてくれるのか、頼ってくれるのか。

僕の結論としては、自分のキャラを最大限引き出す努力をすれば、自ずと見えてくるものが沢山ある。それに気づいた。
だから僕は常に行動を重ね、あんたみたいなやつが努力して、成長できるんかって言われても突き進む。

僕にできることっていまはそれだけだから。
その強みをこんな場所で失くしてどうする。
人になにか言われたから、
人にこう言われそうだから行動しないんじゃ、
何も見つけることはできない。

自分からなにかを成し遂げにいこう。
それが違う形となってもそれはそれでいいじゃないすか。
あとで修正すればいいだけ。

本当に必要なものだけを見つけたいなら、
全てを捨て去る覚悟で挑め。


というところで今回はここで終わりにしようと思います。ここまで見て頂いて本当にありがとうございました。また、書こうと思うので、良ければぜひ見てみてください。

自分で行動し、自分でキャラの強みを引き出し、
自分とみんなに支えられながら、自分だけの最強キャラを目指そう。

ではまた。


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