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古書と笑顔と街路樹と

この本を買ったのは確か、マレ地区の裏通りにある、小さな古書店だったと思います。

街路樹の葉が散る石畳の道を、一人で散策していると、気になるお店があったので、思い切って店内へ。

狭くて薄暗いその店内には、たくさんの本棚があり、その中には古い本がぎっしりと、敷き詰められていたのです。

店内に入ると、まずはじめに目を合わせて、明るく陽気に「ボンジュール!」と言ったのは、店主ではなく、お客さんの僕でした。

何故ならパリでは、日本のように愛想のいい店員さんはほとんどおらず、こちらから挨拶するのがルールだと、何かの本で読んだから。

でないと、お客さんとして認めてもらえず、こちらから何か会話をしても相手にしてはくれないと、その本には書いてあったのです。

実際、僕が行ったお店はほとんど、店員さんは無愛想で、ろくな挨拶もなく、僕のような日本人など相手にしない感じでしたが…。

それでも、僕が泊まったホテルの近くの小さなパン屋さんと、赤いテントの文房具屋さんは、明るい笑顔で対応してくれました。

もちろん、僕が個展をしたギャラリーのスタッフさんは、そんな心配は必要がないほどに、皆さん優しく温かい人たちでした。

そして、この本を買った古本屋さんの店主も、最初は冷たい印象でしたが、帰り際には明るい笑顔を、僕に見せてくれたのです。

日本だと当たり前なことですが、パリではそれが珍しく、何か特別なプレゼントをもらったような気分になったのを思い出します。

久しぶりに、あの時買った古書のページをそっと開くと、店主のあの笑顔と、街路樹の葉がキラキラと、煌めくような気がします。

色褪せし古書の頁(ページ)をひらくとき煌めく笑みと街路樹の葉は  星川孝

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