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南大門市場での至福のカルグクス

ソウルに行くと時間があれば必ず行く場所が2か所ある。ひとつ目は滞在中の酒類とつまみに帰国してからのオミヤゲを求めてソウル駅のとなりのロッテマートで、もうひとつは南大門市場の通称”カルグクスストリート”にある”南海食堂(ナへシクタン)”と云うカウンターだけの小さなうどん屋さんだ。

”カルグクス”と言うのは簡単に言えば”韓国風うどん”。小麦粉を練って作る太麺で讃岐うどんのコシときしめんの幅広太さを合わせ持ったいわば一種のご当地麺だ。

この店に行くきっかけになったのはたまたまソウル滞在の際に泊まったホテルが南大門市場のほど近くにあり、これもたまたま昼食と夕食の間の小腹が空いた時間帯で何か食べたくなったのと僕自身市場と云うものが大好きでちょうど3拍子揃ったときにガイドブックを見ているとこの店が載っていたので出かけたのが最初だ。

僕は何回も韓国に行っているのに恥ずかしながらハングルが”ソウル(서울)”と”釜山(부산)”以外はほとんど読めなくて韓国を個人で街歩きする際は結構勘で動いている事が多いのだが(笑・ちなみに話す方は多少なら話せます)ガイドブックを見るとどうやら漢字の看板がありそうなので探しながら行ってみる事にした。

2013年の冬に江原道・江陵に行った時はオフシーズンでもあり観光客の片言日本語や英語が通じそうなレストランがなく、看板からメニューまで全てハングルでおまけに海辺で店先の生簀に高そうなアワビやエビが泳いでいる店ばかりだったので下手に注文すると失敗しそうだったし、おまけに韓国料理は基本的に一品をミニマム二人前で注文すると云うローカルルールがあるので余計に財布にも心情的にもやさしくなさそうなので諦めて江陵まで行ったのに隣のコンビニでコムタン味のカップ麺を食べた覚えがある。

だがうどん屋さんならまさか二人前注文してほしいと言われる事もなさそうだし、カウンターだけのうどん屋さんならおそらく日本の立ち食いそば・うどんと一緒で基本は”かけ”でせいぜい他には大盛か具のトッピングの有り無しくらいだろうと云うのとハングルは読めなくても”カルグクス イリンブン チュセヨ(カルグクスを一人分下さい)”くらいの事は言える。

と云う事でソウル地下鉄4号線の会賢駅への階段を兼ねたアンダーパスをくぐって歩いて南大門市場へ。ちょっと分かりにくい場所にあるとガイドブックには書いてあったがガイドブックの南大門市場の見取り図の中に記された南海食堂の印を目指して歩いているとなるほど分厚いビニール製のカーテンが二重になっているところがあり、カーテンをめくるようにして中に入るとカウンターと椅子だけの食べ物屋が狭い通路の両脇にずらりと並んでいる。たぶんもともとは築地場外のように市場に買い出しに来たお客さんや市場関係者の為の食堂なのだろうが、こう云う”市場の食堂”的な雰囲気は嫌いではない。

少しだけ通路を進むとありましたありました”南海食堂”と書かれた漢字の看板が。そしてちょうど一人座れるスペースがあったので腰掛けて例の”カルグクス イリンブン チュセヨ(カルグクスを一人分下さい)”をカウンター越しに店のおばちゃんに向けて注文の声がけをすると”ネー(はい)”と言っておばちゃんが太麺を茹でだす。

韓国の食堂のいいところはおかずのような”付き出し”が無料であること。日本ではせいぜい寿司屋のガリか店によりけりだがセルフのうどん屋・立ち食いそば屋の薬味程度だが(そもそもガリや薬味はおかずではないけど)、韓国ではこうしたうどん・お粥・ビビンバと云った一品もののお店でも最低キムチくらいはテーブルやカウンターに置いてあり食べ放題でしかも韓国のキムチは当たり前だがどれも美味しい。

このお店はベチュキムチ(白菜のキムチ)とニラのようなものを漬けたキムチと2種類あってせっかくなのでどちらも少しずつつまんでカルグクスの出てくるのを待つ。食べてみるとしっかりと味が染みている訳ではなかったがその分野菜の新鮮な食感が味わえる。

そしてお待ちかねのカルグクスが登場。韓国によくあるステンレス製の器に無造作に盛られた一杯は見かけは関西で一般的な”きざみうどん”(具に油揚げを細く切って入れたもの)風でこれに野菜と青のりのような海草が一緒に麺の上に散らしてある。メインのうどんは自家製麺なのだろうがとにかく太く、おまえに不ぞろいだがこれがまた韓国の日常食らしさを飾り気なく演出してくれている。出汁(スープ)は辛くなく、東日本で食べる濃い口のしょうゆベースのうどん・そばの出汁と云った感じだ。

太くてコシのある麺をすすっているとつい”マシッソヨ(おいしいと云う意味の韓国語)”が口をついて出る。そんなマシッソヨを何回も言いながらうどんをすする変な日本人(僕の事)を見て店のおばちゃんが”あんた面白いねー。よかったらサービスのこれでも食べて。”らしき事を笑いながら言いつつ出してくれたのはなんとミニ冷麺。麺に麺をサービスするとはちょっぴり日本的な感覚としてはなんだがせっかくなのでいただくとこれも本格的な味で食べられるかなと思っていたけど難なく完食。

お勘定を済ませ(確か6000ウオン前後・日本円で600円前後)”カムサハムニダ(ありがとう)”と店のおばちゃんに声を掛け、また分厚いビニールカーテンを開けて通りに出るとちょっとした満足感で心もお腹もいっぱいだった。

行く度に思うのだが、韓国ではここに限らずこうしたいわゆる”大衆食堂”的なお店のレベルが高いと思う。そしてその大半が日本とは違いチェーン店化されていない個人経営のお店だがどこも地に足をつけた経営と運営で衛生的にもお財布的にも安心して食べられるところが多い。

でもたぶんレベルの高さはお店の方の努力もあるのだろうがそこのお店の人の持っている人情やホスピタリティに拠るところも大きく、言わば人情が料理の味をより一層引き立てる”旨み調味料”みたいなものなのではないだろうかと感じる。

寒い時も暑い時も、時間の無い時もお金の無い時も、市場の活気に揉まれながらまた食べたくなる。それがソウルのカルグクスなのだ。



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