NY・進化するSUSHIビジネスの行きつく先とは?
アメリカのみならず、SUSHIは世界中で愛されています。寿司ではなくSUSHIと書いたのは、日本のお寿司とは少し違うから。アメリカで初めて現地のSUSHIを見た時に驚いた方も多いかもしれませんが、こちらの人たちの好みに合わせてお寿司はその姿を変えているのです。
食に保守的なアメリカ人にも好まれているSUSHI
食生活に関しては保守的な傾向のアメリカ人。日本のように多様な食材を取り入れた料理を食べて育ってきていないからでしょうか。いわゆるハンバーガーやフレンチフライ、サラダのようなアメリカンな食事以外はあまり受け付けないという人は思いの他多いです。ニューヨークのように多国籍な人種と触れ合えるような場所であれば、そういった傾向は多少薄まりますが、それでも、以前アメリカ人の上司と出張に行った際、ランチはアメリカのファーストフードのこってりした食事で夜はアメリカンなレストランでハンバーガー。しかもその上司は野菜を全部抜いたハンバーガーを頼んでいた時にはさすがに驚きました。
そんなアメリカ人でもSUSHIは大好き。普段ごはんを主食としない人達、そして、割と偏食気味の人でも好きというSUSHIは、アメリカ人の食生活にも深く入り込んでいます。
日本のお寿司とは異なるアメリカのSUSHI
日本のお寿司との大きな違いは、巻物の見た目と具材の豊富さだと思います。アメリカ人は見た目が黒い食べ物を好みません。得体の知れない不気味なものと思うのでしょうか。そのため、アメリカで見かける巻物は、外側が海苔ではなく、ごはんなのです。また、巻物の中味も、かんぴょうやきゅうりではなく、スパイシーサーモンやアボカド、クリームチーズなど。
さらには、おしゃれなレストランでは、エビフライが入っていたりとゴージャスなSUSHIも見かけます。色合いやプレゼンテーションにもこだわるのはアメリカらしいと思います。
私がニューヨークで暮らし始めて14年。10年ひと昔、という言葉がありますが、SUSHIはSUSHIのままなのですが、ニューヨークのSUSHIビジネスは時代の波とともに大きな変貌を遂げました。今回は、そんなSUSHIビジネスの変遷をたどりながら、アメリカのSUSHIビジネスの今後の姿について考えてみたいと思います。
ニューヨークのSUSHIの歴史で大きな転機となった出来事
ニューヨークでのSUSHIビジネスの大きな転換点は、バブル時代に日本から進出してマンハッタンのオフィス街の一等地に広い店舗を2つも構えていた江戸前寿司の寿司田が2019年頭にニューヨークから撤退したとき。一歩足を踏み入れるとそこは日本。日本のお寿司屋さんさながらの内装に加えて、着物で迎えてくれる仲居さん、そして、おいしい緑茶。日本のお寿司とはこれぞ、と言わんばかりの本格的なお寿司を提供してくれていて、店内はいつも日本人やアメリカ人で賑わっていました。オフィス街でありつつも、ロックフェラーセンターのような観光地からも目と鼻の先だったので、ニューヨーク旅行に訪れた海外の観光客も多く立ち寄ったことでしょう。
これだけの品質のお寿司を手ごろな値段で提供してくれていた寿司田は私のお気に入りのレストランの一つでもあり、お寿司と言えば、寿司田というほどに、カウンター席、テーブル席ともに利用していました。
寿司田の撤退のニュースについて現地の無料情報紙、週刊ニューヨーク生活は、トランプ政権下で職人へのビザがおりず、お店を維持するための優秀な寿司職人たちを日本から連れてくることができなくなったからと報道し、業界に大きな衝撃が走りました。
SUSHIブームに乗るアメリカ人のSUSHIシェフたち
いわゆるアメリカナイズされたSUSHIのニューヨークでのブームの予兆は、2010年代半ばにはやって来ていました。SUSHIがアメリカのスーパーでもテイクアウトメニューとして並んだりと市民権を獲得し、日本人が経営する本格的なお寿司屋さんも大人気となるにつれて、SUSHIシェフになろうとするアメリカ人が増えてきたのです。また、お寿司についてよく知らないニューヨーク市の衛生局が、毎年恒例の店内の衛生チェックの際に、日本流の本来の魚の保存方法や取り扱いについて異議を唱え始めていて困っているという話を、ニューヨークで長年お寿司屋さんに勤める日本人の本格寿司職人さんから聞いたりもしていました。
お寿司は一見シンプルな食べ物ですが、その奥が深いことは、日本人であれば誰もが知っていることでしょう。しゃりの温度や味、魚のさばき方などなど。ただ、そうしたことを全く知らない人たちが、お寿司に似たSUSHIをカウンター形式の高級寿司店のスタイルで始めたため、寿司職人には特別な技術や経験を必要であるというアメリカでの大前提が崩れてしまったのです。また、中国人を始めとするアジア系の人たちも、お寿司の知識があまりないままに、スーパーに卸ろすスタイルのSUSHIビジネスを全米各地で展開したり、自分のレストランのメニューにSUSHIを取り入れたりしています。
特殊な技能がある人に発行されるアーティストビザは、アメリカで働くレストランのシェフたちにとって最も一般的なビザでした。アメリカ人にはない能力を持つとして寿司職人たちは評価されてきたのです。共和党への政権変更も追い風になってしまったと思いますが、それだけではなく、お寿司がSUSHIとなって急速な広がりを見せた時点で、美味しいお寿司は日本人でないと作れないもの、という固定概念が覆されてしまったのです。
ニューヨークで広がる高級SUSHI店の経営のからくり
そんなニューヨークでは、寿司田が静かにニューヨークで店じまいをした少し前ぐらいから、雨後の筍のようにSUSHIレストランが乱立を始めました。何でも高いニューヨークでの店舗を持ったビジネスは大変です。高騰した家賃、予定通りに進まない工事などで莫大な初期投資費用がかかってくるからです。
そのため、自らの事業等で財を成した美食家のアメリカ人が投資家となり、優秀な日本人の寿司職人を雇って高級お寿司屋さんを開くといった流れが始まりました。こうした投資家たちは、カウンターで食べた握り寿司に魅せられ、OMAKASEスタイルでの高級SUSHI店がニューヨークで成功すると思ったのでしょう。
優秀な日本人のお寿司職人さんにとっても、自らが切り盛りできるお寿司屋さん、さらには自分の名前を冠したお寿司屋さんをニューヨークの地で出せるのは、夢のような話です。アメリカ人投資家との相性もあると思いますが、お互いにとって良い形で進めば、win-winの関係です。
こうした流れにより、超が付くほどの高級SUSHI店はどんどん客単価を上げ、今やこうしたお店でおまかせコースを食べようとすると、300ドル台からのスタート(税金やチップは別)、となってしまいました。10年も前であれば、150ドルぐらい(お酒抜き)でマンハッタンで日本人の寿司職人が握ったおいしいお寿司をカウンターで食べることができ、普通であれば手の届かない特別高級なお寿司屋さんとして、ミシュラン三ツ星の常連であるMASA(その当時でおまかせコースが1000ドルと言われていました。一人分の料金です!)が挙げられていましたが、時代は変化し、もはや、美味しいお寿司のおまかせコースは、ニューヨークでは、庶民には手の届かない食べ物となってしまったのです。
そして、前述したように、カウンターで高級なSUSHIを出す日本人以外のSUSHI職人も登場してきたのは、ここ数年の傾向です。日本でしっかりと技術を磨いたという人はそう多くはないのではないでしょうか。一見すると日本のお寿司屋さんさながらの空間。こだわりの木のカウンターや個室があったり。ただ、しゃりの温度が適温でなかったり、シャリとネタが分離していたりと、日本の高級お寿司屋さんでは考えられないようなこともここニューヨークでは起こっています。それでいてOMAKASEコースは数百ドル。
お客さんが日本人でないのだから、という意見もあるかもしれませんが、こうした流れによって、日本できちんと技術を学んだ優秀な寿司職人さんたちがビザを取りづらくなったりしてアメリカの地で活躍する機会を狭められてしまっているのは、個人的には残念でなりません。
どうしてこうしたお店が乱立しているかと言うと、一番大きな理由は、マンハッタンの家賃の高さにあります。高い家賃を払い続けながらお店として経営を続けていくためには、客単価を上げざるを得ず、オペレーションもできるだけ効率化したいのです。そのため、OMAKASE一本のシンプルなメニューでディナーは2交代制。そうすることで、食材ロスを極力防ぐことができ、お客さんが一斉に食事を始めるスタイルとすることで、接客もしやすくなります。
SUSHIブームに一石を投じた?新たなSUSHIの展開
パンデミック以降も続いた高級OMAKASEスタイルのSUSHIブームですが、今年の夏にその流れを変えるかのようなレストランが誕生しました。その名はSushidelic。日本のKawaii文化を海外へ伝えたアーティストとして知られている増田セバスチャンさんがプロデュースしたカラフルでポップな店内。そして、全米で自動寿司の機械を販売しているAUTECによるタイアップ。メニューの開発には有名日本人シェフが関わったそうです。
メニューは一律85ドルのコースがメイン。日本人が持つお寿司の既成概念だけでなく、アメリカ人のSUSHIへのイメージも覆すようなカラフルでユニークなSUSHIの数々。一定の味を保ちつつも、「体験」型であることに重きを置いたレストランの誕生は、ニューヨークでこの夏、大きな話題となりました。ファッションのメッカとも言える一等地のSOHOで100ドルを下回っているのも魅力的な値段設定。多くの人たちにこの楽しい体験をしてほしい、という経営陣のメッセージが隠れているかのようです。
ビジュアルと味を兼ね備えたお寿司といえば、1997年からマンハッタンで続くSushi of Gariが先駆者とも言えます。Sushidelicとはまた違った路線で、出てくるお寿司は芸術作品とも言えるような色合いと盛り付け。お寿司をよく知らないアメリカ人がお醤油をつけすぎてお寿司本来の味を楽しむことができない食べ方をしていることにショックを受けた日本人シェフが、ネタに味をしみこませておき、お醤油いらずで食べられるお寿司を考案したのがその始まりです。見た目はもちろん、繊細な味わいも人気で、ミシュランの星の常連店でもありましたし、アメリカのメディアにも高く評価されてきました。
今後流行るであろうSUSHIスタイルとは?
Sushidelicの登場は、ニューヨークのSUSHIのトレンドをどこまで変えるでしょうか。ニューヨークのSUSHI好きの人たちは、カウンターで食べる高級SUSHIばかりを求めているわけではないはずです。次々とオープンしてきた高級SUSHI店ですが、Sushidelicが軌道に乗れば、高級路線をひたすら追求するだけではない新しい形のSUSHIレストランも今後出てくるのではないかと思います。
ちょうどSushidelicのオープンと時を同じくして、おしゃれなレストランが増えているNoMADエリアにKaiten Zushi Nomadが誕生しました。その名の通り、回転寿司屋さんです。回転寿司といえば、以前はマンハッタンに日系のお店が一つありましたが、いつの間にか姿を消してしまっていましたので、久しぶりのマンハッタンでの回転寿司屋さんです。日本で人気のくら寿司は西海岸で人気を誇っていて2020年にニューヨークのお隣のニュージャージーに進出しましたし、今後、こうした回転寿司形式も体験型の一つとして流行るのではないかと思います。
また、こうした体験型のSUSHIとして、ニューヨーク市の面白いイベントを伝えるSecret NYCというメディアは、マンハッタンの一等地の高級ホテル内にあるSushi By Bouの"Dining in the Dark"という期間限定のイベントを紹介していました。90分の間に12種類のOMAKASEスタイルのSUSHIを食べるというこの企画。なんと、店内では目隠しをして、何も見えない状態で食事をするのです。チケット代は$100。視覚に頼らずに食事を楽しむというこのイベントは、イタリアンなど他のレストランでも行われているようです。こうした一見奇抜なアイデアが行われるのも、通常のSUSHI体験とは違う楽しみをしたいという人たちが出てきているからかもしれません。
こうしたユニークなSUSHI屋さんがメディアの話題をさらう中、レストランの最新情報を伝える大手メディアEaterは、ミッドタウンの5番街の一等地に構えていたミシュランの星付きレストラン、銀座小野寺の8月での閉店を報じました。日本から進出し、20種類のおまかせを$450からで提供していた超高級お寿司屋さんの一つがマンハッタンから姿を消してしまいました。記事内のレストランのジェネラルマネージャーのコメントによると、「ニューヨークの食のシーン、特におまかせのお寿司はここ7年間で大きな変化を遂げ、今後の展開を見極める時期に来た」のが閉店の理由だそうで、将来的には「異なったスタイルで戻ってくるかもしれない」ようです。同記事内にも書かれていますが、ニューヨークの高級寿司レストラン市場の競争は激化していて、2022年のミシュランガイドでは、73軒の受賞レストランのうちおよそ5分の1がSUSHIを提供していると言います。
こうしたSUSHIの高級化により、日本人が満足するような美味しいお寿司はもはや普通には手が届かない存在となってしまいました。ニューヨークに住む日本人としては、アメリカらしいユニークなSUSHIの新しいトレンドを楽しみつつも、美味しい江戸前寿司がたまには食べられるようになったらと願うばかりです。