水元れい

私小説。いずれ死ぬのに。

水元れい

私小説。いずれ死ぬのに。

最近の記事

井の頭線から見える富

 朝七時半、仕事へ行く途中、最寄駅の前でバッグから携帯を取り出した際に嫌気がさした。  前からは丸いサングラスを掛けた短髪の男が歩いてきていた。その男性は別に何も関係ない。  でもその人を一瞥しながらモバイルパスモの入った携帯を取り出した時に、心底嫌な気持ちになった。  「生活」をしているのが嫌になったのかも知れないと思った。  毎週末ライブハウスの仕事へ行って、平日はジムに行ったり、インスタのリール動画を撮って編集したり。友人と会う日もある。毎日1LDKの家に帰ってきては夕

    • 無名人インタビュー

      無名人インタビューさんのインタビューを受けました。 ZINEについても話しています。わたしの半生や思っていることを、訥々と。 わたしの人生が面白いかはわからないけれど、これがわたしの今のリアルです。

      • 1st ZINE

         ZINEが完成しました。  今回ご協力いただいた皆さま、本当にありがとうございます。  タイトルは『現実と夢に踊る』です。  わたしは普段から夢の中のように生きております。ふわふわとして、揺れている。  そんなわたしの一作目として、自身の生きざまを表したい気持ちでこの作品を作りました。  今回は1st ZINEということで、これからも引き続きZINEを制作していきたいと思っております。  ZINEはオンラインショップから購入できます。わたくしの、わたくしにとって記念すべ

        • 折り合いがつかないこと

           水に濡れると、ぜんぶなくなってしまう気がする。  今日生きたこと、何日も前から考えてきたこと、わたしがかき集めてきた他人からの気持ちとか評価とか。それが嫌だから、水を浴びることが難しい。シャワーを浴びて、すべて落として、自然な姿で生きることがこんなに難しい世界に生きている。そんなことを考えてしまう小難しい意識を持ったわたしを、わたしはあんまり好きになれない。  一昨日から食べてばかりいる。毎朝の日課だった体重も測っていない。さっきもエビのトマトソースのスパゲティを作って、お

        井の頭線から見える富

          ZINEを作っています。

           最近何をしているかと言うと、ZINEを作っています。写真と文章のZINE。  写真も大体撮り終わって、それを基に短い小説を書いたり詩を書いたり。過去に書いて気に入っているものも載せようと思っています。  テーマは「夢と現実」。  構成どうしようか、写真の編集どうしようかなどと考えている時間がとても楽しい。  ずっと作りたかったZINE。でも口だけだった。そしたら最近良いご縁に恵まれて、手伝ってくださる方が現れたので、数年越しの夢だったZINE、製作中です。  わたしが作った

          ZINEを作っています。

          お散歩は夢の中みたいだった

          お散歩は夢の中みたいだった

          これ近況報告だから別に大したこと書いてない

           散文を書いてみようかと思います。規律は持たねえ。  泥のように体調がすぐれなかったこの二、三ヶ月。毎日寝ては起きて、意味もなく落ち込んで、気を滅入らせて混乱して、薬を飲んでじっとして。そんな具合で日々を過ごしておりました。とてもつらかった。きっと今日と同じ明日を迎えることが苦しかった。  そんな私的地獄の山を、時間の経過と新しく追加された薬で越えて、最近やっと元気にしているんですよ。あらまあ。  わたしは仕事を辞めてから何もすることなく、ただ漫然と二年くらい生きてしまいまし

          これ近況報告だから別に大したこと書いてない

          夢の中で息をする

           朝起きると雨が降っていた。一日予定のない今日にやろうと思うことはたくさん思いつくのに、どれからしたらいいのか何をすべきなのかがわからず、わたしは結局ソファで横になっていた。時計を見ると昼過ぎだった。窓の大きなこの部屋は、雨だというのにいやに明るかった。  ジムに行こう、衣替えをしよう、今日は書きかけの小説を書こうと思った。結局何もしないまま、わたしはソファで眠ってしまった。  夢を見た。現実の部屋では隣家からの物音がやたらとうるさくて、夢の中でそれは反響したかのように大きか

          夢の中で息をする

          夜の歌

           ひとりの部屋で煙草を吸うことに飽きた夜、僕は旅に出た。  見上げた紺色の空に、星は見えなかった。代わりに少し欠けた歪な月が見えた。子どもの頃は星に願い事をしたけれど、大人になると月のほうがくっきりと見えるのはなぜだろう、なんてことを思いながら、僕は歩いていった。  まだ夏の気配が色濃く残った道端の雑草は、夜の静けさの中でしっとりと湿っているようだった。  公園が目に入ったのでブランコに乗ってみる。少しずつ勢いをつけて、そのうちにめいっぱいの力で。一心不乱にひとりで漕いでいる

          オータムバイブス

           秋がくるというから、お気に入りのクローシェハットを被って街に出た。確かに、彼が言った通り、まもなく秋がやってくるらしいことを頬をなでる風の中に感じた。  見上げると、空が高く街路の樹がざわめきたっている。午後二時のプラタナス。すれ違う人は皆、何故か下を向いていた。  わたしは靴底を鳴らして歩きながら、今朝のことを思い出す。気怠い光の中、わたしがベッドでコーヒーを飲んでいると、彼はドアの隙間からそっとカメラを向けた。それに気付いたわたしは屈託なく笑って、彼は満足そうにシャッタ

          オータムバイブス

          art

           ニューヨークの自然史博物館を出たところにあるかわいいワゴンの販売車で、キャラメルクリームのカップケーキをひとつ買って、外の階段に腰掛けた。視界の先には小学生くらいの子たちが輪になって話していて、彼らの多種多様な肌の色や服装を眺めながら、わたしはケーキを一口齧った。  歯にしみるような甘さを味わいながら、空が青いなぁと思った。風が心地よく吹いて、頬に触れる空気がさらりとぬけていった。さわやかな秋の日和だった。  十年以上前にひとりで行ったニューヨークを思い出しながら、わたしは

          羽根

           途轍もなく寂しくて、どうしたものかと思いながらソファで脚を投げ出す。わたしは虚空を眺めながら煙草を吸う。  原因がわからない。梅雨にしてはさらりとした風が開けたリビングの窓から吹き込んできて、空は薄曇りで白く輝いている。いつもと変わらない朝なのに、わたしはどうしようもないくらい寂しかった。  夫がいないからだろうか。夫がここにいたとて、寂しさは変わらない気がする。昨日の夕方から食事をとっていないから。それも考えたけれど、今食欲はなかった。  部屋に飾ってある知り合いのアーテ

          シロップの中身

           レモンのはちみつ漬けを作りたくて、昨日の帰りにレモンを二つ買ってきた。  よく行くバーで、はちみつレモンのカクテルを期間限定でやっていて、マスターに作り方を教えてもらったのが一昨日の夜だった。グラスに入った甘酸っぱいレモンの輪切りを齧りながら、わたしも作ってみようと思った。  昨日は昼から夫と出掛けて行って、夫の仕事先の人のお家へお邪魔した。続々と集まってくる人は総勢十名弱。小さな子どもが二人。大きなテーブルには次々に料理が運ばれてきて、台所では女性陣が慌ただしく動き回り

          シロップの中身

          秘密

           煙草を吸う量が、目に見えて増えている。どれくらい前からか。毎日少しずつ少しずつ、昨日よりも今日のほうが吸う本数が増えていることに気付かないようにして、わたしは今日もコンビニで煙草を二箱買った。  最近誰かといても、何を喋っていても、何も話せていないような気になる。そもそも一緒にいても会話のない相手もいる。わたしはそんな時相手をじっと見て、そして目を逸らす。 話していても、話さなくても、何もそこに生まれていない感覚。その空白はわたしを寂しくさせるし、そもそもわたしは寂しい人間

          雨の日の午後

           数週間前に寝室の窓に見た、大きさ二、三センチの虫が、出窓のカーテンの裾にしがみついて死んでいるのを、さっき見つけた。  わたしは虫が怖いので触ることができずに、見つけた死骸はそのままにした。からからに乾いた虫の横で、わたしは失くしたチョーカーのチェーンを静かに探していた。時々その黒い影に目をやりながら、そうか前に見たあの虫は死んだのかと思った。  虫は窓から入ってきて部屋に閉じ込められて、生きられなかったのだ。寝室には水もないし食べ物もない。あるのはわたしの山ほどの洋服と、

          雨の日の午後

          人生に於いて

           もしオーケーならキャミソールのドレスを着て今夜あの店に来てくれと言われたので、わたしは真っ赤なチューリップのようなドレスを身に纏い夜中にホテルを飛び出した。  やわらかな花びらのようなスカートが、急足で歩く脛にゆらゆらと触れて、わたしの心は昂った。  辿り着いた狭いそのバーには人がひしめき合っていた。わたしは人をかき分けながら、彼が待っているであろう二階の角の席に急いだ。肩先に触れる人波がそのままわたしたち二人の間にある障害のように思えた。  二階の窓際の席に彼はいなかった

          人生に於いて