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祈りのカクテル.9


 何故以前勤めていた会社が倒産したのか、その直接的な原因は、社長の失踪だった。

 平成元年創業の比較的年齢の若い企業ではあったが、社長がとても野心的な人で、人当たりも良く、短期間で地元との信頼関係も築き、太いパイプを持った地方の『看板企業』にまでなっていた。

 しかし、一時期『農業用トラクター』の生産部品に欠陥が見つかり、地元農家さんが大怪我をする事故が起きた。訴訟が起き、私が勤めていた会社は一億円近い損害賠償金を請求され、ピンチに陥った。

 幸い会社で入っていた機械保険を含めた諸々の保険が降り、金銭的なピンチを免れることは出来た。しかし、地元の人達との深いやり取りで成り立っていた朱莉の会社は、信頼関係に重大な亀裂を入れることになった。

 そこから三年かけて何とか信頼回復に向けて奔走したが、遂に会社の資金が底をつくことになった。ゆっくりと、時間をかけて、会社の力は衰えていくことになった。

 すると、社長が突如として失踪した。

 勤務時間になっても、社長が一向に現れず、三日ったっても現れなかったので、警察へ連絡し、捜索開始から二日後に山の中で首を吊っているところを発見された。どうやら、会社の危機と、それに付随する家族からの精神的負荷をかけられ、自殺したようだった。

 後から聞いたことだが、工場が倒産して大学へ通えなくなるかもしれないと思った息子は『どうしてくれるんだ』と社長に罵詈雑言を浴びせ、豪華な暮らしぶりにすっかり慣れ、お金を使うことに抵抗を感じなくなっていた奥さんは倒産後の生活に耐えられないと思い、残り少なかったお金を一人で持ち逃げした。

 莫大な借金と家族からの憎悪だけが残り、社長は自殺した。

 こうして、社長一人のワンマンで運営されていた会社は再生能力を失い、呆気なく倒産することになった。あえなく私は職を失うことになった。

 社長は普段は温厚な性格ではあったが、家庭内では旧時代的な亭主関白だったらしく、仕事人間で家族からの印象はあまり良くないみたいだった。

 友人は多く人から好かれる性格ではあったが、良き人であることと、良き父であることは、また別ものみたいだった。

 最後の方の社長を見ていて、私は気の毒に思った。

 大切にするべき人を大切にしなかったから招かれた結果ではあるが、流石にあの家族からの裏切りを受ければ、人は生きる気力を失ってしまうのかもしれない。しかし、私は家族の気持ちも分かる。

 仕事人間になって家の中で傲慢になっていれば、家族からの情は自然と薄れていくものだろう。この環境を作ったのも、社長に一介の責任がある。

 私は同情しなくもないが、共感はせず、ただ淡白に会社の倒産を受け入れることにした。あくまで人の家庭のことだ。私が今更何かを考えたって、現実が変わる訳じゃない。

 自身が考えるべきは、私自身のことについてだ。



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