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Polar star of effort (case6) アスリートとアスリートに関わる全ての人達に・・・

                    Case 6 21歳 男性 スノーボード

 「この前、サーファーの女の子に教えていた脚の使い方、自分にも教えてください!」
パーソナルトレーニング開始の挨拶もそこそこに、迫って来たのは榊 凜太郎 21歳 大学生。趣味は、冬はスノーボード、夏はサーフィン、陸ではスケートボードとボードに乗るのが大好きな男子である。
 トレーニングを始めて3カ月。週3~4回は、トレーニングに励んでくれていた。
 「ああ、見てたんだ。そっか、始めて3カ月だね。やってみようか。」
 すると、彼は食い気味に「あれ、絶対使えると思って。自分でやってみたんスけどイマイチよく分からないんです。」と話してきた。
 チェックしてみると、3カ月しっかりトレーニングを積んでくれたおかげで、股関節の柔軟性は十分だった。
 「じゃ、中腰の姿勢をとってみようか。いわゆる空気椅子。壁とかに頼らないでやってみて。」と、その場で中腰の姿勢でキープしてもらった。
 1分もすると脚が震えてきた。「OK。今どこが疲れた?」彼に尋ねると「膝の上、大腿四頭筋がキツイです。」とのこと。大腿四頭筋とは、太腿の前面の筋肉である。
 「ああ、不合格だね~」からかう様に言うと「えー!正解はなんですか?」とムキになって返してきた。
 私は、「5分間キープしても大腿四頭筋が疲れないこと。つまり大腿四頭筋の筋力を極力使わないこと」と言うと、
 「いやいや、それは無理ですよ。むしろ、大腿四頭筋の筋力が弱いからできないんじゃないですか?」と返してきた。
 なるほど、中腰の姿勢をキープするには、大腿四頭筋の筋力を高めればできるようになる。恐らく、誰でもそう考えるだろう。
 相撲やカンフー、空手などの構えを見てみよう。彼らは、大腿四頭筋に疲労を感じることなく長時間中腰姿勢を保つことができる。

 「それは、それだけ大腿四頭筋を鍛えて、強くしているからじゃないんですか?みんな、筋力強そうじゃないですか。」写真を見ながら、彼が呟いた。
「そう。そこが落とし穴。そう思い込んでしまうんだよね。」
 客観的に考えてみよう。格闘技において(どの競技もそうだが・・・)、構えで力みが生じてしまっていれば、素早く正確に動くことはできない。よって構えの段階では力が抜けてリラックスできていることが最も重視される。
 つまり、極力筋力を使わないで構えの姿勢を保つことが求められるということになる。
 「筋力を使わないで中腰の姿勢って・・・・どういうこと・・・」彼は、また呟いた。

 私は、「じゃ、このXスクワットという動きをやってみようか。」と説明を続けた。
 足の幅は、肩幅ぐらいにして爪先を内側に向ける。さらに膝を内側に曲げてくっ付ける。
 膝の角度を変えずに、胸を張ったまま骨盤を前に倒していく。しつこいようだが膝の角度は変えない。股関節を曲げていく。
 もう一つ大事なのは、背中が丸くならないこと。

<悪い例>                               
             

 彼は、何やら難しそうな顔をしながら、言われた通り丁寧に動作をしていく。
 「ああ、これ以上下がらないです。無理すると内腿の付け根が痛い感じがします。」
 「そうそう。それが股関節で支える感覚の基本。内腿の付け根が詰まるような感じ。そこで止まるでしょ?股関節に骨盤を乗せるような感覚。どう?大腿四頭筋に力入ってる?」と聞くと、
 彼は「あ、確かに力は使ってないです。」と、まだ何となくのようだが感覚はつかめてきているようだ。
 「それが、基本。膝で支えるのではなく、股関節で身体を支える基本の感覚。」
 「でも、これじゃサーフィンやボードには使えないです。」
 「そうそう。ここからが本番。レベル2! 自重スクワット」
 今度は、爪先の向きは平行に戻す。やや膝は内側に向けて立つ。先ほどの内旋スクワットと同じ動作で股関節を曲げて骨盤を股関節に乗せていく。骨盤が太腿の間に割り込んで、膝が外に開かれる。あくまで自分で膝を開くのではなく、骨盤が太腿の間に割り込んだ結果、外側に開かれることが大事。

 「どう?Xスクワットの時の内腿が詰まるような感じ、股関節で支えることができる?」
 「ああ、さっきと比べて薄いですが、ありますね。確かにこの位置で止まります。」
 「そのまま、キープしてみようか。」
 「あ!最初の空気椅子に比べて、メッチャ楽です。大腿四頭筋が疲れてこないです。これなら2分ぐらい余裕です!」
 「立ち上がる時は、膝を内側に絞りながら立ち上がってみよう。はい、せーの。」

 しゃがみ込むまでは、先ほどと同じ。膝が内側に戻ると、太腿が骨盤を左右から挟み込み骨盤を上に押し上げて立ち上がる。

 「あ、なるほど。大腿四頭筋を使わないで立つ感じが分ります!」
今度は、今までにない感覚をはっきり感じられたようだ。
 「お!優秀、優秀!さすがボード大好き男子!」と囃し立てるように私。

 「続いて、レベル3! フルスクワット。」
 足の置く位置を肩幅よりも一足分ほど広くとる。爪先の向きは、やはり真っ直ぐ前か、やや内側を向くようにする。
 あとは、これまでと同じ要領でしゃがみ込む。ポイントを押さえよう。
 ・背中が丸まらない。
・骨盤を前に倒しながら太腿の間に割り込ませていく。
・骨盤を股関節に乗せるようにして行く。
・膝が開かれて骨盤を受け止める。

          

        <悪い例>

 「ああ!これは、膝をこんなに曲げてるのに大腿四頭筋が疲れないです。股関節周りが窮屈な感じ、この窮屈さで支えている感覚です。」
 「そう。お相撲さんが四股を踏んだり、股関節の柔軟性を重視するのは、この股関節の使い方をマスターする為なんだよ。」
 「これは、ボードに使えます!」
 「じゃあ、また立ち上がってみよう。同じく膝を内側に閉じて太腿で骨盤を挟むようにしてみて。」

膝を閉じて大腿が骨盤を左右から挟むように上に押し上げる。

 「本当に大腿四頭筋が使われている感じがしないです。」
 「いいね!連続して反復してみようか。そう、少しジャンプするイメージで。」
 「あ、これうさぎ跳びですよね?うさぎ跳びって良くないトレーニングじゃないんですか?」
 「そう言われているけど、今動いていて、膝とか腰に負担来る?」
 「いや、全然・・・股関節のストレッチをしている感じです。」
 そうなのである。うさぎ跳びが膝、腰を壊す悪いトレーニングなのではなく、うさぎ跳びのやり方、動作ができていないだけなのである。
 さらに言うなら、うさぎ跳びの正しい動作を行うために必要な、股関節、体幹部の柔軟性が足りないのである。
 この股関節の使い方で、うさぎ跳びを行えば、膝や腰に負担がかかることなく、逆に股関節の柔軟性、体幹部のバネを高める非常に有効なトレーニングになるのである。

 この3種類の股関節の使い方、共通している2つの重要なポイントは、
 「骨盤前傾」と「股関節の螺旋の動き」である。
 「螺旋の動き」とは、股関節が曲げたり伸びたりする時に同時に捻り動作を伴いながら動くことを言う。
 股関節の捻りを伴わず、直線的に動かすと大腿四頭筋の疲労が蓄積し、結果膝に負担をかけてしまう。
 正しく股関節を使えば、動くほどに柔軟性が高まり、疲労せず大きな力を発揮することができる。
 一流アスリートと呼ばれている人達との違いはここにある。
 練習で動けば動くほど、パフォーマンスが高まっていく人達。片や練習を 重ねるほどに疲労が蓄積し関節の動きも悪くなり、関節や筋肉に負担をかけてパフォーマンスが下がっていく人達。大多数が後者である。
 しかも、そういうものだと考えてしまっている。前者は、「才能がある」とか「天才」の一言で片づけられてしまう。
 問題は、身体の使い方なのである。
 正しい身体の使い方さえ理解すれば、前者の「天才組」に入ることができるのである。

 「凜太郎君、この3つの股関節使い方は、股関節中心の脚の使い方・・・はっきり言えば正しい脚の使い方の基本中の基本、この動きを身に付けて競技動作に応用させていくからね。」
 「イメージできました。これは使えそうです!早速やってみます。」

 それから3カ月後。スノーボードシーズン到来である。
 始めは、サーフィンやスケートボードで試していたようだが、「上手くできない」とボヤいていた。
 そういえば、最近、凜太郎君来てないな。と思っていた矢先に顔を出してくれた。
 泊まり込みでスノーボードに行っていたとのこと。
 「ヤバいっす。ボード、メッチャ楽しいっス!」
 練習していた股関節の使い方が実際の動作にリンクしてきたようだ。
 「楽しいのは良いけど、ケガしないでよ。」と釘を刺しておいた。

 さて、今日も第3のビールで乾杯しよう。


スタートラインに立ち、結果を残すのはアスリート本人である。
トレーナーとは、常に裏方の存在なのである。

このお話は、一部事実を元にしていますがフィクションです。
この事例が、全ての人に当てはまるとは限りません。トレーニング、ストレッチをする際は、専門家にご相談ください。


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