事業承継の話し合いに応じてもらえません〜親の本音を探ろう
今回の相談は「現社長(母親)と経営方針、株式保有や相続について考え方が合わず、話し合いにもまともに応じてもらえません。事業承継が遅れることに悩んでいます」。東京都内の不動産業、30代後継者さんのお悩みです。
税理士法人新宿総合会計事務所の税理士・中小企業診断士、藤本江里子さん(FBAAファミリービジネスアドバイザー上級資格認定証保持者)がお答えします。
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世代間ギャップは「みんなの悩み」
事業承継のコンサルティングをする中で、最終的にはタックスプランニングのお手伝いをすることになりますが、今回の相談者さんのように、その手前のところ、そもそも事業承継の話し合いが進まないという相談を日々、お受けしています。
相談者さんは30代ということなので、お母様は60代でしょうか。実際には、経営者が70代になり体力が急速に衰え、慌てて話し合いを始めるというケースが多いですから、30代で話し合いを始めようとしている相談者さんが、遅れているということは決してありません。まず、そこは自信をもってもらいたいと思います。
相談者さんは、経営や事業承継の考え方を巡る世代間ギャップに苦しんでらっしゃるようです。私の経験上、そのギャップに苦しまない人はいないと感じています。周囲には、親子関係が良好で事業承継もスムーズに進んでいるように見える人もいるでしょう。でも、実際の関係性は外部からは分かりませんし、単に葛藤の部分を見せていないだけかもしれません。
ほぼすべての後継者が世代間ギャップに苦しんでいる。「誰にでも起こる当然のこと」ということをスタートとして考えてもらえたらと思います。
親の言葉の裏側にある「思い」を探る
では、どのようにしてギャップを埋めていくか。親子の話し合いが始まらないパターンとして、株式を握っている親世代が「相続税なんて、それほど問題にならない」とかたくなで、話し合いのテーブルについてくれないケースがよくあります。
この時に考えてみてほしいのは、税金の話をしているけど、親が本当に言いたいことは別のところにあるのではないかということ。言葉の奥にある本心を探ることが大切です。
口では言わなくても、多くの経営者さんは、これまでの自分の功績をたたえてほしいと考えています。努力や苦労を重ねて会社をしっかり経営してきたという自負はもちろん、家族や社員の生活を支えるために、かなりの覚悟と義務感を背負ってきたはずです。
税金の話をしているようで、別の気持ちが働いている。実のところ「お母さん、すごく頑張ってきたね」「お母さんがいたからこそ、ここまで会社が大きくなったね」と、自分をたたえてほしいという心理が隠れているのではないでしょうか。
そうした方向に話題を向けるため、どのように困難を乗り越えてきたのか、どんなことを自分の原動力にしてきたのかを教えてもらうのも有効な方法になります。
思いは言葉にしないと伝わらない
家族であるが故、距離が近すぎて、改まった話をするのが恥ずかしかったり、感情が行き違ってしまったりすることはあります。しかし、相談者さんも自分を育ててくれたお母様や家業への感謝があるからこそ、継ごうという決意をしたのだと思います。
その気持ちは言葉にしないと伝わりません。大げさなぐらいに、感謝の気持ちを伝えてみる。そうすることで、親子関係が好転したケースを数多く見てきました。
事業承継がスムーズにいっている会社では、毎日一緒にランチをとったり、一緒に外出したりするなど、あえて機会をつくってコミュニケーションを密にしていると感じます。
親の価値観とビジョンを聞き取る
また、株式に議決権以上の思い入れを持っている経営者さんもいます。自分が会社とつながりを持つ「唯一の手段」のように感じているケースです。そういう経営者さんにとっては、株式を渡すのに相当の覚悟が必要であり、株式を渡した後、その代わりに会社とのつながりを感じられる他の手立てを考えることも重要です。
そして、家業に対する親の思いをしっかりと聞き取り、価値観やビジョンを引き継いでいくことです。価値観とビジョンの共有は、ファミリーとしても、ビジネスとしても非常に重要です。
その中で後継者にどんなことを期待しているのかも聞き取ってほしいと思います。その期待に向かって実績をつくったり、真剣に取り組む姿勢を行動で示したりしていくことで、親も納得する形で株式の引き継ぎに話を進めていくことができると思います。
株式の話をするときのポイントは
株式の話題が難しいのは、金銭的な価値が非常に高い場合に、「親への感謝」や「家業への思い」といった気持ちの部分が見えづらくなってしまう点です。こじれてしまうと「財産がほしいだけなのではないか」と疑心暗鬼を呼び起こしてしまいます。だからこそ、自分の気持ちを言葉と行動で表していくことが一層大切になります。
普段から接していると、そうした機会をつくりにくいかもしれません。例えば、ちょっと高級なレストランを予約したり、視察旅行を組んだり非日常的な場を設定して、お母様の気持ちを聞き取りながら、
自分が引き継ぎたいのは事業であって、財産としての株式ではないこと
納税資金を確保しておかなければ、会社を危機にさらす可能性があること
だから、株式の引き継ぎ準備を進めておく必要があること
そうしたことを、徐々に話していくと良いのではないでしょうか。
ファミリーとビジネスを切り分けて考える
これまでの経緯から言い合いになってしまいそうであれば、お母様が信頼している第三者、例えば顧問税理士に立ち会ってもらう方法もあります。回数を重ねる中で話し合いの土台ができたら、他の家族や株主を交えた会議に進んでいきます。
誰をメンバーにして、どんなルールで会議を進めていくか、しっかり合意しておくことが大切です。
個人的な思いではなく、
どうすれば、会社を良くできるのか
どうすれば、家族全員がハッピーな状況を作れるのか
という観点で参加メンバー全員が忖度(そんたく)なしで意見を言える会議にするのが理想です。
この時、大切なのは、ファミリーの話とビジネスの話をしっかり切り分けて扱っていくことです。
ファミリーとビジネスは全く異なる価値基準で動いています。例えば、親としては子どもが複数いたら、なるべく平等に財産を渡したいと考えます。
しかし、株式には議決権が伴いますから、平等に分配するのではなく、ビジネスを発展させるという観点から、子どもたちのうち誰に、どのような比率で渡し、どのような株主構成にするのが最適なのかを考えなくてはいけません。
会社を継がない子どもに財産を残したいのであれば、株式以外の財産を渡したり、状況によっては信託の仕組みを使ったりする方が、ファミリーとビジネスの両方にとって良い選択と考えられます。
継がない子どもに財産を残すため、株式の一部を渡すケースも多いですが、配当は会社の業績次第であり減ってしまうことも考えられますし、株主が分散することで会社経営の不安定要素にもなるので、ファミリーとビジネスのどちらのためにも最適とは言えません。
ファミリービジネスは、ファミリーとビジネスが渾然(こんぜん)一体となっているところが強みですが、お家騒動といった会社を揺るがすような弱みにもなります。やはりファミリーとビジネスを切り分けて考えていく。話し合いのなかで、家族内でそうした意識を共有しておくことはとても重要です。そうすることでボタンの掛け違いを防ぐことができます。
事業承継は親子の二人三脚
現代経営学の父、ピーター・ドラッカーは「事業承継は偉大な経営者と呼ばれるための最後の試練である」という言葉を残しています。事業承継は誰にとっても大変です。難しくて当たり前なのです。
この先も一時的に対立することはあっても、会社のことを思う気持ちは、他の誰よりも、相談者さんとお母様が一番近いはずです。お母様をその気にさせるスイッチが見つかれば、一気に進展する可能性が大いにあるので、相談者さんとお母様が一緒になって、根気強くこの試練を乗り越えていってほしいと思います。
回答者・藤本江里子さん
税理士、中小企業診断士、ライター、多摩大学大学院MBA客員教授。
税理士法人新宿総合会計事務所所属。
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