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多様性なき現実にて、我らは

 ここ数日間、ベッドから起き上がれなかった。ゼリー飲料だけを飲み、思い出したように罵詈雑言をネットで吐き出し、それすら嫌になってカミソリで自傷する。丁寧に縦切りだ。いいだろう「死んだ方が世のためになる人間」なんだから。「存在が迷惑」な人間なんだから。家族は屋上の何かを修理するために部屋を掃除しろという。私はこの家に寄生している限り人権がない。スピリチュアルポジティブやHSPポジティブの自衛隊闘病垢連中みたいに独り暮らしできたならばこんな風に他人が部屋に来ることを恐れずに済むのに、私は親に心配され私宅監視されている。

 急に深く切って血が溢れても怯えない。シャツに描かれた犬神に擦り付けて、なんだか落ち着く。この世界にはこの小さな部屋にしか私の居場所はない。ここでしか息が出来ない。ここにしか安寧はない。ここにはパワハラ上司も、ネガティブツイッタラーも、自衛連中もこない。
 だからこの部屋で私がダイソーのおもちゃのねずみをぶちまけたまま眠っても、酔鯨を呑んで悪酔いし壁に貼った犬の写真の首を刎ねても、そのまま推しキャラに罵詈雑言を浴びせても
(「色恋営業すんなや!!プライドちゅうもんがおまんにはながか!?そうまでして売れたいちうなら土佐捨てて東京もんになれや!!死ね!!死ねちや!!ぎゃははははははは!!」等発言していたらしい。兄弟曰く。)何もない。
 そして力がなくなって、くたびれると眠る。

『私もね、うつ病の薬飲んでるのよ。でも子供は欲しいって思ってる』
『ハァ』
 前のケアセンター通所でケアマネ?の担当の方に言われた言葉である。いきなり何言ってんだこいつは。パワハラ職場からの脱出に力を貸してくれたのはありがたいが、私が今話したのは
『みんな結婚してるしガキだのなんだので忙しいんですよ。それにちょっとレールから外れると総叩きの世界でしょ?だからワァの生きて行く場所何てもうないし、人権もない……』
 といった客観事実であったはずだが、いつの間にか目の前のケースワーカー女史の不幸自慢というか御高説になっている。
『だからワァはこの世間での生き方がしんどいんです。ワァはお先真っ暗で、あの病院の子たちも子供が出来ないことを泣いて暮らして……』
『でも私は諦めないよ。あのね、ここに来て支援を求める人たちは家族に見捨てられて、推し活もできないひとたちなの。あなたはまだ恵まれてるのよ』

 ぶち殺してやろうかと思った。

『……それは個人の感想ですよね。私の知っている人は生保で推し活して同棲してましたが。そこまでおっしゃるならもう私は来ませんし、もう二度と私を詮索しないでください』
 母が慌てて私を引き留めた。ケースワーカーも地雷を踏んだとようやっと察してマシンガントークを止めた。けれど、心の中はもやもやとぐじゃぐじゃと肉とヘドロが交じり合ったものが脈打ち私を苦しめた。恵まれている?恵まれている。親父に怯えて生きるのは恵まれているのだろうか。腕の傷がなくならないのは恵まれているのだろうか。二次元に逃げているのは恵まれているのだろうか。孤独なこの部屋で左腕を血潮に濡らし、何も浮かばない空っぽの脳で横になっているのが恵まれているのだろうか。

 ——わからない。わからない。恵まれているって何だよ。幸せって何だよ。そう思えば思う程に、集めた推しキャラの単純なアングルからの画像のグッズが虚しく見えた——人生、推しを間違えたのか?
 
 その晩にりゅうちぇる氏の訃報を聞いた。某氏のツイートで彼が、最初から彼が誹謗中傷され、そして彼がそれに対して私がするように言い返したり晒したりせず、粛々と融和を目指したり、晒しても柔和な雰囲気を保っていたり、とにかく衝突しないように、相手を傷つけないように気を使った、あるいは子供のような言い方をしていた。人間は傷ついた時、戦闘(FIGHT)逃走(FLIGHT)そして硬直(FREEZE)の3つのどれかをとるという。そのうち彼はどれも選ばず、傷だらけになって倒れた。
 苦しくなって、極限に追い詰められた人間は「自殺」しか見えなくなる瞬間がある。巷では「子供の誕生日の後で自殺なんて」「自殺なんて逃げ」と言う声が大手を振って憚らない。しかし、私はそう思わない。その意見には従えない。
 恵まれているなんて、幸せかどうかなんて、大丈夫かなんて外からはわからない。もうその人は「自殺」しか見えないぐらい視野狭窄に陥ってるかもしれない。「自殺」しか取れない状態だったかもしれない。それなのに、なのに、どうしてそんなことを言えるんだろう。「多様性」なんてない。「多様性のある社会」なんてまやかしだ。「父親の癖に」「オカマきもい」そんな言葉だらけじゃないか。

 私達だってそう。「死んだ方が世のためになる人間」「ガイジ」「間引きした方がいい」「クソメンヘラ」病気だったら死ねばいいのか。お前ら何かのために。孤独死すればいいのかよ。
 タイムラインには『90キロで引きこもりでうつ病の私が婚活して成功した話』みたいなあからさまな釣り漫画が流れている。もとは小説だろうが、こんなシンデレラストーリーじゃないと「存在を認められない私達」。糞くらえだ。幸運と幸運が重なっていかないと、こんな奇跡なんかおきるもんか。私の推しみたいな人には絶対に出会えないだろうし、そうじゃなくても誰も選ばない。
 私はバケモノなんだよ。情緒不安定な、わるいものなんだよ。

 水蒸気の電子タバコを吸った。滅茶苦茶マズかった。肺に入れずに吐く。緩やかな自傷をしている気分だった。どうしてこんな世界に生まれて、どうして生き続けなきゃいけないんだろうな。死ぬときは絶対、独りは御免だな。
 こんな糞ったれな世の中が相手なら。

 

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