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映画『沈黙のレジスタンス ユダヤ孤児を救った芸術家』感想

予告編
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逆説的ってやつ


 パントマイムの神様と呼ばれたマルセル・マルソーの半生を描いた映画。演じているのはジェシー・アイゼンバーグ。彼が亡くなってから既に十年以上。世代の違いなのか、ただ僕が無知なだけなのか。とにかく “僕が思うマルセル・マルソー” ではなかった。それは「イメージと違う」「期待はずれだ」という意味ではなく、あまりにも彼の事を知らな過ぎたが故の衝撃。ユーモアのある道化師のようなメイクや、国や言語にとらわれない無言のパフォーマンスからは想像し得なかった事実に、ただただ驚くばかりでした。本作を観る前と観た後では、彼のパントマイムに対する見方が大きく異なってくる気さえします。



 本作の公開前、予告編——暗い舞台上でスポットライトを浴びながらパフォーマンスをする彼のシルエットが映し出されるシーン——を観て、「わぁ、なんて素敵なカットだろう」と思っていました。けれど本作を観ているうちに、「彼のパフォーマンスの裏にはこんなドラマがあったのか」と胸を打たれ、そして何より、そのドラマが “無言劇” というパフォーマンスに深い意味をもたらしてくれているんじゃないか、とすら思ってしまった。

 真意の程は定かではないし、知る由も無いのだけれど、彼が行き着いたパントマイムという感情表現は、本作で描かれた事がきっかけで言葉・声で伝え届けるという手段を失ってしまったが故のもののように見えなくもない。終盤のシーンで彼が口にする「声を聴かせて」というセリフはあまりにも切ない。そこからのクライマックス、彼の喜怒哀楽の全てが詰まっているかのような、文字通り “言葉にならない” パフォーマンスは、実際には本人のものではないにも関わらず胸に刺さります。それこそ演技の枠を飛び越えた感動を観客にもたらしてくれた印象です。

 ここで彼のパフォーマンスを「感情表現」とまで思えるのは、序盤に描かれた、彼と彼の父親の会話があったからかもしれません。マルセルは、父親から芸術の理由や目的を訊かれた際に、その行為を「体が求めるからだ」と答える。つまりそれは理屈ではなく想いの発露。その前のシーンで、孤児の前で披露したパントマイムは、それまでずっと、ある種自分の為に芝居をやっていた若きマルセルが見せた、自分以外の者の為にやった行為だった。お金や生活といった将来の不安、父親から投げかけられたそういった現実的な問い掛けに対する回答としては最善ではなかったかもしれないけれど、その答えがあったからこそ、彼が自らの身の危険をも顧みず、誰かを救うために行動していく理由に納得がいく



 上手く言えないのですが、以上のことも含め、本作で描かれることは、彼のパントマイムをより奥深いもののように感じられたり、際立たせるような逆説的な面白さがあると思います。「フロイトだなんだ」、「自分は役者でどうのこうの」などと、そんなおしゃべりなはずの男が無言劇で人々を魅了する……。道化のような白いメイクは、ユーモアの原点にチャップリンの存在を匂わせていたから、道化という愚か者・おどけ役を演じる笑いを意識しているのかと思いつつも、一方では、あまりに深い悲しみに押しつぶされないためにピエロになりきっているように見えなくもない……。

(「逆説的」という形容が正しいかは怪しいところですが、何と言うんでしょうか……向こうが押してくるから押し返す、では反発し合う力が強くなるだけ。向こうが押すなら引こうじゃないか、という感じ。おしゃべりだからこそ、無言劇が活きる。悲しいからこそ、笑わせる道化になる……等々。そんな印象を受けたからこそ、逆説的だなんて言い出してしまいたくなったんです。)


  もちろん、これら全てが僕の想像の域を出ないのですが、そんな逆説的(?)な考え方をしていたのは、実のところ僕だけではないとも思っているんです。ユダヤ人への迫害が激化する中、マルセルと共に逃亡を続ける仲間の一人が「ナチスへ復讐する」と言い出す。自身の命を賭してでも彼奴らに抵抗するというのだ。そんな仲間に彼がかけた言葉——「真の抵抗は連中を殺すことじゃない命を繋ぐことだ」——こそ、本作に大きな力を与えるセリフの一つ。



 とまぁ、見所は他にもたくさんあるのだけれど、そんな本作の魅力を構築する縁の下の力持ち的な役割を果たしているのが、全編を支配している緊張感。 冒頭から緊迫感あるシーンでトラウマを植え付けること自体も効果的なのですが、何よりヒヤヒヤする時間が長い。しかも中盤になって、ひと時の安寧というか、ほんの少しだけ、ようやく息を付けるかと思った瞬間にまた襲撃に遭う。それこそ冒頭と同じ就寝のタイミングだからこそ、よりトラウマ感が強くなり、終わらない恐怖を突き付けられる。さらに、残酷なシーンのほとんどが直接映し出されず、直前・直後のみの描写になっているのも気味が悪い。グロい訳じゃないのにむしろ残酷に感じる。映倫の区分がGだからと言っても甘く見ない方が良い。この “見えていない恐怖” は、恐怖で気が休まらない彼らの心情ともリンクしているかもしれません。



 作品のラストに流れるクレジット——「私たちは忘れない」——は、生き延びるために命を賭した者たちが居ることを忘れてはならないというメッセージの他にも、「同じ過ちをおかしてはならない」という意味合いも感じられます。それは、今のコロナ禍による制限された日常が、分断や排除の始まりになってはならないということなのかもしれません。

 マルセルのセリフでもう一つ好きなのがあるんだ。「人生は美しい、分かち合えばね。」


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