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映画『ジョーンの秘密』感想

予告編
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PG-12指定


 本日、8月6日が何の日なのか……。

 過日、というか今も、『バービー』の件が世間に波紋を呼んでいますが、ここ数年のアメリカのビッグタイトル作品の中でも、表現や描写、見解が割れている印象もあるので、やっぱり個人個人によって認識はバラバラなのだなと、改めて思わされました。

 ノーランの『オッペンハイマー』も気になるところですが、日本での公開が未定ってのもね……噓でしょ、って思ってしまう。


戦争と平和の根底


 本作は、実在した女性スパイであるメリタ・ノーウッドの実話から生まれた物語。——高齢女性がスパイ容疑で逮捕される——イギリスでは有名な話らしのですが、正直この事件については初耳(不勉強ですみません)。邦題を原題通りの『RED JOAN』ではなく『ジョーンの秘密』というタイトルに落とし込んだのは、裏切り者を “アカ” と呼ぶ感覚が若い世代にあまり浸透していない(少なくとも僕はそう感じている)という理由もあるのかもしれませんが、政治的なジレンマと自身の感情の間で悩みながらも、およそ半世紀もの間ずっと秘密にして隠し続けてきた主人公ジョーン(ジュディ・デンチ)を表しているようで、個人的にはとても良いと思います。あらすじや題材から政治色が濃い印象があるけれど、それ以上に、一人の人間の信念や信条、覚悟などを強く感じられるドラマでした。


 ジョーンに突然かけられたスパイ容疑に驚いたのは、世間以上にきっと家族。彼女の息子で弁護士のニック(ベン・マイルズ)は、彼女の取り調べに立ち会う。その取り調べの過程で明らかになっていく事実を彼女の過去のシーンとして描いていくから、観客はニックと同じタイミングで真実に近付いていく感覚になる。だから事前情報無しで観た方が楽しめると思います。僕も気を付けながら述べていくつもりですが……、まったくのネタバレ無しってのは難しいかもです、はい。悪しからず。



 何も知らないまま原爆の開発に携わっていたジョーンは、その情報を他国へ流す。一見すると彼女が周囲の仲間や友人を裏切っているように見えるこの事実を物語の冒頭で提示し、何故、彼女がそのような判断・行動に至ったのかという記憶を追体験しながら探っていくような映画。

 ジョーンは確かに、若い頃に出逢い、彼女に機密情報を提供するよう迫ってきたレオ(トム・ヒューズ)と親しい間柄だった。しかし、心情的にもかなり彼に傾倒してはいたものの、政治的思想までは傾くことはなかった。彼女は政治的活動と恋を混同しない。一貫して、自身の気持ちや倫理観を信条にしていたのがよくわかります。

 国家機密を抱えている感覚なんておよそ想像し難いですが、そんな尋常ならざるプレッシャーを跳ね除ける程のある事件が起こる

 政治的なやり取りは混ざり合ってはいるものの、それまでに描かれてきたレオとの物語にはロマンス的な魅力がありました。無論ロマンスに限らず、誰もが持っているそういった心・想いを、その生命共々無慈悲に、そして一方的に奪い去るその瞬間は、彼女にはあまりにも衝撃的で残酷だったに違いない。自分が開発に携わったものがもたらしたもの。実際に使われるとは思わず、何も知らないまま加担していたこと……。こんなこと普通、耐えられるだろうか。心が壊れてしまわないだろうか。察するに余りある。




 本作には、政治的な主義主張を演説するシーン、或いは議論、口論するシーンが幾度もあるために言葉の一つ一つの圧が強く感じられることが多いですが、それでも尚、彼女が口にする「……HIROSHIMA……」という、たった一言の重みの方が強い。裏切りの理由について、前置きも後付けもすることなく、振り絞るように口にしただけのこの固有名詞に、様々な事実や想いが含まれているのだと理解させてくれる。会話の緩急としてのこのセリフの持ち出し方も、今にも崩れ落ちそうなジョーンの表情も込みで、本作中で最も印象的なセリフでした。



 彼女がした行為は、国家的にみれば大犯罪。しかし、愛や正義を真正面に感じられるもの。ラストシーンでニックが口にしたように、誰もが口にするだけで、実際には成し得られない理想を、罰や糾弾といった様々な罪を一身に受けてまで体現・実現しようとした。そしてだからこそ、“人類は戦争するもの” という前提であるかのような解答にも感じられてしまう彼女の行為が、戦争と平和の根底にある虚しさを浮き彫りにしているようで悲しくもある。

 本作で描かれる秘密は、まだまだ女性が過小評価されていた時代の物語。けれど、男の尾行を巻くためにランジェリーショップへ入ったり、隠し持っている物をごまかすために生理用品を利用したり等々。男尊女卑というか過小評価されている風潮までをも逆手に取り、不遜な男どもの節穴を掻い潜っていく様も面白い。スパイ系ならではのバレるバレないの緊張感。その他にも、現在から過去のシーンへの切り替わりや時間経過の表現パターンなど、小さいながらも丁寧な描写も際立つ一本でした。


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