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映画『ファーザー』感想

予告編
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過去の感想文を投稿する記事【16】


昨日……、Yahoo!ニュースで知った ”ブルース・ウィリス 認知症” の報。

昔から知っていた俳優の老いた姿には色々と思うことがありますよね……。


ということで、
今日は、名優アンソニー・ホプキンスが認知症の父親を演じ、第93回アカデミー賞主演男優賞等、各アワードを受賞した映画『ファーザー』の感想文です。


疑似体験


 劇場を後にして、しばらくするまで、言葉が出て来なかった(とはいえ、これからダラダラと感想を述べるのだが)。 これはマジで凄いと思いました。久しぶりに圧倒された、され過ぎた。「最高の演技だ」「並外れた傑作」等々、予告編で流れる芸能誌や有識者の高評価に何一つとして嘘偽りは無かった。

本作は、認知症の父親とその娘(家族)の物語。『長いお別れ』『明日の記憶』など、認知症について描いた作品は他にもあるし、認知症についてのドキュメンタリー作品だって数多く存在するけど、本作はそのほとんどが認知症患者である父親目線。(原音までは聞き取れていないけれど、あくまで字幕上では)一度も「認知症」という言葉自体は出てこなかったのも印象的。その言葉を用いず、患者自身の視点で描き、「これは認知症だ」と理解させる。

日本での公開前にオスカーが発表されたこともあり、認知症についての物語であることは事前に知ってはいたものの、観客に「あれ?」と思わせる、すなわち “この男は認知症なのだ” と思わせる瞬間がもうね……。なんだろ、ホラー映画やサイコスリラーを観ている時のような “ヒヤッ” とか “ドキッ” とするあの感覚に近い。



 他人を認識できない、自分の観ている景色、それどころか感覚の全てがおかしくなっている。個人的には、壁の色が変わっているのが一番印象的だったかも。他にも「あれ?おかしいぞ」という主人公視点の違和感で際立つものはたくさんあったものの、壁の変化については誰も言及しておらず、気付いているかいないか微妙な加減の変化になっていたからこそ、その症状の恐ろしさが際立つ。変な言い方だけど、壁の色の変化なんて気付かなきゃ良かった、と思うくらいだ。



 娘の名前はアン(オリヴィア・コールマン)。そして主人公である父親の名前がアンソニーっていうのもね……。ホントに性格が悪いよ。もちろん褒めているんだけども。アンソニー・ホプキンスは誰もが 知っているような超名優。彼が出演した名作と共に、若かりし頃の姿も鮮明に記憶に残っている人も多いことでしょう。そんな彼が、“アンソニー” という、自身と同じ名前の役を演じることは、「あ、知り合いあの人が……」みたいな、老化への悲しさを助長する。

誰もが迎えるはずの “老い” に対する悲しみ。これは当事者、ないしは、知っている人物が老いていくからこそ起きてしまう悲しみ。それこそファーザー=父親を想起せずにはいられない。子供の頃に遊びに行った、お説教された、お土産を買ってきてくれた……。父親との様々な記憶が多ければ多いほど、父親の老いた姿に一抹の悲しさを覚える。その疑似体験と言っても過言 ではない。名作映画と共に記憶に残るアンソニー・ホプキンスの若かりし姿。その記憶があるからこそ、本作の主人公・アンソニーの老いた姿に悲しさを覚えるに違いない。

認知症患者の視点で描くことで、その症状を疑似体験させると見せかけて、本当の疑似体験はここにあったのかもしれません。



 理由についてはネタバレ防止のために伏せておきますが、基本的には彼の家の中だけを舞台に描かれていく本作。そんな狭い舞台の中で、同じ画角を用いた演出が素晴らしいのも魅力の一つ。「あれ?さっきと同じことが……」という混乱した思考も、間違い探しのように同じ画角だからこそ変化に気づき易くなる。

中でも印象的に感じたのは、特にセリフも無く些細な仕草なんだけど、ビニール袋の扱いについて。不要になったビニール袋をとっとと捨てる娘・アンに対し、アンソニーは不要なはずのビニール袋を何故かポケットにしまい込む。その後のシーンでビニール袋という伏線を回収することもないにも関わらずだ。
別のシーンで、アンがコップを落として割ってしまうシーンがある。暗い部屋の中、認知症になってしまった父を想い、悲しみに暮れている彼女は、そのコップをゴミ箱へと捨てる……。その一連のシーンは、どんなに辛くても、壊れてしまったもの、もう元には戻らなくなったものは捨てるしかないと言わんばかりのシーン。そんなシーンがあったからこそ、アンがビニールを捨てるのに対し、アンソニーが捨てられずに持ち続けようとする姿には考えさせられるものがある。



 怪我や大病ともまた違う苦しさがある本作。症状とは対照的に、本人の体はピンピンしている様は、先述の疑似体験的感覚から派生して、自分の両親や親類縁者に対する不安を駆り立てる。その一方で、当事者視点で描かれ、実は本人も辛い気持ちになっていることがわかると、他人事ではなく自分自身に対する不安まで襲って来る。

ラストシーンも素晴らしいのだけれど、ここは是非とも実際にご覧になるべきかと。予告編の文言丸パクリだけど言わせて。“これは並外れた傑作だ”。


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