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映画『存在のない子供たち』感想

予告編
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PG-12指定


5月25日より、Huluにて配信予定の本作。

 四年前のことなのでハッキリとまでは覚えていませんが、確か一部口コミで話題に上がっていたので観に行った記憶があります。

なかなかハードな内容でしたので安易にオススメはしないことにしますが、とても素晴らしい作品だと思います。


ロングフルライフ


 インド人の男性が “許可なく自分を産んだこと” を理由に両親を訴えた話がニュースになったのは、たしか今年の初めか春先くらい。反出生主義なんて論理は初耳だったのでよく覚えている。要は “生きていることそのものが苦痛なのに勝手に産むんじゃねえよ” って話で、突飛な物言いだとは思ったけど、この手の主張は昔から幾度となく唱えられていて、ある程度有名な哲学の一つらしいんだけど(不勉強ですみません)、正直に言えば日本、少なくとも僕の身近なところではちょっとした「中二病」の類と同等に位置付けられるのが関の山という印象。

 理由は違いますが、本作の主人公ゼイン(ゼイン・アル・ラフィーア)も同様の訴えを起こした。だが本作を観た後で、誰が彼を「中二病」などと揶揄できようものか。見えていなかったもの、見ようとしてこなかった不都合な真実と向き合う物語。フィクションなのにドキュメンタリーにも引けを取らない、作品としての強度を感じる1本です。



 ドラマ部分の多くがゼインの目線で描かれていく本作は、見ているのがつらくなることばかり。けれど目が離せなくなる。現状を露ほども知らない自分が言っても説得力が無いけど、それはこの映画にそれだけのリアルが詰め込まれているからかもしれません。遠くに臨む高層ビルの陰に隠れ、行き交う人々の中でもみくちゃにされるかのようなゼインらの暮らしは、まるで『万引き家族』を彷彿とさせる。そんなもの(問題)は見えていないだけに過ぎないのだと。明らかな格差や不平等、彼の苦労・苦痛を間近で描いていく物語の冒頭、そして間隙に挟まれる俯瞰のショット——どことなくグーグルアース等の衛星写真を連想させるかのような絵面(えづら)——は、正にタイトルが意味することの象徴。

――情報社会となり視野が広くなった、さらには行ったことも見たこともない場所のこともすぐに調べられるようになった――

……そうやって高みの見物を決め込むだけでは見えてこない、見つけられない。このタイトルは、経済的困窮が故に身分証、出生証明書も無いという彼らの書類・データ上の事実をそのまま言葉にしただけではない。こんな問題があるのに気付けない。だから知ろうともしない平和ボケしている自分のような人間の頭の中に彼、或いは彼らが “存在していない” というメッセージを突き付けてくるタイトルにしているんじゃないかな。



 先ほども述べたことですけど、多くが主人公のゼイン目線。感情移入すればするほど彼と同様、彼の両親を許せなくなる。少なくともゼイン本人が認識できるような愛情などは注がれず、暴力も振るわれていた。赤ん坊の足に紐を括りつけて放置し子育ても二の次にしているのも彼は見ていた。でも房事には勤しむもんだから、また子供が増えるかもしれない。明言はされていなかったけど、あの経済状況だ、避妊など徹底しているとは思えませんでした。

けど実のところ、ゼインも決して褒められたもんじゃない。見知らぬ子供の物を力づくで奪い取ったり、赤ん坊の足に紐を括りつける等、親がしていたような非倫理的とも呼ばれてしまうようなこともしている……。


 しかし一歩退いて冷静に見てみれば、客観的な物差しだけで批難して良いものではないとも思わされる。どちらも生きるために仕方なくそうなってしまっただけ。どう贔屓目に見ても変えようの無さそうな自身の運命の手綱を握ろうと足掻く過程でそうなってしまっただけ。親を訴えるところから始まり、彼の記憶や過去を追体験していると勘違いしてしまいそうになるけど、どちらかが “一方的な悪ではない” んじゃないか。だからこそつらくなるし、そして同時に、先述の俯瞰ショットを見て「世界にはゼインのような家族がたくさんあるのだ」と思わされます。



 恵まれない状況・環境下で他人の優しさに触れたり、妹や家族を大切にしてきたゼインは、間違いなく “人を愛すること” を知っているはず。そんな彼が「苦痛しかない」と口にする姿は本当に胸が痛くなってくる。反出生主義だとか難しい言葉を用いらない、12歳という年齢だからこそのシンプルで真っ直ぐなこの訴えが、世界にはまだまだたくさん存在するんだと教えてくれる映画です。誤った人生だと、生まれてきた人生を間違えたと、子供に思わせてはいけない。心からそう思います。


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