記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

映画『ディア・エヴァン・ハンセン』感想 

予告編
 ↓ 


正体


 ブロードウェイで大ヒットしたミュージカルを映画化した本作。ブロードウェイ版と同じくベン・プラットが主演を務める本作のことを知ったのは、映画館で観た予告編。たかだか一分程度の映像だけで感動してしまう内容だった。

けど、はっきり言って、思っていたのとは違った。

『ラ・ラ・ランド』(感想文リンク)や『グレイテスト・ショーマン』の音楽チームが楽曲を手掛けている →「楽しそう」、
予告編用に短く要約された一見すると感動的なあらすじ →「きっと素敵な話」……。

そういう短絡的な気持ちで観に行ってしまった。甘かった。 本作はそんな簡単な映画じゃなかった。一つの嘘をきっかけに始まる本作に対し、“嘘をつく” という行為そのものへの嫌悪感から、一部で批判的な感想が出ているみたいだけど……、 そういう事じゃないんじゃないかな。

とはいえ、そう簡単に言葉だけで説明できない。主人公が ”嘘をついたから”、”悪いことをしたから” 本作を否定したくなるのか?
でも本質はそこじゃない。ラストに映されるテロップにこそ、本当の意味があると思う。



 本作の主人公・エヴァンは、たしかに悪いことをしたけど、悪人ではなく、弱かっただけのように見える。物語の途中で明かされるのだが、彼は、もうこれ以上受け止められないくらいに心が弱っていた。

「家族との時間や心を許せる友人といった、自身が持っていないものへの憧れがあった」などと語る瞬間もあったけれど、それ以上に、ちょっとした波風に晒されることですら苦しく感じてしまうくらいの精神状態だった。


 物語のきっかけとなる嘘は、ある種の〈逃げ〉なのだが、既にその時点で別の “逃げること” に一度失敗していた彼は、ギリギリの状態だった。
この嘘は、学校でつらいことがあっても親に対しては「楽しかったよ」と言って誤魔化すことと根本的にはとても近い。

しかも幸か不幸か、彼は嘘でその場を凌げるくらいには賢かった。実は頭の良い人ほど考え過ぎて自分自身を追い込んでしまう。そして悪人ではないからこそ、事態が好転すればするほど、罪悪感が増長していく。そして弱さが生み出す、逃げ出したくなる気持ちが、問題に踏み込ませずに、時間に解決を委ねさせてしまう。



 本作の監督であるスティーブン・チョボウスキーの過去作『ワンダー 君は太陽』(感想文リンク)、『ウォールフラワー』(感想文リンク)でも感じた、青春の魅力の中にある残酷さみたいなもの……。(うまく言えない……)
先述した〈逃げ〉のような感覚に近い、人の心の弱さがその正体だったんじゃないかと思えてきた。

感動的に感じられるのは、物語で描かれるつらさを生み出す残酷性のため。特に本作は、弱い人の気持ちを知っている人ほど胸に刺さる。そして、嘘がきっかけとはいえ多くの人に「自分は一人じゃない」と気付かせたエヴァンの姿は、本作を観ていた人達の中に居るかもしれない誰かに対しても「君だけじゃないよ」と言ってくれているようにも映る。



 実は、故・三浦春馬さんが日本版『ディア・エヴァン・ハンセン』の舞台の主演を熱望していたんだとか……。だからなんだってわけじゃないんだけどさ、あくまで一例、しかもフィクションではあるけれど、本作で描かれる内容が、誰かを救うものになり得ると思っていたからこそ熱望していたんじゃないかな。

この映画への批判は良い。映画なんてそういうものだし。ただ、その批判する性質みたいなものの中には、コナーのような結果を招きかねない性質がある。それを知っていたからこそ、コナーの母親はエヴァンを吊るし上げて晒すような真似をしなかったに違いない。



 この物語をミュージカルではなく、普通のドラマとして撮っていたら、どうなったのか。本音を言葉にできないエヴァンという人間をリアルに描いていたら、彼の心情を読み取ることは至難の業だったはず。歌唱という、ある種の独白にも近い表現が可能なミュージカルだったからこそ、この物語が活かされていたんじゃないかな。

各所で出てくる「隠すのが上手いだけで本当はつらい」「失敗しないように最初からブレーキ」等々、弱さを曝け出した歌詞も胸に刺さるのだけれど、同じ歌詞が歌い手やシーンによって違う方向に働いているのも素晴らしい。



 エヴァンが木の上に登っていた回想シーンでは、エヴァンが何を見ていたかは映されなかった。本音かどうかはわからないけれど、「世界を見てみよう」という理由で木に登ったエヴァン。けれど何も見えなかったのだとわかる。だからこそラストシーンで映された、広々とした自然の風景がより美しく見える。

 彼が指す「世界」はどんなものなのか。少なくとも、木に登っていた頃よりは視界が広くなっている、彼の世界が広がっているのだと教えてくれるラスト。一人で抱え込んでいては見えない、気付けない世界があるのだと、 苦しいだけが世界じゃないのだと、最期の最後になって示してくれた本作のメッセージが、ラストに流れるテロップにちゃんと繋がっていたと思います。


#映画 #映画感想 #映画感想文 #映画レビュー #コンテンツ会議 #ネタバレ #自殺 #ディア・エヴァン・ハンセン


この記事が参加している募集

#コンテンツ会議

30,711件

#映画感想文

66,387件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?