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『Mrs.バタフライの憂鬱』 #2020のゆくえ


「ないっ!!!どこにもないっ!わたしの“宝石”がないわ!!!」


Mrs.バタフライは、白い大理石であつらえたご自慢のジュエリーボックスを覗いて、声を荒らげた。

「わたしの“No.11”がないわっ!どうしましょう!!!」

天をつんざくほどの金切り声は、屋敷中に響き渡った。




このMrs.バタフライ、

“世界中のめずらしいもの”と
“目に見えないもの”と
“落語”と

を愛する、ちょっと風変わりな婦人であった。




この婦人が最近入手したお気に入りのコレクションには・・・


『365日いつでも金言を聴ける真空管ラジオ』

『月下美人と謳われた絶世の美女が記した幻想的な物語』

『伝説の数学者の数字遊びと言葉遊びで綴られた推理小説』


等があり、数え挙げればキリがないが、彼女の遊び心をくすぐり、ハートを満たすような世界中の名品が、毎日のようにバタフライ邸へと届けられるのであった。




さて、この風変わりな婦人が大慌てで叫んでいるワケ。

それは、近頃入手したばかりの『2020』と銘打ったジュエリーボックスの中身のことだった。

このボックスに収められた宝石の1つが見当たらないというのだ。




「ないわ!あんなに大切に保管しておいたのにどこにもないっ!」

半狂乱なMrs.バタフライを目の当たりにして、執事のルーベラも手を焼いてほとほと困り果てていた。

「奥さま。あの11石の宝石たちには意思があると聞いております。この屋敷の厳重な警備をかい潜れるとは思いません。自ら逃げ出したのではないのでしょうか?奥さまもご承知のことでしょう?・・・石だけに“意思”があるってね。」

キっっ!!!

と、執事ルーベラを睨む、Mrs.バタフライの目付きの鋭いこと。

と、次の瞬間、瞳を潤ませ・・・

「ソレ、おもしろくなーいっ。山田くんだって、座布団運ぶモチベーションがダダ下がるよ?さらには、いしまる家のご令嬢ゆき様に愛想尽かされちゃうよ?ねぇ、ルーベラはうちで働いて何年経つの?その笑いの取り方でこれからもうちで執事をやっていけると思ってるの?ね?ねえ?!・・・って、そんなことより、わたしの“No.11の宝石”を返してよぉ~~っ。うわ~~んっ!」

と、涙ながらにルーベラに八つ当たりをする。

(・・・あーあっ。また始まっちゃったよ~。めんどくせーっ。カンベンしてくれよお。)

と思いつつも、ルーベラはなんとか取り直して、Mrs.バタフライを落ち着かせようと試みた。

「奥さま。もし“No.11”が自らの意思で脱走したのでなければ、もしかすると、最近巷でウワサの怪盗アルフォート・ルパンの仕業かもしれませんよ?ブルボン警部に連絡を入れてみますね!」

「ダメよ!!!ブルボン警部なんかに頼んだら、捜査のツメが“甘く”なって“瑕疵(菓子)”があったら大変だわ!」

「よっ!奥さま!上手い(美味い)!」 (*’ω’ノノ゙☆パチパチ・・・

そこには、ピタリと泣き止んでニコリと無邪気な笑顔を見せる婦人と、毎度同じやり取りにぐったりと辟易した執事の姿があった。

「では、甘い捜査だと困るので、ピリリっと辛いペッパー警部に連絡入れておきますね!」

「それもダメよ!ペッパー警部なんて、ダメよ、ダメダメ~~!」

(・・・なんか古っ)

「ペッパー警部なんて、ちょうどイイ感じにイチャイチャしてる若いカップルに“もしもし、君たち帰りなさい”と声かけて補導してるだけぢゃない。警部なのに巡査の仕事しかしてないぢゃない!いや、むしろ巡査の仕事どころか、夜回り先生の仕事ぢゃない!いやいや、若い二人の恋の邪魔しかしないぢゃない!」

(あ。そこは、掛詞とか無いわけね。へー。)




「そういえば昨日竹千代さんが『ねずっちの大喜利はすごい!』って言ってたわ!ダブルミーニングどころか、即興のお題で、瞬時にトリプルミーニングのなぞかけをつくるんですって!・・・ね!ルーベラ、あなたも演ってみせてよ!」

憔悴しきった執事の顔を、期待の眼差しで覗き込む女主人。

「それは使用人のわたしではなく、然るべき方に頼めばいいでしょう?先日、この屋敷にも届いたではないですか。『伝説の数学者が綴ったトリプルミーイング都々逸集』

「あぁ!そうね!そうよね!あなたもたまにはいいこと言うわね!彼ならば、トリプルミーニングの大喜利だけでなく、都々逸まで唄ってくれるからね! いつか“心灯ギャラリー”にコレクションを集めて飾りましょう!」




“心灯ギャラリー”とは、屋敷に併設されたMrs.バタフライが運営する画廊兼美術館である。

そう。この度、忽然と消えたNo.11が収められていたジュエリーボックス『2020』も、この“心灯ギャラリー”に1番の目玉として展示されているのだ。

Mrs.バタフライは、確かに気分屋で我が強く変り者であったが、世の中のあまたの芸術作品をこよなく愛していたし、“心灯ギャラリー”に収蔵されたコレクションたちには格別の愛情を注いでいた。ただ、その愛し方は常軌を逸している部分もあり、博愛的だからこそ偏愛的でもあった。

また“ギャラリー”を営んでいるにも関わらず、 “目に見えないもの”には殊更の価値を置いていた。

「本当はね、“人の心”がキャラリーに陳列できればいいなと思っているの。あたたかくて優しいハートがたくさん集まると、世界を明るく照らすことができるはずだわ。でも、“人の心”は目に見えないからこそ意味があるのだし、手に取れないからこそ貴重だと思うの。」

これは、Mrs.バタフライの口ぐせであり、執事のルーベラは耳が腐るのではないかと思うほど繰り返し聴かされていた。

「まるで香りみたいね。そこにあって香るのに、手に取れないし目にもみえないわ。でも、確実に存在を感じられるし、わたしを癒してくれる」

Mrs.バタフライは毎日お香を欠かさず焚いていた。

それは、香りが好きだからと言うことに止まらず、物質主義的な世の中において“見えないもの”を感じ取れる敏感さを失わないための意識付けでもあった。

人からの施しや愛情は目に見えないけどもそこにあるし、手で触れられないけどもそれを無下にはしてはいけない。そう、Mrs.バタフライは、無意識下で日々自身にそれを刻んでいた。

愛情深さや持論が面倒な女主人であったが、それがどこか憎めないところもあり、ルーベラはこの屋敷を離れられなかった。




「ねぇ、ルーベラ。“No.11”はどうして無くなってしまったのかしら。本当にアルフォート・ルバンに盗まれてしまったのかしら。わたし、すごく大切に思っていたの。すごく愛しいとさえ思っていたの。わたしもこの11石の宝石たちには意思があることはよくわかっている。だからこそ、毎日大切に磨いて、言葉をかけていたわ。なのに・・・。」

Mrs.バタフライは肩を落とした。

ルーベラは、これほどまでにひどく落ち込む女主人を見るのは久しぶりであった。

「奥様は全てのものに愛情過多なのですよ。それが必ずしも相手にとって幸せなこととは限りません。時に重荷になって苦しめることだってあるのですよ。」

「・・・む。」

(もうっ、いい大人なんだから、むくれるなよな・・・)

やれやれと思いつつも、ルーベラは子供を相手する温度でMrs.バタフライに提案をしてみた。

「奥様。他の10石の石たちに“No.11”のゆくえを尋ねてみてはいかがですか?何か知っているかもしれませんよ?」




そう、このジュエリーボックス『2020』に収められている石たちは、本当に“意思”を持っていた。石だけに。

磨いて撫でて息を吹きかけると、色を変えてキラキラと煌めいた。
また、幻灯のような仄かで曖昧な光の中に文字を浮かび上がらせることができた。
中には言葉を発する石もあり、“落語”を聴かせてくれる石まであった。
シャイな石は、Mrs.バタフライにだけに聴こえるように耳元で囁くものもあった。


個性豊かな面々が揃っていた。

意思や価値観がそこにはしっかりとあり、本当に“人格”というか“石格(?)”を持ち合わせていた。

女主人が悲しげな表情でジュエリーボックスを覗き込むと、微かに石たちがざわついているように見えた。

やはり、この10石の石たちも気になっているのだ。
残りの1石がどんな理由でどこに消えたのか。




リリリリリーンっ!

屋敷に電話が鳴り響く。

その呼び鈴は、隣街に暮らすルマンド伯爵の奥方であるエリーゼ夫人からであった。

「Mrs.バタフライにご相談がありますの。先日、そちらの心灯ギャラリーで見かけた“No.11”の宝石をお借りしたいんですの。今度うち娘のホワイトロリータちゃんのパーティーがありますでしょう?その会場にぜひ飾りたいんですの。娘がとっても気に入っておりますのよ。もう肌身離さず毎日抱きしめていたいくらい大好きだと!もし宜しければ買い取りたいくらいなのですのよ。」

エリーゼ夫人は、Mrs.バタフライに輪をかけてクセのある御婦人であった。今時そんな上品ぶった下品な喋り方をする夫人はとんと見かけない。

「エリーゼ夫人、ごめんなさい。“No.11”が黙って突然消えてしまったのです。わたしも悲しくて悲しくて。なぜこんなことになってしまったのか。」

「んまぁ!それは一大事ではないですの!Mrs.バタフライがあんなに必死な思いで作り上げた“心灯ギャラリー”の目玉展示物である、ジュエリーボックス『2020』の宝石が無くなっただなんて!大事件だわ!!!アルフォート・ルパンの仕業かしら?!ブルボン警部にはご相談なさったの?!」

エリーゼ夫人は、ヒステリックで食い気味に受話器の向こうで叫んでいる。彼女が騒げば騒ぐほど、Mrs.バタフライの心は曇っていった。

「“心灯ギャラリー”はわたしの力だけで作られたものではないんです。かつて東方の三賢人がつくってくださったと言っても過言ではないわ。そして、ジュエリーボックス『2020』は、隅から隅まで全てが特注でしたから、誂えるのにとても骨を折ったのは事実ですわ。」

Mrs.バタフライは、ため息交じりの深呼吸をして続けた。

「・・・骨を折った、苦心した、なんてことはどうでもいいのです。そんなことよりも、エリーゼ夫人やホワイトロリータ嬢のように、わざわざ時間と手間をかけて心灯ギャラリーに足を運んでくださって、心からジュエリーボックス『2020』の宝石たちを愛してくださるお客様たちになんとご説明差し上げれば良いのか・・・。そして、心灯ギャラリーを愛し、“No.11”の宝石に熱い想いを傾けてくださるホワイトロリータ嬢のお気持ちを考えると本当本当に申し訳なくて・・・。」

事の状況を理解してもらい、エリーゼ夫人との電話を終えた。

受話器を置くと、堰き止めてあった何かが決壊するように、ごちゃ混ぜになった感情が涙に変わってどっと溢れ出した。

それを見ていたルーベラが、慰めるようにそっと女主人の肩に手を添える。ますます抑えきれなくなった感情に任せて女主人は口を開く。

「わたしは、エリーゼ夫人やホワイトロリータ嬢のように想いを傾けてくださった人々の気持ちや時間をにじってしまう結果になったことが、申し訳なくて悲しいの。そして、何より、ジュエリーボックス『2020』に残る10石の宝石たちに申し訳が立たないの。」

《どうして?どうして?》

ジュエリーボックスの中の宝石たちが、Mrs.バタフライに不思議そうに尋ねてきた。1箇所だけ空いてしまったジュエリーボックスを見つめるMrs.バタフライ。

「一瞬でも、素晴らしい10石のあなたたちと同じように愛情を傾けてしまったことが悲しいの。あなたたちはわたしにとってこの上なく特別な存在だから、そんなあなたたちと同様に扱ってしまったことが悔やまれるのよ。」

すると“No.10”の宝石がぽつりと呟いた。

《オレ、なんとなくだけど“No.11”の気持ち、わかるような気がする》と。

「・・・そっかぁ。ごめんね。わたしにはやっぱりわからない。でも“No.10”が納得しているのなら、少しだけわたしの気持ちも晴れるわ」

止まらない涙のままMrs.バタフライは、頼りない笑顔をつくって見せた。その弱々しい笑顔にかかる涙をそっと拭きつつ、笑い飛ばすようにルーベラが言う。

「無くなった1つのためだけにこんなに涙を流すだなんて、それだけ未だにアレに想いを傾けているってことですよ?気持ちも時間も勿体無いではないですか。それよりも、自分の意思を持って、どこにでも行けてしまうような石たちが、まだ10石もジュエリーボックスから消えずにいてくれることに感謝して、慈しむ方が良いのではないですか?」

「・・・そうね。そうよね。ルーベラに示してもらえないと気付けないだなんて、わたしもまだまだだわ。今、あるものを大切にしてゆきたいわ。次はこんな悲しい想いをしたくないし、誰にもさせたくない。さてと、次の準備準備・・・っと!」




暑い暑い夏はとっくに終わっていた。

もう、涼やかな秋風が走り抜ける季節が始まっている。

この夏の全ては、終わったのだ。

そして、その終了の余韻は“新しい何かの始まり”を感じさせるのに十分だった。





to be continued・・・?






ところで、『ブルボン』のお菓子って、昭和のおばあちゃん家の香りがムンムンなのに、なんであんなに美味しいんだろうね☆

ちなみに、わたしの愛読書はコレ♪

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『ブル本』

・・・シュールゥ♪










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