Raku Ishii/石井 楽

小説を書いています。 毎週日曜日、小説作品「蛆虫の歌」9/3〜

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蛆虫の歌 12(終)

  12  僕も愛理もお互い孤独であったからこそ孤独から抜け出すことが出来た。そんな矢先僕の元に一本の連絡が入った。 「もしもし、大野雪成さんのケータイでお間違えないでしょうか?」 「はい。どちら様でしょうか?」 「私、新田康太郎の父親の康次(やすつぐ)と申します。」 全く予想していなかった相手からの連絡であった。 「あ、普段お世話になっております。」 何故全く関わりのない康太郎の父親から連絡が来たのだろうかと

    • 蛆虫の歌 11

      11  時間は少し早いが、早いからと言ってそれを理由に帰るのは無粋だろう。 「行っていいんですか?」 と僕が言うと 「うん。今日は遊ぼうよ。」 とあっさり返した。  会計を済ませ僕らは店を出た。僕はこの胸の高鳴りを一生忘れることは無いだろう。完全に浮ついた僕と、飲みやすいながら度数の高いお酒を飲んだためか少しほろ酔いにも見える先輩。恐らくは傍から見たらただのカップルに見えるであろう。  店を出た後

      • 蛆虫の歌 10

        10  こうして自らに修行として一人である時間を設けた。この目論見はどうやら上手くいったようで、音楽を聴いたり読書をしているうちに瞬く間に時間が過ぎ去っていった。 「瞬く間に時間が過ぎ去っていった」というのはどうやら本当にその通りのようで、一人の日々をただひたすら繰り返していたら気が付くと一週間経っていた。そのことに気が付かせてくれたのもアイリ先輩であり、土曜日に二回目のデートをす

        • 蛆虫の歌 9

          9  この一ヶ月は僕の人生史上の最低到達点と最高到達点を同時に記録する稀有な一ヶ月となった。もう少しもすれば長い冬を抜けて春一番が訪れる。これを僕に例えるなら、春一番という冬の置き土産は自殺未遂であり、それを抜けた先にある暖かな春の陽気は僕の人間関係の好転を表しているのかもしれない。  現実の季節よりいち早く訪れたら僕にとっての春、人生史にも四季が反映されるのであればこの後にやがて夏が

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        蛆虫の歌 12(終)

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        • 蛆虫の歌
          11本

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          蛆虫の歌 8

          8  時刻は午前十時半、目覚ましは十一時半にセットされていたが遠足前日の独特の緊張感にも似た胸の高鳴りが予定していた時刻よりも一時間早く僕の目を覚まさせることとなった。こうしてアイリ先輩との約束の土曜日を迎えた。  とりあえずシャワーを浴びて歯を磨くという朝のルーティーンをこなし、普段は全く言っていいほど食べることのない朝食を食べる。食パンをトーストしてジャムを塗って食べるという

          蛆虫の歌 7

          7 数年ぶりの自慰行為から一週間が経過しようとしていた。今月二回目となった通院も以後良好であると認められ、当初予定していた通り一ヶ月間の通院で寛解とすることが出来るだろうと小俣先生は少し微笑んで話してくれた。あの程度で死ぬことはなかったとは言えあの行為は自殺未遂であることに変わりはなかったが、それから一ヶ月ほどの検診で虚勢ではなく真としてここまで前を向くことが出来ているのは中々例を見ないほどだとも言って

          蛆虫の歌 6

          6  こうして二曲目の歌詞も無事完成した。一曲目の初期衝動と二曲目の静かな情熱が結果的に僕の人間的な成長を表していて、その対極ともいえる情熱が心地よいバランスとなっているような気がする。早速この歌詞を康太郎に送り、曲のイメージ像や影響を受けている音楽なんかについても話し合った。 「オアシスみたいなバンドやりたいって言ってたの覚えてる?送った歌詞のイメージとは少し違

          蛆虫の歌 5

          5  目を覚ますと、天井が見えた。なんだ、天国にも天井があるのか。てっきり、天国には天井が無いものと勘違いをしていた。じゃあ、神はどこだ?いや、生前あんなに無気力にいきていた僕なんか神に謁見することなんて許されないか。じゃあ天使はどうだ?僕を迎えに来る天使くらいはいるはずだ。すると、耳元で声が聞こえた。 「大野さん目を覚まされました!」 なんだ、目を覚ましただけで誰かに報告するなんて中々いい待遇を受けてい

          蛆虫の歌 4

          4  昨晩、僕はまた人生の底辺に帰ってきた。僕の追い求めていた「最高の一日」はどこにも存在しなかった。ああ、神様。どうか僕に一日だけでも人間らしく生きる権限を与えていただけませんでしょうか。さもなくば人に僕と同じだけの不幸を、同じだけ冷遇して頂けませんでしょうか。何故、僕だけが不幸の対象なのでしょうか。そんなに自堕落は罪でしょうか。 もう、金輪際夕夏と純介を始めとした幼馴染に会うことは辞めにしよう。もうこれ以上

          蛆虫の歌 3

          3  創造と破壊、入力と消去の暴走の果てに何とか基となるプロットを完成させるに至ったが、どうやら僕が目指していたオアシスのような気高いリリックとはかけ離れてしまったらしい。それまでの経験やその人間から出る人間性といったものが自分とは何もかも違って、言葉が力を帯びるからこそ、僕だけでなく世界中の人間に感銘を与えるのだなと強く実感する。しかし、取り繕った気高さを表現できるほど僕に人間としての力は無いし、嘘はつきたく

          蛆虫の歌 2

          2  今日はなんだかいつもより体が軽い。いや、むしろ世の中の人々はこのくらいの重力の中に生きているのかもしれない、やっとみんなと同じ感覚を味わえているのだろうかと思うと、自分がまるで社会に人間として受け入れられたみたいで悪くはない気分だ。早朝四時半に眠って、午前十一時起床。ここ最近は過眠と不眠を繰り返していて、まともな睡眠時間で起きるのは本当に久しぶりな気がする。今までは、沢山寝たいときに寝れ

          蛆虫の歌 1

                      1  この街はまるでジオラマだ。昔、父親と作ったこの世のどこでもない山木に囲まれた小里のジオラマを思い出した。二年ほどかけて130cm×60cmほどにしかならなかったがとても精巧に良く作られていたため、どこかの駅に展示されたらしいが、一体あのジオラマは今一体どこに行ってしまったのだろうか。もう十二、三年程も前になるのか。きっとあの小里は山に囲まれているから、実際に存在する場所なら冬の寒さは凍てつくほどに寒いだろうな。なんで昔作ったジオラマのことなんて