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蛆虫の歌 4

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 昨晩、僕はまた人生の底辺に帰ってきた。僕の追い求めていた「最高の一日」はどこにも存在しなかった。ああ、神様。どうか僕に一日だけでも人間らしく生きる権限を与えていただけませんでしょうか。さもなくば人に僕と同じだけの不幸を、同じだけ冷遇して頂けませんでしょうか。何故、僕だけが不幸の対象なのでしょうか。そんなに自堕落は罪でしょうか。
もう、金輪際夕夏と純介を始めとした幼馴染に会うことは辞めにしよう。もうこれ以上僕みたいな社会の不用品と関わっても誰も得をしない。夕夏と純介はそのまま僕がいたことなんて、存在したことなんて忘れて幸せに生きてほしい。僕というのけ者がいなくなることで、彼ら二人が結ばれるのであれば喜んでこの世界から身を引こう。何なら、死ぬなら今が絶好のチャンスかもしれない。そう思い立って、手元に残っていた処方されていた向精神薬をこちらも手元にあったウイスキーで流し込んだ。
 少しも経たないうちに強烈な吐き気が僕を襲った。昨晩、公衆便所で胃が空になるまでゲロを吐いたせいか、胃酸ばかりが込み上げてきて、僕はゴミ箱の中にそれを垂れ流し続けた。次第に、意識が薄れてきた。猛烈に司会が歪んでいるのが目を瞑っていても分かる。ああ、どうやら僕はゴミ箱に頭を突っ込んだ情けない姿で死ぬらしい。けど、今まで情けない姿を晒してきた僕にとってお似合いの最後じゃないか。死んでしまった後のことなんかどうでもいい。警察が不審死扱いするであろうが、棺に入れられ燃やされてしまえば人間等しく誰もが骨だ。薄れゆく意識の中、僕の思考は人生最高速度で脳内を駆け巡った。どうやらこれが走馬灯というものらしい。
 今まで生きてきて経験したことの全てが一瞬の間に体中を駆け巡っている感覚がある。いや、どちらかというと僕が脳内に向かって凄まじいスピードで飛んで行っているのではないか。そんな感覚の記憶旅行を楽しんでいると、次第に青い光が見えてきた。その時、昔に僕と康太郎と佑介でマリファナを吸っていた時に、佑介が言っていたことを思い出した。
「人間ってさ、死ぬときに俺らには見えない波長の青い光を放って死ぬらしいんだ。それが本当かどうか分からないし、人間に見ることが出来ないんじゃ知ってても意味ないけどな!」
ああ、これが佑介の言っていた青い光か。眩いくらいに鮮やかな青だが、水のように透明にも見える不思議な青色だ。なるほど、これは確かに最も美しいといっても過言ではない青だ。しかし、こんなもの人が見ていい代物ではない。どれだけ世界を探し回っても、どれだけお金を持っていても現実には目にすることの出来ない、人間の命を代償に放つ最後のブルーだ。人生最後に最高と言っても過言ではない芸術を目にすることが出来た。ああ、いよいよ死ぬのか。
 こうして、僕はゴミ箱に頭を突っ込んだまま力無く倒れた。手元でケータイが鳴っているのが分かる。しかし、僕にはどうすることも出来ないし、気にしても意味は無い。何故なら、これから一人で死ぬのだから。

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