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【繊細さんに告ぐ】意図を忘れないことの大切さ。

こんばんわ!yomogiです。
栄養のこととは少し離れてしまいますが、それでもこれを講座やお話をする機会の時に私が忘れていなければ話すようにしています。
今はそれぞれが持った意図を書いて記してもらうことにしています。

それは、

どんなゴールや意図を思って、この学びをしたいと思ったのか?
このことを知りたいと思ったのか?
参加したいと思ったのか?

このことはほんとに繊細さんにとっては、とても重要です。
口をすっぱくしてもいいほどにです。

なぜなら、講座やお話の中では、人は頭の中で自分の生活や暮らしに沿って話を聞くようになっています。
そして、本来は、
例えば、自分の子供のアトピーのために学ぼうと思った。
とか、
家族のために、仕事のために、といろいろそれぞれあるんです。

が、講座、話の内容によっては、
実は自分の過去経験してきたつらい経験の方がフォーカスされてしまっていき(自分の頭の中で)、受講自体、お話自体が、なぜか責められているような感覚に陥ってしまうときがあるのです。(講師がそういう意図をもってないとしても。)

それは、自分の過去のつらい経験などに脳が反射的にフィードバックされたりしてて、
自分の親との関係、しいては、子供がいれば、自分が育ってきた子供時代など思い出されたりしていきます。

すると、なんで、親はこうしてくれなかったんだろう、
ああしてくれなかったんだろうって、
私はこう感じていたけど。。。

責めたくなるのです。

私は過去、ほんとにここに書くにはたぶん多くの学びをしてきています。(多分、私の中の勝手は統計ですが・・・。繊細さんほどたくさんの学びをしてきてる人が多いです。不足に目が行きがちなので、なにかで補ったり
自分や周りを理解するために…。でも、それをアウトプットできなかったりりしてる場合も多い。。。まずは、安心の土台です。と話がまた違う方向になるのでまた後日書きますが。)
その中でやはり、つい自分ごとに結び付けては、うちに帰ったら母を責めたくなったり、罪悪感を持ったりすることが多々ありました。

で、本来の意図は覚えていても、その脳が作り出す過去にフォーカスいっちゃっうわけなんです。(今現在は、状況が違ったとしても。)

過去に戻る癖が出始める人は、なんのために(きっと、それは未来のためだと思います)意図したのかをその都度、思いだす。



ほんとにそれを知るか知らないかで、その後が違います。

自分のことなのに、親が比較的、幼い頃から口を出してきたり、自分が決めることを放棄することが周りの幸せのためにやってきた人ほど、自己犠牲は当たり前なので、自分ではきづきにくい。

『からだ』も『こころ』もパフォーマンスよく過ごすことが自分にとってどんなメリットがあるのか、一旦考えてみるのもいいかもですね。

参考までに。yomogi
もしなにか質問や疑問があれば、ラインでお気軽に♪

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