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【クリスマス・イブ】 #924


僕はクリスマスイブだというのに一人で夜の街を徘徊していた
周りは楽しそうなグループやカップルが行き交う
楽しそうに皆んな笑顔だ

「聖なる夜かぁ…」

と小声で誰にも聞こえないように呟いた
白い息が出た
その後ため息をついたら
もっと沢山の白い息が出た


僕は先月長年付き合っていた彼女にフラれた
その1週間前には会社で大きなミスをしてしまい責任を取って退職していた
今は無職で独りぼっち

もう生きていても仕方がない

僕は死に場所を求めて街を徘徊していたのだ
でもどうしても手頃な場所や方法が見つからない
だから何度も街中を行ったり来たりしている

この交差点も既に3度通過している


出るのはため息ばかり
下を向いてヨレヨレ歩くしか無い

あまりにも分からな過ぎて吸い込まれるように公園に入った
街中の公園でしかもクリスマスイブ

やっぱり殆どのベンチはカップルで埋め尽くされていた
良いなぁ楽しそうで

一つのベンチだけ空いていた
そこだけ街灯の光も当たらず暗いベンチ
僕にはちょうど良い


座って少しした時にちょっとだけ後悔した
歩いてる時はそんな感じなかったけど
こうして座ってじっとしていると寒い
缶コーヒーでも買っときゃ良かった

まぁ公園を出てちょっと歩けば自動販売機くらいすぐにあるだろう
でも買って戻った時に誰かにベンチ取られてるのも嫌だし

でもやっぱり寒かったので缶コーヒーを買いに行く事にした
公園を出てやはりすぐの所に自動販売機はありホットの赤マークの付いたボタンを押した
ガタンっと音がして缶コーヒーが取り口に落ちてきた
手に取ると暖かい
いつもよりありがたく感じる
ジャンパーの右ポケットに缶コーヒーを入れ右手もそのまま突っ込んだまま公園に戻った

あのベンチは暗く
近くまで行かないと人が座っているのか居ないのか分かりにくい

近くまで行くと
やっぱりなぁ

おじさんが座ってた

目があった
変な緊張感のある空気が流れた

そしたらおじさんは満面の笑みとなって
「オレ一人だと勿体ない
良かったら兄さんも使いなよ」
そう言って隅っこにズレてくれた

このベンチはゆうに四人は座れる大きさ
だから僕とおじさんが座ってても別に絵的にはおかしくない
少し離れてるからという意味だよ

「ありがとうございます」

僕はそう言って座らせてもらった

「兄さん
今日はクリスマスかい?」

「いやっイブです
クリスマスイブです
クリスマスは明日です」

「そーかい
オレにはただの寒い日なんだがね
まぁいつもよりはご馳走にありつけたりするから良いけどよ」

「ご馳走を食べに行かれるんですか?」

「まぁ食べに行くっちゃー食べに行くだな
ほら今日みたいな日は皆んなレストランとかで奮発してご飯食べるだろ
だからいつもより残飯が豪華になるのさ」

「えっ!
もしかして
おじさんってホームレスの人なんですか?」

「ああぁそうよ」

「それにしたら
えらくこざっぱりとされてますね」

「まぁホームレスだけどな
あんまり不潔なのは好きで無いのよ
って言っても今のこの服
何週間も同じ物着てるけどよ
まぁできる範囲でな
粗大ゴミの日とかだと新しい服にありつけたりするのよ
それまでの辛抱」

「そうなんですね
もう長いんですか?」

「長いって?」

「ホームレスになってから
あっごめんなさいこんな事聞いちゃって
良いです答えなくっても
ごめんなさい
ごめんなさい」

「あっその長さね
いやっそんなに長くは無いよ
3年半くらいかな多分」

「充分長いと思いますけど」

「そうかい?
知り合いのおっさん連中なんて
もう何十年もやってるのばかりだからさ
コッチはまだまだヒヨッコよ」

「そうなんですね」

「ところで兄さんはイブの夜に一人で缶コーヒーってシケた過ごし方してるんだい」

「いやっ別にあのぉ…」

「いいさいいさ

オレはなぁずっと東京で小さな印刷所で職人として働いてたのよ
そしたらさ社長不渡り出しちまってよぉ
小さな印刷所だからあっちゅう間よ

それが4年くらい前の話さぁ
次の仕事もなかなか見つからないから
お金がどんどん無くなる訳よ
したらボロアパートの家賃すら払えんくなってよ
仕方なしに家を放り出して来たのよ」

「そうだったんですね
僕も似たようなもんですよ」

「なに?
兄さんも小さな印刷所で働いていなさるか?」

「そういう事じゃなくて
無職って事です」

「ああぁそっちね」

「そっちです」

「まぁアレだよ人生ってのは生きててナンボ
色んな事があるのよ
オレみたいに突然仕事無くして今じゃホームレスってわけよ
でも生きてりゃ結構なんとかなるもんよ」

「そうですかぁ」

僕はこれから死のうと思っているのに
このおじさんは僕が死のうとしている事を知っているのか?

違うよ
おじさんはただ喋ってるだけだから

「でもな
最初はヤダなぁって思ってた訳だけど
コレがさぁ数ヶ月もしない内に慣れて分かってくるのよ
不思議なもんでなんで言うんかなぁ
他のホームレスも寄ってくるわけ
こいつホームレスの新人だなって

そしたら色んな事を教えてくれる訳よ
そうやって程よく仲間もできてくる
そしたらさぁ
もうコレが普通になってくる訳なのさぁ

オレがなっ
いつも座ってるトコがあるんよ
場所変えたらアカンのよ
毎日同じ場所
そしたらな覚えてもらえるんよ

最初は殆どお恵みは無かったんだけど
最近は支援団体の人とか
キリスト教の教会の人とか
顔馴染みさんなんかから
お恵みが安定供給されるのよ

結構な収入よ
この間なんて一日で4万円近くなった」

「凄いですね
4万円だなんて」

「多い日はって話よ
毎日そんくらいもらえてたら金持ちなるわ」

おじさんは大笑いしたら僕もつられて笑ってしまった

「兄さん
死のうなんて間違っても考えちゃダメだぜ」

やっぱりバレてる

「実は僕
今日自殺しようと街をフラフラしてたんです」

「やっぱりそーかえ
何かそんな気がしたんよ」

これはウソ
たまたま言ったら当たっちゃっただけ

「おじさん凄い人ですよ」

「そーかい
さっきも言ったけどよ
生きてりゃ色んな事があるさ
だからな兄さん
クヨクヨせず
今を感謝してたら
何とかなるもんよ
3年半も仕事も家も無いのに生きてるだろ?
大丈夫だ元気だしな

ほれコレで美味いもんでも食いな」

そう言って5千円を渡された

「いやいやコレは頂けません」

「大丈夫だ
コレはサンタからのプレゼントさ

オレはそろそろ食べ物を探しに行くからよ
じゃあな」


行ってしまった

もう少しだけ生きてみようかな
死にたきゃまたいつでも死ねるし
クリスマスプレゼントか
カッコいいなぁ
良い言葉貰ったなぁ

大丈夫
何とかなる
今を生きるか


さっき迄の風景とは違って見えた

実際は何も変わっていないのだが





ほな!

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