私たちは、本当は接客「されたい」生き物だ
一時期、『接客不要バッジ』が話題になったことがあった。
買い物中に店員さんに話しかけられるのが嫌な人のために、『話しかけないでください』と意志表示するためのアイテムだ。
実際にバッジを使う人が少なかったのか運用面に問題があったのか、こうした取り組みは結局たいして広がることはなかった。
しかしこうした取り組みが実験されるほど、私たちの多くは店員さんに話しかけられることにストレスを感じている。
百貨店で働いていた頃、販売員の仕事は毎日飛び込み営業をしているようなものだな、と思ったことがあった。
一定数常連のお客様もいらっしゃるとはいえ、日々接するお客様の大半は『はじめまして』の人ばかり。
よく考えれば日常的に知らない人から話しかけられることなんてほぼないわけで、そのシチュエーションが発生しうる場で緊張するのは当然ことだ。
しかも現代はインターネットの発達によって事前に情報を集めることが容易になった。
それによって私たちの『はじめましてへのハードル』も高くなっているのではないかと思うのだ。
もともと知らない人への警戒は人間に組み込まれた本能だと思いますが、現代はインターネットによって知らない人の情報も大量に溢れている分、相対的に『知らない人』とのファーストコンタクトへのストレスが大きくなっているのではないかと思うのです。
ではテクノロジーが進化していった先のゴールは、販売員がまったくいない自動販売機のような売場なのだろうか。
『便利な買い物体験』の究極系は下記のようなイメージだろう。
事前にネットでほしいものを調べ、試着したいものを選んで予約すれば最寄りのお店に商品が届く。
気に入ればそのまま持ち帰るもしくはお気に入りにいれて後日購入することができる。
この一連の流れの中で、販売員が必要なフェーズはひとつもない。
実際、ユニクロやGUはすでに支払いもセルフレジが当たり前になりつつあり、商品の店舗受け取りなども可能なためほぼこのイメージに近い。
ほしいものを見つけて、手に入れる。
この工程をもっとも効率化するならば、ユニクロ型が理想系だと言えるだろう。
一方で私は、店舗はコミュニケーションの場としての役割も大きくなるのではないかと考えている。
先日イケウチオーガニックの表参道店で消費文化総研のメンバーと共に店舗ツアーをしてもらったとき、そのことを痛感した。
案内役のイケウチオーガニックの牟田口さんは本当にタオル愛が凄まじく、あらゆるタオルを触り比べしながら解説してくれた。
しかもその範囲はタオルそのもののみならず洗濯やライフスタイルにまで及び、タオルを起点に自分の生活を振り返るような時間だった。
もちろん牟田口さんは接客という意識はなく、私たちのまなびになるような話をしようと努めてくださっていただけだとは思うが、結果的に参加した私たちは全員思い思いのタオルを手にレジへ向かっていた。
しかも店舗ツアーが一通り終わった後、それぞれに牟田口さんや店長さんにあれこれ相談し、本格的に『接客』してもらったりもした。
それは接客を『される』よりも『してもらう』と表現した方がしっくりくる後継だった。
タオルの入った紙袋を下げながら帰る道すがら、その日の体験を反芻して感じたのは『私たちは接客されたくないわけではない』ということだった。
むしろ私たちはもっとお店側の人と話したい、ブランドの思いやこだわりを聞きたいと思っている。
ただ普段の買い物では心を開いて話せる関係になるまでに時間がかかるし、ゆっくり買い物ができないことも多いだけなのではないだろうか。
ではどうすれば顧客と販売員が心を開いて話せるようになるのだろうか。
私はそのヒントが今回の店舗ツアーにあったような気がしている。
今回店舗を訪れたメンバーのほとんどは、牟田口さんとはじめましての人ばかりだった。
それでもみんなで『学ぶ』を目的に集まれば、初対面の壁はあっというまに溶けてなくなっていく。
発言するのが当たり前の環境におかれると、人は自分の好奇心の赴くままに質問したりアイデアを出したりする。
しかも一対一ではなく『みんな』がいることで、『買わされるんじゃないか』といった無意識のプレッシャーを感じることなく振舞うことができるのだ。
もちろんその結果としてファンになるケースばかりではないだろうし、思想や仕組みには共感していてもテイストが自分の好みとは違うために購入にはいたらないケースも多々あるはずだ。
こうしたイベント的な接客の意義は、その場で買ってもらうこと以上に本来ならば店頭の接客でアプローチできなかったであろう顧客層に自分たちの物語を届けられる点にあるのではないかと私は思う。
帰る道すがら、参加してくれたメンバーと『試着会』も似たような側面があるのではないかという話になった。
通常、店舗で試着する際には販売員に声をかける必要があり、その後の接客が一対一になってしまうため逃げられないプレッシャーが大きい。
そのため試着に苦手意識を感じたり、鏡でチェックだけしてそそくさと自分の衣類に着替えてしまう人も多いだろう。
さらに着てみたいものがいろいろあっても、そんなにたくさん買わないから…と引目を感じて諦めてしまうケースもある。
しかし本来はプロに着こなしをチェックしてもらったり、第三者から見て似合うかどうかを聞くのも試着のひとつの意義だ。
またあれこれ試着してみて、はじめは眼中になかったけれど着てみたら意外と似合った!という体験も醍醐味だろう。
最近D2Cブランドを中心に増えている試着会では、試着することを目的にしているためこうした通常の試着に伴うプレッシャーがほとんどない。
まわりの人たちもめいっぱい試着を楽しんでいるし、人の着姿をみてやっぱり着てみようかな、と思うこともある。
そしてみんなが一斉に試着しているため、『それ私もさっき着てみたんですけどすごく着心地いいですよね!』とか『背が高い人が着るとまた印象が変わりますね!』などモノを起点に自然とコミュニケーションが生まれていく。
これは例えるならば、顧客同士で接客をしているような状態。
相手が販売員か顧客かに関わらず、接客という名のコミュニケーションを楽しんでいるのだ。
『接客』というと、これまではどうしてもセールストークのイメージが強かった。
しかし人間が社会的な動物であり、コミュニケーションを求める存在である限り、ブランドと顧客の橋渡しをするコミュニケーターは不滅の役割のはずだ。
私たちは本来、接客『されたい』生き物である。
ただそのコミュニケーションのかたちが時代によって変化しているだけなのだ。
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