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エセー

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似非。随想録。かわいらしいものから自意識がみちみちなものまで。 清濁を、併せ呑むのは、貴方です。
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インギンブレイク

インギンブレイク

 慇懃に振る舞おうと試みるうちに、慇懃を重ねることから遠ざかっていく。

 私の内面に強く根づいた畏れは、礼儀正しさの反面、恐れにもかたちを変えてしまう。もしかすると嫌われているかもしれないという虞は、私の心身を硬直させ、それまでの思考をすべて真っ白にする。

 はっきりと申し上げて、私は人付き合いが下手だ。特に、大人数の集まりがすごく苦手で、集団の中でどう振る舞うべきか、悩みが尽きない。「人付き

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メメント・ハラス・ハラスメント

メメント・ハラス・ハラスメント

 父は言った――握り飯を選ぶとき、ハラスのことを忘れてはならない、と。

 父譲りの食いしん坊で子供の時から損ばかりしている。小学生の時分から、昼餐を調達する際には決まってコンビニエンス・ストアに駆け込んだ。父は当時の男親にしてはかなり料理をする人だったが、何かとコンビニ飯を愛した。

 私が潔癖を感じるほどに均質な三角形の鮭おにぎりを好んで籠に入れようとすると、よく父に却下されたものだ。これでは

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うたかたの日

うたかたの日

 シャボン玉、やりませんか。

 電話口であなたは、そうおっしゃったんです。敬語で話すような間がらの私たちと、どこかいとけないシャボン玉のイメエジとの隔たりがとても可笑しくって、よろこんで承知してしまいました。

 わけあって社宅からは退いていたから、またあの場所で落ち会うことになるとは思っていませんでした。それにしても、あれはいつのことだったのでしょう。少なくとも、暑さにやられて倒れてしまう前だ

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大学祝典序曲Ⅱ

大学祝典序曲Ⅱ

 いやはやご無沙汰。久方ぶりに筆を執る。

 賢明な読者の皆さま(果たしてそんな素敵な存在はいるのか)には、おおかた察されているような気がしないでもないが、この半年ほどは自らの進退を賭けて悪戦苦闘していた。親もとで受験生として生活しており、有り体に言えば、落ちたり受かったりしていた。

 勤め人の身分を失ってから久しく、このまま社会的に消えてしまうかとも思われたが、なんとか受け入れ先を見つけること

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ポワゾンを食らわば、ポワソンと共に

ポワゾンを食らわば、ポワソンと共に

 どうにも何かを成し遂げる体力を、未だ身に付けられていないように思う。より厳密に言えば体力というより気力という気がしないでもないが、気力の大部分は体力から生まれるはずなので、やはり体力が欠けているのだろう。

 小さな頃から、何かを諦める中で取捨選択を繰り返してきた。向かぬものを捨てることで何とか生き永らえてきたが、もうほとんど手元には何も残っていない。

 成すよりも成さぬことが多かったせいで、

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運動神経、ほか

運動神経、ほか

 何をするにも運動神経というものが備わっておらず、ひどく歯痒い思いをしてきた。小学校の時分の体育に始まり、果てには楽器を奏でるうちにまで。あらゆる身体的ないとなみに違和感を抱く。

 なんとなく、こういう感じ。適当に真似てみて。一切分からない。いや、少しだけ分かる気はせど、出力が伴わない。

 おそらくは私が全てにおいて字面から入るせいだろうか。あるいは、分からなさゆえに分かる記号に置き換えて日々

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腰痛たちとシゲキ的な夏

腰痛たちとシゲキ的な夏

 腰を痛めて、椅子を新しくした。

 こんなにも一つの場所に座り続けていた夏は初めてだった。受験なんてひと昔前のものになってしまったし、ここ数年は純粋な勉強というよりも調べ物の方が多くなった分、絶えず動いていた。

 立ち止まって、座して志す。洋間に住む私にだって思索の四畳半はある。いつだって部屋の中から、頭の中から。飛び立とうにも羽は生えていないから、ちまちまと設計図を起こしては頭を抱えて破り捨

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熱帯夜とターミナル

熱帯夜とターミナル

 深夜のバスターミナルは、思っていたよりも人で溢れかえっていた。繁華街で酒を飲んでいたのならそろそろ終電かという頃合いなのに。

 構内はむんとしていて、冷房が効いているのかも疑わしい。買ったジンジャーエールは、もう水滴を垂れていて煩わしい。

 荷物を預けて一人乗り込む。全ての人に開かれた三等席の乗合馬車は、若くとも貧しくとも、どこかしらに運んでくれる。

 車内は次第に涼しくなってきた。飲みか

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卓越を横目に、独立する

卓越を横目に、独立する

 無鉄砲というものとは無縁で、子どものときからさほど損をすることもなく生きてきた。

 親の言いつけを守り、教師の顔色を窺い、上司の印を貰う。長いものには喜んで巻かれ、他人の紡いだ繭に包まる。

 なんとか、なんとか羽織ってきた十二単とはうらはらに、自ら繕った襦袢は悲しいほどに薄く、そのうちの痩躯には目も当てられない。

 ひとり、ぽつんと。どこかに放り出されてしまった。それからは、近しい年ごろの

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認識と語学

認識と語学

 昨年の秋口あたりから、いよいよ本腰を入れてフランス語に取り組んでいる。契機こそ必要に駆られてではあるが、それ以上に言語を学ぶことが面白くて仕方がない。

 いざどっしりと構えて外国語と向き合ってみると、世界の捉え方を学んでいるような感じがする。無味乾燥だった文法のあれこれが、世界を切り分ける因子として躍動しているように思えてくるのだ。

 私たちは新しいものを取り入れようとするとき、既に知ってい

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冬の空を青とは呼びたくないんです

冬の空を青とは呼びたくないんです

 冬の晴れた空は淡い。青いというより、淡い。

 あえて言うなら「青」だけど、青のような何か。今の私にはまだ言い表せない色。記号に置き換えられない色。白が200色あるんだから、青だってそうでしょうに。

 夏のそれは、たしかに青い。すごく青い。でもなんだかずっと眩しくて、あまりの色味の強さに逆にぼんやりしているように感じてしまう。

 青春の「青」は、きっと夏の青空のような濃厚な爽快感に溢れている

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二周目の花弁

二周目の花弁

 あさ、目を覚ますと、年を取っていた。十二菊、二つ重ねて、二十四。

 束の間の青春を無為に過ごし、瞬間的な美さえも持たず、蕾のまま枯れていく。花火のような生を語るには、輝きを知らない。

 本を読むことで繕ってきた得体の知れない欺瞞は、いともたやすく、メッキのように剥がれ落ちる。剥がれ落ちるメッキさえ、偽りの金を演じることなく、錆のようにくすんでいる。身から出た錆。むしろ、錆でできた身。

 悧

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鷹の居ぬ間の鴃舌

鷹の居ぬ間の鴃舌

 インターネットの海を揺蕩いながら、ことばを漏らしている間は気が紛れる。ゆらりゆらりと戯言。時たま嘘八百。二枚舌の百舌鳥。返事を求めず、鷹揚に。

 明朗快活の対極にいる私は、幼少の頃より本に逃げ、思索に逃げ、ものの見事に口語に難のあるレトリック弁慶に成り果てた。おっと脛は狙わないで。泣いちゃうから。

 幼心にも、伝わらないことへの恐れを覚えてしまったのが原因だろう。どこのクラスにも少し強い子が

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自意識と語学

自意識と語学

 フランス語をよく勉強したひと月であった。それも体系的に。

 四月からはじめたラジオ講座をお休みし、文法書と検定用のテキストを行ったり来たりするような勉強を続けた。すると、驚くほどすんなり基礎文法が頭に入ってきて、まとまった文章を読めるようになった。学生の頃は同じような手法で勉強を重ねてもちっとも上手く行かなかったのに。

 何が変わったのだろうかと考えてみた。自戒の念を込めて、覚書きを残してお

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