鈴木眼鏡(Megane Suzuki)

詩人か作家になるかでなければ何者にもなりたくない

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鈴木眼鏡作業日記♯7

 「一刻も早く首を吊って死ね」と自分に対して毎日思う。  普通の人間みたいに働けるわけでもなければ、特別なスキルがあるわけでもない。いまよりもっと若いころは自分のことを天才かもしれないと信じていた。でも、全然天才じゃなかった。凡人ならまだよかった。むしろ凡人よりさらに下だった。人間に上下があると考えている時点で最低だ。実際、こういう種類のネガティブなナルシシズムでしか自分を保つことができないのは、あらゆる人間の中でもほとんど最低の部類だ。こんな文章を読みたい人間なんているわ

    • 東京の鱒釣り

         ぼくたちは日本の夜から飛んできた  東京の羽田空港を  四時間前、六月三十日午後九時三十分に     飛びたち  そしていま太平洋の上  日本へとむかう途中の朝日の上に     飛びこんでゆく  日本ではまだ暗やみがよこたわり  太陽がやってくるまでに数時間かかる  ぼくは日本の友人たちのために  七月一日の朝日にあいさつする  かれらが愉快な日を迎えるように  太陽は日本へと     むかっている途中だ  (ふたたび六月三十日だ  太平洋

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      • 新世紀探偵(10:Somewhere over the rainbow)

        Somewhere over the rainbow, way up high. There’s a land that I heard of once in a lullaby(虹の向こう 高い空のどこかに かつて子守歌で 聞いた国がある) *  1939年のジュディ・ガーランドが『オーバー・ザ・レインボウ』を歌う声で私は目を覚ました。どうやら私はBMWの助手席に座ったまま、かなり深い眠りについていたようだった。変な姿勢で眠っていたせいで、身体中が痛かったし、ひどく凝り

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        • 新世紀探偵(9:それから少し緊張してトトを抱きあげると)

           それから少し緊張してトトを抱きあげると、最後のさようならをみんなに言って、ドロシーは、銀の靴のかかとを三回打ち鳴らした。 (10へ続く)

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        鈴木眼鏡作業日記♯7

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        • エッセイ
          19本
        • 小説
          51本
        • 29本
        • 批評
          4本

        記事

          新世紀探偵(7:どん、という激しい振動で、ドロシーはめざめた)

           どん、という激しい振動で、ドロシーはめざめた。 (8へ続く)

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          新世紀探偵(8:何号線かもわからない国道をひたすら走り続けた車が熱海に着いたのは)

           何号線かもわからない国道をひたすら走り続けた車が熱海に着いたのは、もう夜も更けてからのことだった。南熱海市は深い霧の中につつまれ、しんとした静寂があたりにはりつめていた。周りにはコンビニエンスストアもなければスーパーマーケットもなかったし、チェーンのレストランも一つとして見当たらなかった。ときおり思い出したように現れる個人商店のような建物には全てシャッターが降りていた。あたりは全くの無音だった。  そのまましばらく車を走らせていると、私はまだ明かりがついている建物を発見し

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          新世紀探偵(6:『さあ、この物語の本題はここから』)

          「さあ、この物語の本題はここから」とミネコ・サカイは青いBMWのエンジンをかけながら、いまこのテキストを読んでいるあなたにウインクした。「いまから熱海までぶっ飛ばすわよ」 「熱海のラボ」と私はイッセイ・スズキが言っていた情報を繰り返した。「熱海のラボっていったい何の話だ? それにどうしてキタロー・ユカワ教授がイッセイ・スズキに面会しに来たんだ?」 「いったい何がどうなっているのか、私にも全然状況が整理できない」とミネコ・サカイも頭を横に振りながら言った。「でも、一つだけ確

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          新世紀探偵(6:『さあ、この物語の本題はここから』)

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          新世紀探偵(5:ミスター=イッセイ・スズキと話す必要がある)

           ミスター=イッセイ・スズキと話す必要がある、と言い出したのは私の方だった。つぐ失踪の有効な手がかりがない現段階では、もっとも有力な情報源の一つと予想されるミスターに当たってみるのは当然のことだったし、気の合うことにミネコ・サカイのプランでもミスターとの面会は真っ先に組み込まれていたらしかった。そういうわけで、我々は「いとなみ」をチェックアウトして、ミスターが収監されている東京拘置所へと向かった(ミネコ・サカイは途中でマクドナルドのドライブスルーでビッグマックセットにさらにビ

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          新世紀探偵(5:ミスター=イッセイ・スズキと話す必要がある)

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          新世紀探偵(4:キタロー・ユカワ邸を後にして)

           キタロー・ユカワ邸を後にして、門の前まで歩いて戻ってきたとき、ミネコ・サカイはまだ運転席で紙の本を読んでいた。あたりはちょうどマジック・アワーと言ってもいいような時刻になっていて、私が赤いBMWの助手席のドアを開けると、ミネコ・サカイはようやく書物から視線を上げた。 「依頼の概要は何となく理解できた?」とミネコ・サカイは再び車のエンジンをかけつつ言った。BMWが巨大な獣のようにぶるぶると振動し、排気音を立て始める。 「正直に言って、半分も理解できたとは言えない」と私はシ

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          新世紀探偵(3:ミネルヴァのふくろうを象ったノッカーを鳴らすと)

           ミネルヴァのふくろうを象ったノッカーを鳴らすと、すぐに教授邸の扉が開いた。執事のような格好をした美しい青年がうやうやしく頭を下げて、私を出迎えてくれる。モダンな外観に負けずおとらず、内装も近未来的なまでに清潔だった。白を基調とした中に赤と青の家具が効果的に配置されていて、それ以外の色は神経質なまでに排除されている。どうやら教授はトリコロールにいたくこだわりがある人物らしい。ジャック・タチの映画にでも出てきそうな建物だ、と私は思った。  執事に連れられるがまま、私は非現実的

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          新世紀探偵(2:イカロスのごとく落下してきた私をキャッチしたのは)

           イカロスのごとく落下してきた私をキャッチしたのは、マンション前の道路で待ちうけていた真っ赤なBMWだった。後部座席にまっさかさまに落ちてきて目を回している私を確認すると、一刻を争うとでも言いたげに、ドライバーはアクセルを踏み、ハンドルを回して、車を急発進させた。私は革張りのシートに寝ころんだまま、頭上を見上げてノッポのコバヤシとチビのカタギリが追跡してきていないかを確認し(まさか自分のように飛び降りてまで追ってはこないだろうと思ったが)ゆっくりと身体を起こした。そして、運転

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          新世紀探偵(1:『新世紀探偵』で私は探偵として働いている)

           「新世紀探偵」で私は探偵として働いている。ライセンスはC級。簡単に言えば、低所得者層向きのリーズナブルな探偵というところだ。ここ、トキオ・シティでC級ライセンスの探偵に回ってくる仕事なんていうのは、配偶者の浮気調査だとか、家出した青少年の捜索だとか、万引きGメンだとか、害虫の駆除だとか、そういった種類のチープな依頼だけだ。だから探偵というよりはほとんど便利屋に近い。  原則として、依頼は専用のアプリケーション経由でやってくる。流れとしては、まず依頼者が「新世紀探偵」専用ア

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          新世紀探偵(1:『新世紀探偵』で私は探偵として働いている)

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          日本語は絶滅しました(終章:ネネムに)

          『ネネムに』  **社賞新人賞受賞作家による第一詩集、当社より近日刊行予定! *  熱海へと走るレンタカーを運転しながら、イトはチュッパチャップスを舐め続けていた。ペーパードライバーの私は助手席に座って、通り過ぎていく田舎の景色を見るともなく眺めていた。私たちはアメリカン・ニューシネマの登場人物よろしくサングラスをかけ、東京から熱海に向かっているところだった。カーステレオからはネネムが好きだった曲をセレクトしたプレイリストが流れていて、私とイトはときどき二人で歌詞を口ず

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          日本語は絶滅しました(終章:ネネムに)

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          日本語は絶滅しました(第二部:おかしな二人組)

           『東京の鱒釣り』の第一稿を仕上げた私は、武蔵野みなみ病院を退院してからというもの、毎日のようにネネムと打ち合わせをしていた(ネネムは忙しい仕事の合間を縫ってわざわざ私のために時間を作ってくれた)。ネネムが私の第一稿をテキストファイルとして書き起こしてくれたので、第二稿からは私は自分のラップトップで作業をしていた。スターバックスなんかで直接会って話すこともあったし、リモートでビデオ通話をすることもあった。  毎朝、目を覚ますと、私はまずデスク上のラップトップを立ち上げ、『東

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          日本語は絶滅しました(第二部:おかしな二人組)

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          日本語は絶滅しました(第一部:東京の鱒釣り)

           「日本語が絶滅の危機!? ユネスコ発表」というネットニュースを読んで、私とネネムは顔を見合わせた。 「いろはにほへと」と私は言った。 「あかさたなはまやらわ」とネネムも続けた。  よかった、と私たちは思う。なぜなら、私もネネムも日本語以外のいかなる言語もまともに話すことができなかったから。 *  私とネネムが三軒茶屋で暮らし始めてから、もうすぐ一年になる(’20年の東京オリンピックの後で私たちは結婚したのだから、ちょうど今月で一年のはずだ)。  元はと言えば、ネ

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          日本語は絶滅しました(第一部:東京の鱒釣り)

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          鈴木眼鏡とかいうアマチュアとして新人文学賞に応募し続けることの苦々しさと甘ったるさ

           「鈴木眼鏡」というペンネームを持つアマチュアとして、新人文学賞に自分の書いたものを送り始めてからもう一年以上になる。  一番最初に群像に『日本語は絶滅しました』を応募したときには二十七歳だった。次に新潮に『新世紀探偵』を応募したときには二十八歳だった。そして、いま再び群像に応募した『東京の鱒釣り』の結果を待っている私は二十九歳になっている。もし、このままずっと新人賞にトライし続けることになるのだとしたら、いったい何歳まで続けることになるのだろう。  ブローティガンは確か

          鈴木眼鏡とかいうアマチュアとして新人文学賞に応募し続けることの苦々しさと甘ったるさ