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平壌で朝食を#2 イニシエーションと犬肉

 犬肉とはいわない。단고기(タンコギ=甘い肉)という。スープなら補身湯(ポシンタン)。犬スープ、犬汁とはいわない。

 韓国語も朝鮮語も特に悪口など実に明け透けで表現も豊富で、放送禁止用語連発。街でケンカに出くわした時など聞いていてむしろ小気味が良い。「씨발(シーバル)」ということばを映画やドラマで聞いたことがないだろうか。日本語ならちくしょう!と字幕を当てるのが適当だが、実はもろに女性のあそこを示す意味があり、この点英語のFuckとまるで同じである。とことん下品。どすんと直球。ぼくがかの国のことばを好きな理由のひとつである。

 そのくせ犬肉のことになると、南も北もオブラートに包む。何が補身湯だ、何が단고기だ。おまえらもっと堂々としろよなと言いたくもなるが、ソウルオリンピックのころなど、世界中の動物愛護団体から「野蛮だ」と激しくたたかれた過去もあったらしい。以来表通りから少し奥まった路地の奥に、犬を食べさせる店は引っ込んだという。この点韓国も北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国も珍しく弱気だ。

 さて、犬肉の話である。韓国人でも最近、忌避する人は多く特に若い世代に顕著だ。一度、60代の友人とSNSで揉めたことがある。「犬肉おいしいですよね」といったぼくに「この原始人め!」などと友人がいって来たので、「自国の文化を捨てる民族に明るい未来などない!」といい返したところ、씨발なみの罵詈雑言が返って来た。

 犬肉。ほとんどの日本人なら忌避感を感じるだろう。だがそれを知った上で勧めて来る。平壌で犬肉の専門店に連れて行かれた。案内員がにやりと笑い「この肉は…、おっと敢えて何か言わないでおきましょう」などとやけにもったいぶるので「犬肉でしょ?」というと「何だ知ってましたか」と言いつつ、にやにやと勧めて来る。「うわっ犬ですかっ!犬食べるのですかっ!」と慌てのけ反る日本人を見て案内員は喜ぶのである。

 犬肉とはつまり、イニシエーションなのである。ここで「いっただきまーす!」とがつがつ食えた人だけが、新しい世界を見ることが出来る。

 犬肉と男女差もあることを書いておかねばならないだろう。日本で言うなら感覚的にすっぽんに近い。つまり、男性の下半身によく効くという効能が犬肉にはある。期待されている。フェミニストの人には誤解なくお願いしたいが、その観点から余り女性ががつがつと食べると引かれる。はしたないというか何というか。

 日本でも犬肉を食う機会があった。横浜の在日コリアンの集まりで、猪、スッポン、牛肉、犬肉を3000円ぽっきりでたっぷり食べられる会があり、ぼくは毎年のように参加していた。今年はコロナで中止。去年は犬肉がなかった。主催者に聞くと入手に失敗したという。

 事情を聞くと、犬肉はもともと中国から入手していた。牛肉の塊に混ぜて検疫を通すと聞いた。まるで密輸である。しかし、それを乗り越えて来た犬肉はとても美味しい。ちょっと癖があり、汗の臭いが少し普段とは違う気がするが、夏と言えば犬肉なのである。室内でガンガン七輪で肉を焼き、スッポンや猪、牛肉共にだらだら汗をかきながら食べる犬肉。これがぼくの夏である。

 韓国には爆弾酒という文化がある。ビールジョッキにワンショットグラスに入れた焼酎やウイスキーを沈め、一気飲みする。これもイニシエーション。だがそれよりもハードルが高いのが犬肉。これを平然と食べることが出来たら素晴らしい。

 先日、池袋の北口の中国料理店で「犬肉あります」というメニューを見た。中国の北部の料理を食べさせる店だった。串焼きなのかスープなのか。確かめることはしなかったが、韓国料理店で犬を食べられない今年の夏は、中国に浮気するか。ちょっとぼくは迷っている。

■ 北のHow to その61
 平壌にも犬肉料理専門店があります。犬肉にも旬があるようで季節を選びますが、ぜひ食べておきたい逸品です。2015年に食べるチャンスがあったのですが、車酔いのせいでほとんど食べられなかったことが悔やまれます。
 案内員に食べさせられるのではなく「何を食べたいですか」という質問に「犬肉!」と先に答えてやるくらいの勢いが大事。まさに先手必勝です。

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