北朝鮮で稲刈りに動員されかけた話
とかく文弱な身体をしている。168センチ48キロ。これでも数年前に比べたら5キロ太っているから艱難辛苦を経ての10%近い増量なのだが、女性からは未だ目の敵にされることが多い。オラオラ上等じゃねえかかかってこいや。おまえも10キロ痩せてから文句言えやなどとムダな挑発はしない。ここまで痩せていると女性のパンチひとつでも、吹っ飛ぶ危険性があるからだ。
韓国人の友人は笑う。「兵役免除」と。
北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国ではどうか。「もっとしっかり食べて運動してください」と心配される。
食料事情が厳しいとされる北朝鮮の人から心配されるなんて、なかなかない。どうでえと胸を張ったら呼吸が苦しかった。子どものころの疾患のせいで肺が弱いのである。
以前、角川書店で「新聞・テレビが伝えなかった北朝鮮」という本を書いた。この本は現地の案内員の間では実に評判が悪かった。朝鮮総聯の機関紙朝鮮新報での連載は、在日コリアンの間では評判が良かったが、案内員の評価は別れた。
さて、ぼくの外見なのだが痩せ型に加えて肌が白い。美白?だなんて話ではない。文弱な不健康な白さである。サナトリウムによくいそうだといわれる。夏を経て肌が黒くなるとベトナム人ぽいと言われる。韓国ではフィリピン人に間違えられた。幸いアルコールは飲まないので、肝臓が壊れて異様に黄色くはない。
北の人はどうだろうか。案内員は意外と肌が黒い。わけを聞くと「田植えに行ってた」「稲刈りに行ってた」という。ある施設を見学した時には「この建物のあの辺り(と指さす)の工事は私も手伝いましたよ」という。
つまり本業以外の動員が北朝鮮の経済を支えている。炎天下で働くから自然と肌が黒くなる。肉体もほぼみんな引き締まっている。ぼくのような病弱で不健康な痩せ方をしたり、逆にだらしなく太っている人もいない。並ぶと一目瞭然である。健康と不健康。
ある在日コリアンの方が話していた。何人かで訪朝した際、平壌市内を散歩していたという。その中のひとりがとても太っていたそうで、それを見つけた平壌の子どもたちが「この地主め~!」と石を投げて来たという。
地主とはつまりブルジョア。肥え太り、顎で日本統治下で小作人の朝鮮人をこき使っていた実に悪辣な存在である。同胞なのに太っているだけで地主扱い。石を投げられた方には不幸なことこの上ないが、大笑いさせられた。
「さて、あんな本を書いた北岡さんには思想教育が必要ですね。帰国する前に、稲刈りでもやってもらいましょうか」と案内員が言った。
「ちょっと、ちょっと待って。帰国しないと。ぼくには家族も仕事もあるのよ」というと案内員は首を横に振る。訪朝団の同行者はいう。「あなたは残った方がいい」「君はこっちの方が合うんじゃないか」「あなたに日本はむしろ窮屈でしょう」と悪ノリする。よし、おまえら全員敵だ。団長から副団長まで、右向きの人間までそうか。日本人1名が思想的問題で拘束。挙句、労働教化刑。家族は悲しむ。悲しまないかな。妻なんて適材適所とか言いそうだな。心の故郷への帰省とかいいそうだな。政府は助けてくれるかな。くれないな。自衛官の友人がいるけど、担当は兵站だから救出は期待出来ないな。しょうがないので、袖をめくって見せた。
「この細腕が役に立ちますか。役に立つというならしょうがない。残りましょうか」。
ここで一同大笑いした。もちろんこれはジョークで、今こうしてぼくは無事に日本にいるわけだが、こういうきわどいジョークのやりとりがたまらない。
ことばのやり取りに緊張する。キャッチボールの相手が憧れのプロ野球選手だった時のような緊張感。
ことばは真っすぐ、きれいな球筋を描いてちゃんと相手の胸元に向かって伸びているか。あるいはとんでもない変化球にぼくのグラブは追い付けるか。いつもそんなことを考える。
■ 北のHow to その77
北朝鮮という国が日本から、世界からどう見られているか。それをしっかりも認識し、その上で案内員はブラックでキレキレなジョークを飛ばして来ます。それにどう対応するか。キレキレのジョークをさらにキレキレに返すためには、会話と知識を総動員する必要があります。
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